第11話 夕食を一緒に食べるのよ

 ミーシャに案内されたのはシェルジンで一番大きな酒場だった。

 毎食手料理を口にしているスカーレットには縁がない。ミーシャに連れられなければ、立ち寄ろることはなかっただろう。


 スカーレットは内装をまじまじと観察する。

 店内は活気に溢れている、とは言い難かった。まばらに埋まったテーブルで酒を酌み交わすのは冒険者だけ。町民の貧困が顕著に現れている場所だった。


「勇者業はどう?」


 せわしなく周囲を見回すスカーレットに、ミーシャは軽いジャブを打ってきた。


「どうって言われても――」

「まあそうだよね。わたしも全然騎士っぽいことしてないもん」


 クスクスと笑うミーシャはアシュレイに顔を向けた。アシュレイは口角をあげて視線を受け止める。


「ちゃんと仲間ができて良かった。スカーレット気が強いから、誤解されやすいし。心配してたんだよ」


 冗談っぽい口調だが、心から心配しているのがわかる。スカーレットは気恥ずかしくなって、目の前のアイスティーを口に含んだ。


 スカーレットの隣に座ったアシュレイは柔らかな笑みを向ける。

 道中の会話で彼女が不利益をもたらす存在ではないと判断したようだ。最初の刺々しいオーラはない。


「いつもお世話になってます」

「悪い子じゃないから、仲良くしてあげてね」

(あんたは私の母親か……)


