第6話 迷いの森

≪迷いの森≫


「それでアレクサーヌ様は、エルフィンリュートの場所をご存じだということですね」


 わたくしはボンバルディア聖樹教会修士と馬を並べて街道を進んでいました。レイアは修士のやや後ろにいて、黙ってわたしたちの会話に耳を傾けています。


 チャールズ・ボンバルディア聖樹教会修士は、ゲームにおける攻略対象の一人。どの主人公が誰を攻略するかは自由に選択することができるのですが、リリアナにとってのフレデリック王子といったように、基本設定として主人公格にはそれぞれ番いとなる相手が用意されていましたの。


 レイアにとってはこのボンバルディア聖樹教会修士が運命の相手というわけですわ。


「アレクサーヌ様がそうおっしゃるのであれば間違いないのでしょう。エルフィンリュートがあれば、魔族の脅威から人々を守ることも易い。ね、レイア」


「えっ!? あっ……ハイ! 私もそう思います」


 修士に声を掛けられたレイアは顔を真っ赤にしてシドロモドロに答えます。


(乙女かっ! クールビューティーはどこにいった! ですわ!)


 なんてツッコミを入れる内心をおくびにも出さず、わたしは修士に話しかけます。


「ボンバルディア教会修士様。わたくしは貴族ですが、聖樹の前においては青草の​一茎。それに神話の宝を授かりに向かう旅の仲間ですわ。どうぞ敬称をなくして、ただアレクサとお呼びくださいませ」


「おお、確かにそうですね! それではアレクサ、同じ仲間として僕のことはただチャールズと」


「ええ、ではこれからよろしくお願いしますわ、チャールズ」


「こちらこそよろしく、アレクサ」


「!?」


 レイアの顔が『鳩が豆鉄砲をくらったような』表情に変わりました。


「ボンバルディア修士、そ、それはなんというか……その……」


「レイアだってこの旅の仲間なんだから、僕のことはチャールズと呼ぶように!」


「へっ!? は、はい。 ちゃ……チャールズ……さま?」


「”さま”は要らないよ」


「ちゃ……チャール……しゅ」


 効果音を入れるとすればプシューっという音が聞こえてきそうなくらい、レイアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまったのですわ。


(乙女かっ!)


 ……とわたしは心の中でツッコミを絶叫で入れていましたが、表情は完全に令嬢モードをキープしていましたわ。

 

 レイアのこんな様子から明らかなように、彼女はチャールズにべた惚れしていますの。ゲームではレイア以外の主人公キャラでチャールズを攻略したりすると、レイアがヤンデレ化してしまうほどですわ。


 ゲームでは二人が相思相愛で結ばれ、かつレイアが神話武器を入手することで聖樹の加護が強力になって、王国内での魔物の活動が大きく制限されるようになりますの。


 特に『殲滅の吸血姫』を初期レベル縛りやRTAでプレイする際には、二人の絆を結びつけるイベント『神話武器エルフィンリュートの獲得』のクリアは必須ですわ。


 本来であればこのイベントの発生はまだ先のことなのですけれど、 ゲーム通りに進めてしまうとその前にサンチレイナ侯爵領が魔王軍に蹂躙されてしまいますの。


 いまだって心に耳を澄ましてみれば、わたくしは自分が家族はもちろん領民に対しても深い愛情を抱いていることをハッキリ自覚することができますわ。もちろんすべてを救うことなんて不可能であることはわきまえておりますの。


 でも家族や領民をないがしろにしてサンチレイナ侯爵家の子女――聖なる乙女(わたくし的に)であるアンナ姉さまの妹であるこのアレクサーヌが幸せを得ることは決してないのですわ。


 これから訪れるであろう魔王の脅威。魔王軍が侵攻を開始したときに、主人公キャラのうち三人が神話武器を手にしていれば王国の勝利は確定しますの。ですので王国の守りについては主人公キャラたちを支援すればなんとかなると思いますわ。

 

 でも王国の勝利だけではわたくしは足りません。なんとなれば、わたくしは家族とサンチレイナの領民も守りたいからですわ。 


「そのためにはエルフィンリュートを手に入れるのと、この二人をくっつけることが先なんですの」


「えっ? 何をくっつけるのですか?」


 いつの間にかレイアがわたしの隣に馬を進めていました。


「あっ、いえ、ただの独り言ですわ。失礼いたしました。うふふふ」


「そうですか。そろそろ迷いの森の深部に入ります。ここではぐれてしまうと、一人では決して森の外へ出ることはできませんよ。しっかりと付いてきてください」


 クールビューティを装ってレイアがわたしに忠告してきます。


「そうでしたわね。お二人だけが頼りですわ」


 『当然だ』とばかりに一瞬レイアの表情がドヤ顔になるのをわたしは見逃しません。確かに迷いの森は、上級の聖樹教会修士を伴っていなければ一度入り込んだが最後、二度と森の外へ出ることができなくなってしまうでしょう。


 レイアがドヤ顔するのも無理はありません。


 無理はないのですが、ちょっとイラっとしたので彼女を弄ることにしますわ。


「それにしてもお似合いのお二人ですわね」


「お似合い? なんの話ですか?」


「もちろんチャールズとレイアのことですわ。あっ、もしかしてお二人はご結婚されているのですか?」


 少し後ろにいるチャールズに振り返りながら、わたしは尋ねてみましたの。うふ。


「なっ!? なななな……」


 レイアの顔は見えませんが、真っ赤に茹で上がっていることだけはわかりますわ。


「いえ。僕もレイアも独り身ですよ。僕はまだまだ未熟者なので、今はただ修行に邁進する日々です」


「素晴らしいですわ。これはチャールズ個人ということではなく、あくまで殿方としてのをお伺いしたいのですけれど、に殿方からみてレイアは女性としてはどのように評価されるのかしら。あくまでにですわ」


 『一般』を強調したのがよかったのか、チャールズは顎に手を当てて素直に考えてくれたようですの。


「ふむ。そうですね。美しくて聡明、常に落ち着いていて包容力もある。強い意志と信仰心を持っていて――逆に言えば頑固なところもあるということですが、それでも、ときどき無防備に弱さを見せられたりすると、男としては守ってあげたいと思わざる得ないでしょうね」


「まぁまぁ、に見ればレイアはとても素敵な、妻に迎えるには最高の女性だということになりますわね。には」


「ええ。ほとんどの男性にとってレイアは理想の女性でしょうね」


 ドサッ!


 レイアが馬から落ちましたの。

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