第3話 カールスタット城

 アレクサーヌにとってこのカール王国で一番やっかいな存在がいま目の前にいるリリアナですの。


 今ここでリリアナを潰しておけば、今後発生する多くのやっかいなイベントを回避することができますわ。でもデメリットとして、カール王国内にいる限りフレデリック王子率いる王国軍を常に相手し続けなくてはいけなくなってしまいますの。当然、王国内での活動も厳しい制約を受けることになりますわ。


 一瞬考えた後、ここでリリアナを始末するのはやめておくことにしました。わたくしが「殺すのを止めてあげる」という良心的な決断をしたにも関わらず、わたくしを見つめるリリアナの表情はみるみると青ざめていきました。


 これは特殊スキル【炎の眼】の効果。戦乙女の燃える瞳に見つめられた敵は、恐怖のあまり暫くの間身動きが取れなくなり、さらに数日から数週間は炎の瞳の悪夢にうなされて魔力の回復ができなくなってしまうのです。


 続いてわたくしはフレデリック王子に視線を戻し、特殊スキル【令嬢の涙】を使いました。これはすべての天与においてデフォルトで備わっているスキルですわ。このスキルは使った瞬間、瞳の潤い成分が5割増しとなり、べつに哀しくなくてもツツーっと涙が頬を伝って落ちますの。さらに周囲6メートル内にいる人間は、自然とこの流れる涙に視線を固定されてしまう追加効果もありますわ。


 当然ターゲットになっているフレデリック王子はわたくしを見つめたまま固まって動けなくなってしまいました。わたくしは、ここぞとばかりに悲哀に満ちた声でたたみかけます。


「あまりにも一方的な物言い。わたくしに一言さえ弁明を許してくださらないなんて……」


 わたくしは両手を組んで慈悲を懇願する乙女のポーズを取り、カクテルシェイカーを振る感じで両手を震わせました。もしこの場に完全に冷静な人間がいれば「いや、その震え方はねーわ!」とツッコミを入れずにはいられなくなるほどの大げさな仕草だったりしたのですがまぁ問題ないですわ。


「やがては万民の王となられるフレデリック様は、 お方だと信じて おりましたのに。およよ~」


 これで【令嬢の涙】の影響を受けた人物のわたしに対する好感度は2割増しになったはず。もし最後の「およよ~」がなければ5割増しだったかもしれないですの。ついやってしまいましたが、もちろん反省はしてませんわ。


 いずれにせよ、今のわたくしにはここに長居する理由はありませんわね。


「あんまりですわ! もし美しいリリアナに懸想したというのであれば、そうおっしゃってくだされば潔く身を引きましたものを、わざわざこのような舞台を用意してまでわたくしを貶める必要がございましたのでしょうか……」


 わたくしの正論にフレデリック王子の表情が引き攣ってしまいました。周囲を取り囲む人の中にも、この茶番劇に対して疑問を抱いく者が出始めているはずですの。


「あんまりですわ! あんまりです! こんなの! こんなの……」


 今はこれで十分。ここぞとばかりに、わたしは息をスゥーッと吸い、吐く息で特殊スキル【乙女の叫び】を放ちました。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 


 この特殊スキルは平地であれば周囲10mの敵を拘束するバインドボイスですわ。だがここは屋内、反響によって広間にいる全員に強弱はあれど効果が及んだはず。


「「「なっ!?」」」


 フレデリック王子やリリアナは、突然の状況に口をパクパクさせることしかできなくなっていました。周囲の人間も似たような状態ですわ。


 わたくしはくるっと踵を返して走り出しました。


(とりあえずここから脱出よ!)


 広間の扉までの直線状には二人の貴族と執事が一人、あと出入口には2名の衛士が立っています。

 

 いずれも丁寧に避けさえすればいいだけなのですが、今回は天与が戦乙女。押し通らせていただこうと思いましたの。


 最初にでっぷりと腹のでたデブ貴族が進路上に立ちはだかるのを、ごめんあそばせと挨拶とともに右肩でタックルを入れます。その反動でよろける風を装いつつ前進し、足の踏み込みとともに二人目の貴族の鳩尾に肘鉄を入れて差し上げました。


 この二人の貴族は先ほどから大声でわたくしの悪口を言っていた輩なのですわ。


「あぁ!」


 わたくしはいかにもか弱い女性を演じつつ、イケメンの執事にもたれかかりました。彼はトレイに載っているワインボトルとグラスが落ちないように、慌ててバランスを取ろうとしましたの。その隙にわたくしはワインボトルを掴んで


「あら失礼、いただきますわ!」


 扉へと向かいましたわ。


 扉の前にいた二人の衛士は【乙女の叫び】の効果が薄かったのかある程度は動くことができたみたいですの。彼らはわたくしが広間から出るのを防ごうと進路を塞ぎましたわ。


「どうか、お通しください……」


 わたくしは身をかがめて懇願するような姿勢をとり、


「ませっ!」


 声を上げると同時に身を起こして、ワインボトルを二人の目の前に放り投げました。


「「あっ!?」」


 二人の衛士が空中のワインボトルに気を取られた瞬間、わたくしは間を風のように駆け抜けて行きましたの。


 王宮前広場へ出ると黒い馬車が停まっているのが見えました。馭者がわたくしを見つけると手招きをして、しきりと馬車に乗り込むように勧めますの。前世で何度も見てきた光景ですわ。


「さぁ、アレクサーヌ様。御身を助けに参りました。急いでお乗りください」


「ありがー」


 わたくしは全速力で駆け寄り、そのまま勢いをつけて……


「とぅ!!」

「ぐぼぉっ!」


 馭者のボディへ見事に飛び蹴りを決めましたの。


 馭者はカエルが潰れたような音を出しながら、それはもう見事に吹っ飛びました。前世での恨みもあるので、本当は追い打ちをかけて止めを刺したいところでしたけれど、なにしろ今は時間がありません。急いでわたくしは手綱を取りました。


 馬車はなんなく城門を抜けて城下街へ出ることができました。


――――――

―――


≪王都 ~城下街~≫


 街に入ると視界の端に文字が浮かび上がりました。


 ここまでの流れは上々です。きっと今度こそ辿り着けるはず。


 いまからわたしが目指すのは、拠点セーブポイント


 もし拠点にゲームと同じような働きがあるのだとすれば、ここに辿り着いて以降の転生はここからスタートできるようになるはずですの。

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