第12話 闇取引の張り込みをするのよ
山の頂に太陽が隠れた頃、シェルジンと次の町――ニューカムの中間辺りに三人はいた。
「ここが取引現場です」
横長の建物を指して、ミーシャは自慢げな顔をする。
街道から少し外れた人気のない場所にひっそりと建つ木造の伏せ屋。周囲は木々に囲まれており、取引には打ってつけだ。
「ちょっと大きな声ださないの。偵察任務なのよ」
「あはは、そうだった。遠足みたいで楽しくなっちゃって」
木こりが木材を保管するのに使っていたのだろうか。広い開口部から侵入すると積み上げられた木材が、ミーシャの身長と同じ壁を作っている。
中央には木箱が置かれており、周辺にはロープやのこぎり、鎌などの道具が転がっている。
「取引の時間までは少しあるんだろ」
「そうなの! だから張り込みをします」
ミーシャは木材の壁を指さし、一目散に駆け寄る。そのままくるりと回り込むと、裏にしゃがみ込んだ。
「こことかイイ感じじゃない?」
入口からは死角になっており、わざわざ裏に回り込まない限り見つからないだろう。倉庫内に身を隠すなら、ちょうどいい位置だ。
床にランプを置くと、丸太の壁に背中を預け、体育座りをする。ミーシャ、アシュレイ、スカーレットの順に三人並んだ。
ごそごそとショルダーバックを漁ったミーシャは、牛乳瓶とパンを取り出した。それをアシュレイに手渡す。
「張り込みのテッパンと言えばこれだよね」
バケツリレー方式で差し出された張り込みセットを、スカーレットは交互に見つめる。
(緊張感なさすぎでしょ)
しぶしぶ受け取ったものの、両手を塞ぐおやつのやり場に困った。
いつ敵が現れるかわからない状況で呑気に飲み食べができるほど、スカーレットの肝は据わっていない。
「二人ともよく食べれるわね」
「食べれる時に食べないと。俺たちの食卓事情を考えたら――」
慌ててアシュレイの口を手で覆った。
酒場であれこれ注文する親友の豪遊具合を見て、宵越しの銭を持たない生活を知られるのは恥ずかしい――たったそれっぽっちの見栄のために、アシュレイの息の根を止める勢いで、物理的に蓋をした。
「食卓がなにって?」
「なんでもないわ。そうね、せっかく用意してもらったのに手をつけないのも失礼よね。そうよね」
パンを一気に貪り、牛乳で一気に流し込む。瓶を百八十度傾けると、スカーレットは景気よくぷはーと息をもらした。
「悪党全員捕まえたら、酒場で鳥の丸焼きお腹いっぱいになるまで食べるんだから――」
――もちろん、ミーシャの賃金で。
続けようとした言葉は強制的に遮られた。今度はスカーレットの口がふさがれる番だった。
「静かに」
手のひらの中で、もごもごと口を動かす。
しかし、くぐもった声が途切れるまで、アシュレイは手を離さない。片手で風を操ると、すばやくランプの火を消した。
(お目当ての人たちの登場みたいだよ)
ひそひそと小声でアシュレイが言った。
ガヤガヤと壁越しに話声が聞こえる。数秒を置いて、床を踏む軋んだ音が複数。スイッチの音と同時に電球が点滅する。スカーレットは眼前を手で覆った。
視界が馴染むと、スカーレットは対象を捕捉する。みすぼらしい服装の無法者の集団。人数は十五人ほどだろうか。
スカーレットは違和感を覚えた。『取引』にしては人数が多い。まるで誰かを捉えようと言わんばかりの武装。
(ミーシャ、あんたどこで取引の情報聞いたの)
(酒場で聞き込みしてたら親切なおじさんが教えてくれた)
ミーシャはあっけらかんと言った。
嫌な予感が的中した。四散した男たちが中を探索し始める。
(これ絶対嵌められたじゃないの!)
(先手必勝、さくっとやっちゃうよ。三、二、一)
同時に飛び出すつもりなのか、ミーシャはカウントを始める。
確かに見つかるよりは先に仕留めた方がいいだろう。下手に囲まれるよりは確実だ。
スカーレットは腰の柄に手をかけて、前傾姿勢を取る。
(せーのっ――)
「伏せろ!」
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