死んで覚える悪役令嬢の生存戦略
帝国妖異対策局
王都からの脱出
第1話『殲滅の吸血姫』の世界
「ああっ! また死んじゃったぁ!」
思わずわたしはコントローラを床に投げ出してしまう。
画面の中では銀髪ウェーブ巻のアレクサーヌ令嬢が刺客の刃を胸に受けて絶命している様子が映し出されていた。
わたしがプレイしている『殲滅の吸血姫』は、アクションRPG要素を加えた恋愛シミュレーションという一風変わった乙女ゲームだ。
かなり難易度が高く、いわゆる死にゲーとも呼ばれているが、絶妙なゲームバランスと魅力的なキャラクターが人気を呼び、発売から4年たった今でも多くのファンがプレイし続けている。
いままでわたしは特にゲーム好きというわけではなかった。でもある日、勤め先の派遣切りによって解雇されたことがきっかけとなって、わたしに変化が訪れることになる。
次の仕事がなかなか決まらずフラストレーションを溜めていたわたしは、ふとネットで目についた『殲滅の吸血姫』をダウンロード購入した。「広告の絵が可愛かった」というだけの理由。ちょっとした気晴らしのつもりだった。
それから二週間。
わたしは昼夜を問わず寝ても覚めても『殲滅の吸血姫』をプレイし続けることとなる。
ドハマりしてしまった一番の理由は、NPCである銀髪の令嬢アレクサーヌをなんとしても幸せにしたいという思いに駆られたからだ。
ゲームにおいてアレクサーヌは悪役令嬢として登場する。彼女は中盤の共通イベントで婚約者である第一王子から断罪されて、不幸な最後を迎えることになる。彼女を救おうとしてどのようなルートを辿っても、結局は残酷な死が彼女を襲うことになるのだ。
『殲滅の吸血姫』はアクションRPGという特性から、状況や人物の内面がノベルゲームのように詳細に語られることはない。キャラクターたちとの会話やゲーム内で見つかる手紙や本のようなテキストから、プレイヤーがストーリーを脳内で補完するというものだ。
何度もゲームを周回プレイしていくうち、いつの間にか、わたしはアレクサーヌに心を奪われてしまっていた。彼女は決して悪役令嬢なんかじゃない。もしかするとわたしの勝手な思い込みなのかもしれない。でもわたしは、彼女は悪役令嬢なんてレッテルが貼られるべき女性ではないと確信している。
確かにゲーム中において彼女との会話や行動を表面的に追っていくだけでは、アレクサーヌはただの傲慢な令嬢、すなわち悪役令嬢にしか見えない。でもゲーム中のテキストを丁寧に読み込んでいけば、彼女の印象はまったく逆なものとなってくる。
アレクサーヌが立派な令嬢となるためにどれだけの努力を重ねてきたか、その身を顧みず家族や学友、多くの人々を守ってきたか、さらに己を一切捨てて第一王子の婚約者となるに至ったのか。それを知ってしまったら、彼女を好きにならずにはいられない。
大好きになってしまったアレクサーヌが不幸になるエンドしか存在しないなんて、わたしにはどうしても納得がいかない。いかないのだ。
それに徹底的にアレクサーヌを悪役令嬢として扱いつつ、実は彼女が聖女なんだと読み取れなくもない情報をたくさん散りばめているなんて、ゲームの制作側が意図的にやっていると思わざる得ない。
だからきっと……
「アレクサーヌが幸せになるルートがあるはず!」
そんな根拠の乏しい確信にとらわれて、わたしは28周目のプレイに入った。
それにしても、最後にご飯食べたのいつだっけ?
お腹空いているようないないような?
