第15話 談笑

 玄関へ進むと、そこは晴れていた。天井が吹き抜けで、廊下の双璧には数枚の絵画が掛けられているが、どれも無駄に存在を主張しておらず、上手く調和のとれた解放感があった。


 厨川に案内されるがまま、リビングへと身体を運ぶ。


 大きさが一般家庭の倍ぐらいあるテレビにガラスのテーブル。さらには、それとは別の食卓用のテーブルがもうひとつ。L字型のソファーも外見だけで柔らかそうだし、点在する間接照明と観葉植物が、全体的にシックなインテリアに安らぎをもたらしている。


 また、リビングから見える範囲で判断するに、キッチンの内装もめちゃくちゃ綺麗に整っている。じっくり観察していなくても油汚れなんかなさそうだし、調味料なども隊列を組んでいるかのようだ。


 ネコは何度も来訪しているみたいだから、慣れた態度でガラスのテーブルに自らの勉強道具を広げ始めた。


 僕と燈田はそんなネコの様子を見様見真似でそそくさと支度していった。


 勉強は九時半からスタート。


 厨川の組んだスケジュール通りに勉強会は進行していく。


 燈田とネコは自分の勉強。厨川は僕に付きっきりで教えてくれた。


 厨川は教えるのがとても上手く、想像の三倍以上は捗った。


 昼になれば、ネコが簡単なサンドウィッチを作ってくれて、それで昼食を済ました。


 午後一時に勉強を再開し、今度は燈田も時折僕の面倒を看てくれた。


 熱心な態度に感化され、僕もより熱中していると、時間が午後三時を迎えていることに気づかなかった。厨川スケジュールにおける『おやつタイム』だ。


 冷蔵庫からいかにも高級そうな紙袋を厨川が持ってきて、テーブルに置く。


「ほい、シュークリームだ~よ」


 本日二度目の休憩に、僕たちはしばらくの間、会話に花を咲かせる。


「佐伯って高一の時から厨川と仲良いんだ。知らなかったな」


 燈田がシュークリームに舌鼓を打ちながら、そう言った。


「佐伯とは竹馬の友っつうか犬猿の仲って感じだな」


「後半、不仲じゃねえか」


「まあここまでの勉強のおかげで犬ぐらい賢くはなったと思うぞ」


「今までの僕を猿扱いすな。しかもまだ犬って、煽りの切れ味が嫌いな奴用なんよ」


「焦んなって。ったく、佐伯はやっぱ可愛い奴だ。なぁ、『ぃな』もそう思うよな?」


「鉄火巻き!」


「残念。シュークリームの中に鉄火巻きは入っておりませ~ん」


「そらそうだろ。なんで中身聞かれてると思ったんだよ」


「『水誠』のバカ! 軽犯罪! ワタシだって本気を出せばシャボン玉の歯ブラシで秋を殴れるんだから」


「お? 言ったな? オレだってトロフィーの行列を剥がして、しゃぶって――」


「「何語!?!?」」


 僕と燈田がハモった。


「「プフッ」」


 そして目を見合わせ、同時に吹き出した。


 そんな僕らを目の当たりにした厨川とネコは、


「仲良いな」「仲良いねぇ」


 ニマニマしながら言ってきた。その顔が普段僕をおちょくってる時と同じだったので、さっきの意趣返しを目論む。


「ま、犬猿の仲な厨川と違って、燈田とは金石の交わりだしな?」


「『堅い友情の表れ』って意味で使ってるんだね。勉強の成果が出てて偉いよ、佐伯」


「いやいや、ここまでこれたのも燈田のおかげだ。ありがとな」


「どういたしまして。これからも水と油の関係でいようね(笑)」


「燈田!?!?」


 ケラケラケラ、と鈴を三つ転がしたような笑い声が鳴る。厨川やネコならともかく、燈田にいじられるぐらいには彼女に心を許しているといっても過言ではない。


 これも一カ月超の間、僕の家で談笑していた積み重ねの結果でもある。


 ひとしきり笑った後、燈田が「じゃなくて!」と切り出す。


「私の出した話題はどこに行ったの? 脱線しすぎ」


 プラスアルファ、僕にも気になる点がひとつあったので、こう付け加える。


「燈田の話もそうだが、聞きたいことが増えた。厨川とネコの互いの呼び方、ここに来てから変わってないか?」


「あ、それ私も気になってたの」


 燈田も疑問に乗ってきた。ふたりして興味津々に、渦中のペアに目線をぶつける。


 すると、厨川の方がフラットな口調でぶちまけた。


「だってオレら付き合ってんだもん」


「「は!?!!?」」


 またハモった。けれど、今回に関しては笑いよりも驚きが勝った。


 呆然とする僕と燈田を置いてけぼりに、厨川が続ける。


「オレはいいんだけど、『ぃな』が学校では隠せって命令してくるんだよ」


『ぃな』――猫雅禎奈をジト目で眺める厨川。


「ワタシだってわざわざ変人なんて周りから思われたくないし。『水誠』との仲がバレたら色々とめんどくさいしぃ」


『水誠』――厨川水誠をジト目で眺めるネコ。


 前々から距離が近いと勘ぐっていたが、どうにも付き合っているというよりは、距離感が独特な幼馴染の方がしっくりきていたので、未だ違和を拭えないでいる。


「なんでオレと付き合っていたら変人認定に繋がるんだよ」


「だって水誠だもん」


 この意見には納得。


 僕の脳内で、『なぜなら厨川だから』と、パワーワードがよぎった。


 うんうん、と力強く頷いていると、厨川が「まあいいや」とため息を吐きつつ、ビシッと人差し指を立てて、


「燈田さんも、これから恋愛相談があったらドシドシ頼ってきていいぜ!」


 対する、燈田は苦笑した。


「考えとくね」


 追いかけるように、ネコも食い気味で勧誘。


「燈田さんも、これから恋愛相談があったらドシドシ頼ってきていいよぉ」


 対する、燈田は満面の笑みを浮かべる。


「よろしくね、禎奈!」


「あれ? オレ、わかりやすく燈田さんに舐められてる?」


 ケラケラケラ、と僕を含めた笑い声が広い部屋をこだまする。


 それからしばらくは厨川とネコの恋愛話で盛り上がり、やっとこさいちばん最初に燈田が提示した話題『僕と厨川がなぜ仲良くなったのか』に帰着。


 けれど、厨川が、




「照れくさいから割愛で~」




 と譲らなかったので、真実は迷宮入りに。


 僕と厨川は高一の時も同じクラスで、気がつけば、厨川が僕によく話しかけてきたぐらいだし。特に変わった理由は、それこそ恥ずかしがるようなエピソードではないと思うんだがな。


 休憩がそろそろ終了を迎える直前で、厨川が親(今日は家を空けている)から電話を受け、退出。それに合わせて、ネコも「トイレに行く」と言って、こちらも退出。


 だだっ広い部屋に、僕と燈田だけが取り残されて、休憩時間が延長した。

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