第14話 私服

 勉強会当日。午前九時前。


 伝えられた住所を頼りに僕は自転車をひたすらこぐ。距離はちょうど二駅分。電車を利用すれば楽に移動できたが、電車賃を浮かしたかったのだ。


 だが、疲れも暑さもまったく感じない。


 学校以外で、友人と交流をもつのが久しぶりで、端的に言い表すとワクワクが止まらない。


 シンプルな白シャツが風を呼び起こす感覚に、思わず自転車をこぐスピードを上げてしまう。


 前かごに入れた勉強道具たちが、カタカタと談笑している様を余所に、僕は十字路を右折して、目的地を視界に捉える。


「でっか……」


 半ば放心状態のまま自転車から下りて、絶句に近い感想を吐く。


 なにせ、目の前には自分の背丈の二倍以上の高さがある、アーチ状の門がそびえ立っているのだ。黒い金属で構成されたそれは、まさしく漫画に出てきそうな荘厳さを備えていて、厨川の家だとわかっていても、身体が委縮してしまう。


 門は柵の形式をとっており、外から中の様子が多少窺える。


 厨川の家は全貌が直方体のようにカクカクしていて、専門家でなくてもこの家が普通ではないと判断できるほど、何だかお洒落。


 そして、当然のようにどでかい庭が広がっていて、その直方体に侵入するための扉まで石畳が続いている。


 柵の隙間から不審者みたいに覗いていると、背後からマシュマロのようにふわふわした声が迫ってきた。


「おーい、佐伯ぃ」


「おう、ネコか。おはよう」


 袖丈の短い白のロゴTにデニムのショートパンツのネコがいた。いつもと髪型を変えたようで、ショートポニーをゆらゆらと揺らしている。


 勉強道具が入っているであろうバッグを左肩に掛け、左手で謎の重箱を抱え、右手をその重箱に突っ込み、そこから鉄火巻きを摘まんで、頬張る。


 なるほど『鉄火巻きの日』か。もう何も言うことはあるまいて……。


「佐伯も食べる? 鉄火巻き」


「遠慮しておく」


「醤油ないと食べたくない派か、了解」


「もうそれでいいよ……」


 僕が頬を掻き、苦笑していると、ほどなくして金鈴を振るような声が響いた。


「禎奈、佐伯!」




 振り返ると、果実のように可憐な燈田を見つけた。




 僕らに歩み寄る燈田は、夏の仮面を被った太陽が脇役に徹するほどの、春の甘さを薫らせた。


 今しがた彼女が浮かべる柔和な笑顔は、木々を着飾る桜の蕾のよう。


 白を基調としたブラウスにベージュのロングスカート。


 燈田の気合いの入った私服姿を初めて目撃し、彼女が手の届かないほどの美少女であると改めて痛感した。


 小川のように光るミディアムの黒髪を風になびかせ、燈田は言った。


「時間ぴったしに来たつもりだったんだけど、ふたりとも待った?」


「いいや、今来たところだ」


「ワタシも同じぐらいだからそんなに待ってないぃ」


「そっか。それならよかった」


 軽く言葉を交わし合った僕らは、自動で開いた門を抜け、豪奢な敷地へと招かれていった。

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