勇気はお互いさまだね

 目の前で挨拶されてシカトっていうのは、なかなかできることじゃない。

 ふつうは返事するんだ。

 話しかけてきたヤツが、たとえ、全然したしくないクラスメイトだとしても。

 だが内容がよくない。

 外はバケツひっくり返したような大雨なのに「いい天気だね」とか口ずさんだおれに、はたしてどう返すのか。


「ソ……ソウデスネ」


 と、自動読み上げみたいな音声。

 メカだ。

 彼女――気弱な小岩井こいわいさんはあまりの出来事におどろき、自分を機械化してしまったんだ。


「鬼塚くん。ちょっと」


 親指を出口をほうへ指して言うのは、メガネの女子級長の大森おおもりさん。

 たぶん、彼女が小岩井さんと一番仲のいい子と思われる。

 赤フレームのメガネと細いシルバーのカチューシャが、彼女のトレードマーク。


「……いじめ、かっこわるい」

「えっ」

「気さくに声かけるふうをそよおって、小雪こゆきこわがるリアクションを楽しもうって魂胆でしょ?」

「ちがいますよ」


 彼女の左右の眉毛が、おっ、と上にあがった。

 おどろいているようだ。

 たぶん、こんなナリのおれがちゃんと〈敬語〉で接したことが意外だったんだろう。


「おれは――」


 ここは教室から少しはなれた廊下。

 大森さんの背後に窓がある。外は雨もようでうす暗く、そこにおれたちの姿が反射して映っている。

 すなわち、


「とりま、“しーっ”だよ!」


 あいつも当然いる。

 おれの真後ろにいる。

 好感度ゼロ――いや、マイナスか?――からの告白をやらせようというクレイジーなやつが。


(……今日は女の子の姿じゃないのか)


 ふさふさの毛を生やしたクマの姿で、最初の日みたくスケッチブックを持っている。

“しーっ”って……。素直にしゃべるなってことか?


「おれは?」


 メガネの横んとこに手をあて、大森さんが言う。

 そこそこ背が高いおれに対して身長差があるのに、ピンと胸をはって、強いまなざしで見上げてくる。

 適当なウソが思い浮かばない。

 鏡の国の女の子に命令されて、って打ち明けるのはダメっぽい。

 じゃあ、素直じゃないけど、ここはまっすぐ答えよう。


「おれは、小岩井こいわいさんが好きなんだ」


 言い終わって、えらいことを口走ったと後悔。

 まずいぞ。これって間接的な告白だ。


「……」


 メガネにふれたまま、彼女は固まってしまった。

 数秒後、意識をとりもどしたようにブルっと首をふって、


「信じられない。そんなの……」

「信じるも何も」

「ああ! とにかくっ!」手のひらをおれに向ける。「小雪が鬼塚君をこわがってるのは事実。私は親友だからわかる。親友のピンチは、ほっておけないんだから!」

 

 対面する大森さんのうしろの窓で、またしてもあいつが「こわくないよ」の紙を頭上にかかげている。

 ほんとだよ。

 おれが自分で言うのもなんだが、おれってこわくないぞ?

 見た目で判断されるのも、割りに合わ――ん?


(足が小刻みにふるえてる)


 大森さんのひざのあたり。

 そうか。

 彼女は彼女なりに、勇気をふりしぼってたってわけか……。

 おれが小岩井さんに挨拶するのに、勇気を必要としたように。

 どの角度から見ても〈わるいヤツ〉にしか見えないおれと一対一で話をつけるってのは、並大抵なみたいていのことじゃないよな。


「わかった」

「……えっ」

「小岩井さんがこわがるようなことはしません。約束します」


 彼女のピンクのくちびるが、おお、という形になった。


「それそれ! それならいいのよ!」

「おはよう」

「あ。桃矢とうや君、おはよ」


 彼女にはニコニコとした表情で、そしておれには0.01秒、冷たい目をよこしやがった。


「めずらしい組み合わせだね。もしかして、コクってるとこだった?」


 前髪をさっと横に流しながら、さわやかな声で言う。

 横を通りすぎる女子は、もれなく桃矢のほうに視線を向けていく。かっこいー、とささやく声も聞こえる。これがイケメンの日常か。


「バカいわないで。偶然こうなっただけだから」


 ふーん、と桃矢は受け流し、ふいうちのように、


「ところで、ぼく小岩井さんが好きなんだ」

「……!」


 ふたたび彼女は固まった。

 が、たたみかけるように、


「できればキミにも協力してほしい。仲をとりもってくれないかな?」

「……‼」


 桃矢が彼女の肩に手をおいた。

 窓に映るあいつは、両手をバンザイのようにあげて、ぴょんぴょんジャンプしていた。


 ◆


「ええいっ! むっきーっ‼」


 夜。部屋の自室。

 鏡の中のあいつのポニーテールが、上下運動ではげしくゆれている。


「なんなのよ、あのトウヤってヤツは! ムカつくーっ!」

「まあ、おちつけよ」

「はやくも外堀からうめようとするとか、なーんてズルがしこいファッキン・ガイなの!」


 ふう、とおれはため息をつく。


「それより……明日はどうするんだ?」


 ジャンプをやめて、つぶらな瞳を上目づかいで向ける。

 少しうるんだようで、少しはぁはぁと息を切らしていて、ちょっとヘンな気持ちになった。


「そ、そうね。もう時間がないし、切りかえていこう」

「時間がない?」

「あ、こっちの話」


 気になるだろ、気にしないで、と何度か押し問答したのち、ポニーテールの女の子は「じゃ勇気をだして言うけど」と思わせぶりな前置きをして、こう言った。


「私の寿命、あと一月ひとつきなのよ」

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