 二人のやりとりに、スカーレットは胸の内で突っ込んだ。


「ところで二人は付き合ってるの?」

「はぁ!?」


 予想外の質問に、スカーレットは素っ頓狂な声をあげる。


「なんでそうなるのよ!!」


 語気を荒くしたスカーレットに、ミーシャは悪戯っぽくウインクする。


 スカーレットはすっかり失念していた。

 士官学校時代から色恋沙汰が大好物で、あることないこと首を突っ込み、噂話に尾ひれをつけて流していたほど、ミーシャが強い乙女思考であることを。


「だって一緒に旅してるんでしょ――二人で! もうラブロマンスの香りしかしないじゃない」


 夢見る乙女のようにうっとりと、ミーシャは胸の前で手を組んだ。

 スカーレットは呆れを前面に出して言い捨てる。


「小説の読み過ぎよ。彼とはそんな関係じゃないわ」

「じゃあどんな関係なの?」

「それは……その……」


 思いっきり言葉に詰まったスカーレットに変わって、アシュレイが口を開く。


「それはもちろん――」

「仲間よ仲間! それ以上でもそれ以下でもないんだから!!」


 奴隷市で仲間を買ったなんて、口が裂けても言えない。彼女に伝わろうものなら、騎士団中どころかディレット王国中に広まる。


「ふ~ん、そうなんだ」


 不満の色を残しながらも、ミーシャは納得の意を示した。上っ面だけの納得―― 長い付き合いから来る勘を裏付けるように、すぐさま質問の嵐が続く。


「それで二人の馴れ初めを教えてよ どこで出会って、どっちから誘ったの?」

「そういう関係じゃないって言ってるじゃない」

「わかってるって。運命的な出会いを果たした経緯を知りたいの」

「ミレアで出会って、一緒に冒険してるのよ。そうでしょ?」


 突然話を振られたアシュレイは取ってつけたような返事をする。


「スカーレットがそう言うなら」


 アシュレイの微妙なニュアンスを曲解したミーシャは、ポテトをつまんで口に放り込むと、含みをもたせて繰り返す。


「ふんふん。そっか~。なんとなくか~、なんとなくね~」

「あんたが思ってるような関係じゃないからね」

「はいはい。そうだね」


 取ってつけたように繰り返すミーシャに、スカーレットは眉根を寄せると、話を切り替える。

 どっちに転んでも不利な会話を続ける気はない。


「ミーシャはどうなのよ」

「配属された隊がハズレって感じ。ずっと小間使いだよ」

「マリヤも騎士団に入団したのよね」


 マリヤ・ベキリー――士官学校時代の友人。残り一人の同期女子だ。彼女もミーシャと同じ騎士団への入団を志願した。


「我らが学年代表様は聖騎士の仲間入り。エリート街道まっしぐらって感じ」

「なるほどね」


 驚くことではなかった。スカーレットの学年で最も優秀な成績を残した彼女のことだ。文武両道の優等生が優秀な魔法騎士として雇用されている姿は、想像に難くない。


「同期二人が勇者に聖騎士って、めっちゃ鼻が高いんだぞ~。二人ともめちゃくちゃ頑張って稽古してたの、どこのだれより私が知ってるんだから!」


 ミーシャは親指をぐっと立てる。自信を失っていたスカーレットには、親友の励ましが心強かった。

 思わず涙が浮かびそうになるが、湿っぽい言葉は似合わない。


「ミーシャだってそんな優秀な私たちと一緒に卒業したのよ。勇者と同じレベルってことじゃない」


 敢えて陽気にスカーレットは答える。金蘭の友の間に穏やか空気が流れた。


「よっしゃ、元気出たぁ! 私もお仕事頑張っちゃうぞ~」


 拳を突き上げたミーシャに、アシュレイは質問を投げかける。


「そういえばミーシャさん――」

「かったいなぁ。ミーシャでいいよ」


 アシュレイの言葉を遮るとミーシャは気取らない態度で言った。アシュレイは砕けた口調で言い直す。


「ミーシャは仕事でここへ?」


 もっともな疑問だ。騎士団所属の騎士が何の用もなく隣町に来るわけがない。


「騎士団の仕事だよ。シェルジンで薬草が不足してるのは知ってる?」

「ああ。俺たちもその件は気になってたんだ」

「その影響で闇取引だの鎮痛用麻薬だの、裏で取引されてるらしいの。で、下っ端が調査に駆り出されたって感じ」


 薬草の高騰や麻薬の流通など、町へ与える影響は悪い方向に転がっているようだ。ついには王都にも伝播した薬草不足に、王直属の騎士団が動き出したといったところか。


「ゴロツキの取引が明日の夜にあるって聞いたから、全員取り押さえて手柄丸儲けしてやろうと思って」


 意気込むミーシャは一口大に切ったハンバーグを頬張る。

 一人で来たということは、偵察を目的とした任務のはずだ。通常は一度引き返して上官の支持を仰ぐ。つまり、ミーシャの任務は現時点で終了している。が、彼女に引き返す気はないらしい。


「ちょっと一人で乗り込むのは、危ないんじゃないの」

「一日で尻尾を見せるような間抜けの悪党なら余裕だよ」


 自信満々のミーシャに、スカーレットは不安を覚えた。

 短絡的なスカーレットでさえ、敵陣にホイホイ乗り込むような馬鹿ではない。十分な下調べの上で必要な装備や人員を用意して動く。


「敵の数は把握してる?」

「わかんないけど――いけるっしょ!」

「演習じゃないのよ」


 楽観的な回答に痺れを切らしたスカーレットは追及を止めた。


「あーもうっ、明日なのよね。私も行くわ」

「ほんとに!?」

「一人で行かせるのは心配だし。薬草の件は私も気になってたから」

「スカーレットがいれば百人力だよお。だ~いすき」


 遠足に行くかのような気軽さに、スカーレットは頭を抱える。

 一度アクセルを切ったミーシャには言葉が通じない。こうなったらミーシャの取り締まりに同伴して、スカーレット自身の名誉挽回とモチベーションを向上に舵を切った方が丸く収まる。


「アシュレイもいいわよね」

「もちろん」


 即答したアシュレイの甲斐もあって、ミーシャはご機嫌だ。

 ウエイトレスを呼び止めると、メニューを端から端まで頼み始める。


「今日は私のおごりだからいっぱい食べてね。報奨金いっぱい貰えるだろうから」


 騎士団に入れば下っ端でもお腹いっぱい食事ができるのかと、ジリ貧勇者は羨ましく思ったが、言葉に甘えて一番高いメニューを注文した。

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