まぁ、食事はもうちょっとプレイしてからでいいかな。
そろそろ休憩しなきゃ……。
ちょっとだけ寝てからご……は……。
――――――
―――
―
≪カールスタット城 ~王宮広間~≫
フレデリック第一王子が、わたくしを指さして婚約破棄を告げていました。
その瞬間、わたくしは転生者として覚醒し、自分が『殲滅の吸血姫』に登場する悪役令嬢アレクサーヌであることを理解しましたの。アレクサーヌとしての記憶はもちろん、転生前の記憶もしっかりと持っていましたわ。
もしこれが現実の転生なのだとしたら、きっと前世のわたくしは飲まず食わずでゲームし続けて死んじゃったのでしょう。なんという死に様……へこみますわ。
とはいえ今はそんな思いに耽っている暇はありません。断罪をこのまま状況の流れるままにしていては、わたくしは投獄されて、そのまま獄中死させられてしまうからです。
わたくしを糾弾するフレデリック王子を無視し、わたくしは踵を返して王宮の外を目指して駆け出しました。とにかく一度実家に帰ろうと思いましたの。
お城の堀を渡る橋の上で一息ついたとき、背後から、誰かが突然わたくしの体を持ち上げて、そのまま堀の中へと投げ落としました。
わたくしは死んでしまいました。
――――――
―――
―
≪カールスタット城 ~王宮広間~≫
フレデリック第一王子が、わたくしを指さして婚約破棄を告げていました。
覚醒したわたくしは踵を返して王宮前広場へ向かいました。出入りの馬車に乗り込んで城を抜け出そうと考えたのですわ。
広場に到着したものの、そこに我が家の馬車はありませんでした。どうしようかと思案していると一台の黒い馬車がわたくしの前に停まりました。
「さぁ、アレクサーヌ様。御身を助けに参りました。急いでお乗りください」
フードを深く被った馭者に促されるまま、わたくしは黒い馬車に乗り込みました。馬車はなんなく城門を抜け、街も抜けていきましたの。
森に入ってしばらくすると馬車が停止し、馭者はわたくしに外へ出るように言いました。状況がわからないまま、わたくしは素直に馬車の外に出たのですわ。
「いったいどうした……」
わたくしは自分の胸から剣が飛び出しているのを見ました。
「どうして……」
ヒューっという音がしてそれ以上の声を出すことができませんでした。
わたくしは死んでしまいました。
――――――
―――
―
≪カールスタット城 ~王宮広間~≫
フレデリック第一王子が、わたくしを指さして婚約破棄を告げていました。
その瞬間わたくしは覚醒し、数多くの前世での記憶も甦ってきましたの。
今回は、前回の記憶≪けいけん≫から、この状況に対してどのように振る舞うか心に決めておりました。
わたくしはフレデリック王子に詰め寄りました。王子が動揺する隙をついて、その腰の剣を抜き、わたくしは王子に縋り付いているヒロインに切っ先を向けましたの。とにかくわたくしの話を聞いてもらうしかないと思ったのですわ。
しかし次の瞬間、わたくしの胸からは複数の刃が突き出していました。
「この魔女め!」
「痴れ者が!」
「……」
わたくしを罵倒する声が背後から聞こえました。フレデリック王子の親友であり、王子を守る三本の剣。彼らはわたくしにとっても大切な友人だったはずですのに。
(女性を背後から刺すなんて、この国の男には矜持なんてものはないのね……)
わたくしは死んでしまいました。
――――――
―――
―
≪カールスタット城 ~王宮広間~≫
フレデリック第一王子が、わたくしを指さして婚約破棄を告げていました。
ハッキリとした確証はないですけど……おそらく今度で42回目の転生でしょうか。
わたくしはゲーム『殲滅の吸血姫』ではNPCでしたので、いまのところ前世でのプレイ経験を活かすことができていません。
ゲームでは断罪イベントの後、
それにしても、どうあがいても死ぬしかないなんて……、
※ 資料
【惑星ドラヴィルダ映像館】
・物語の舞台や登場人物の画像をこちらでご覧いただけます。
https://kakuyomu.jp/works/16816927861519102524/episodes/16818093076393910874
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