第2話 断罪イベント
≪カールスタット城 ~王宮広間~≫
「アレクサーヌ! 君との婚約は破棄する!」
ぼやけていた視界がハッキリしてくると、目の前には婚約者であるフレデリック第一王子が、彼に縋り付く金髪美少女の腰に手を廻し、もう片方の手で悪役令嬢を指差している様子が見えてきました。
「痛っ……」
わたくしはビリビリする頬に手を添えました。サンチレイナ侯爵家の令嬢アレクサーヌは、左頬の痛みによって徐々に現在自分が置かれている状況を認識していきましたの。
「アレクサーヌ! これまで君がリリアナ嬢に対して行ってきた悪辣な行いの数々、そのすべてが明らかとなっている! みんな知っているぞ!」
高らかに宣言したフレデリック第一王子は、そのまま広間全体に響き渡る大きな声でわたくしの糾弾を始めました。わたくしには糾弾の内容にまったく思い当たることがありませんでしたが、ショックのあまり全身からは血の気が失われ、関節から力が抜けて今にもその場に座り込んでしまいそうになりました。
それをなんとか押しとどめていたのは、ひとえにサンチレイナ侯爵家令嬢としての矜持があればこそでした。
ともすればとめどなく溢れ出しそうになる涙を懸命に堪え、王国の宝石と称えられたターコイズブルーの瞳をまっすぐフレデリック王子へと向けましたの。
とはいえ、これまで一身を捧げてきたフレデリック王子から向けられる憤怒の形相や、その後ろにいるリリアナ嬢から向けられた怯える表情を見て、わたくしはパニック寸前のところでしたわ。特にリリアナ嬢については、これまで唯一無二の親友だと信じていただけに、計り知れないほどの衝撃を受けていたのです。
いまだ困惑する中、わたくしはふとリリアナ嬢の瞳の奥に嘲りの光を見てしまいました。わたくしは訝しく思いながらリリアナをよく観察してみましたわ。すると信じがたいことに、その表情のところどころに隠しきれていない感情が漏れ出ていましたの。
(リリアナ? わたくしを笑っているの?)
そこからは瞬く間にすべてが解きほぐされていきました。リリアナとは出会ってからまだ3年ほどでしたが、その間に培われてきたはずの友情の全てが噓だったということに、今更ながらわたくしは気付いてしまったのです。
(リリアナに
とはいえ、いまさら真実に気が付いたところで何もかも遅かったのですわ。いまや広間にいる王侯貴族や学友たちが、わたくしがどれだけ悪辣非道な人物であったのかを延々と語り続ける第一王子の声に耳を傾けていました。わたくしに対して向けられる視線が次々と冷ややかなものへと変わっていくのが見てとれましたわ。
これまでの長い付き合いでわたくしの人となりを十分に知っているはずの人々までが、ヒソヒソとわたくしの悪口に参加しているのが聞こえてまいりました。所詮は貴族社会。権力者の言うがままに己の心さえ一瞬で変えてしまうものなのですわ。
そして現在、権力のほぼ頂点にいるフレデリック王子からここまで糾弾されてしまっては、わたくしの未来は既にないものと考えて良いのでしょうね。もちろんサンチレイナ侯爵家も無事では済まないはずです。
いまこの瞬間、すべてが失われてしまったのです。この状況を覆すのがどれだけ絶望的なことか貴族であればどなたにでもわかることです。いまや悲しみが全身を覆い、立っていることさえ辛くなり、わたくしはその場にくずれ落ち……
くずれ落ちようとした瞬間、わたくしの視界にメッセージが浮かんできました。
≪称号:悪役令嬢を獲得しました≫
――――――
―――
―
(よし! 今度こそハッピーエンドへまっしぐらですわ!)
わたくしは膝から崩れ落ちそうになるのをぐっとこらえて、懐から素早くポーションエッグを取り出して握りつぶしました。パシャっと音を立てつぶれたエッグは光を放って消滅。
≪体力が全回復しました≫
えっと、まずはステータスを確認しなくちゃですわ。
「ステータス(ボソッ)」
つぶやくと視界の中に数々の情報が現れました。とりあえず確認したい項目に意識を集中すると、求めていた情報だけに絞り込まれました。
称号:悪役令嬢
体力:11/11
魔力:10/10
天与:戦乙女
特殊スキル:令嬢の涙 / 乙女の叫び / 炎の眼
一般スキル:格闘術 / 乗馬 / 野営
(天与が戦乙女ですの? やりましたわ!)
天与は、転生時点で与えられる才能のようなもの。種別に応じ、特殊なスキルが生まれもって付与されたり、あるいは将来的に取得できるようになります。また、この世界に転生してから覚醒するまでの間、特定のステータスが伸びたり一般スキルが開花したりするような環境に置かれたりもします。
様々ある天与の中でも、戦乙女の天与は『脳筋系』。とりあえず腕力でサバイバルできるので生存確率が高いのです。多少のミスをしたところで、少なくとも拠点の確保や王都からの脱出についてはかなり楽になるでしょう。
(とりあえずここから抜け出すことにしましょう)
このまま状況が流れるままにしてしまうと、わたくしは地下牢に拘束されて、そのまま獄死。サンチレイナ侯爵家は瞬く間に没落して大切な家族が苦悩の内に死んでいくことになってしまいますわ。
特に耐え難いのは、わたしにとってこの三千世界で一番大切なアンナ姉さまが筆舌しがたい残酷な死を迎えてしまうこと。これだけは何があっても回避しなくてはならないのです。
あら? そういえばいまは緊急事態でしたわ。いろいろと考えを整理するのは【拠点】まで移動してからにしなきゃですわね。
わたくしは目の前で繰り広げられている茶番に意識を戻しました。フレデリック王子は、相変わらず朗々とありもしないわたしの悪行を追求しています。
わたしはリリアナに目を向けました。
リリアナは目の前にいる惨めな侯爵令嬢をさらに嘲笑しようと考えていたようですけれど、わたくしと眼を合わせた直後、彼女の顔は恐怖一色に染まり硬直してしまいましたわ。わたくしの眼の中に燃える怒りの業火を見たのでしょう。もしかすると、わたくしの心の声が聞こえたのかもしれませんわ。
わたくしはリリアナを見据えながらこう考えていたのですわ。
(ここで殺しておこうかしら?)
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