第3話 きのこたけのこゲドン
小惑星「ベンヌ」
直径500m超
2135年9月に地球に衝突する可能性のある小惑星。
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明日美のお昼は自作弁当だ。
こう言うと明日美は家庭的な女と思われるかも知れないが、「家庭的な」という形容が相応しいとは思ってはいない。実際自作弁当と言っても実家から送られてくる米を炊いて、スーパーで買った冷凍食品を詰めるだけである。冬場には保温のジャーに変える程度の気遣いで、基本は変わらない。料理をしないわけでもないが、得意料理と言えるものはなく、食べたいと思ったものはスマホでレシピを調べてどことなく真似て作る程度なので、家庭的を名乗るにはおこがましい。どこからが「家庭的」でどこまでが「家庭的じゃない」のかなんてものは定義すること自体バカバカしいし、明日美にとってそんなことはどうでもいいのだ。もし、「合コン」と言われるものに行って、見ず知らずの男性に「家庭的だね」なんて言われてもちっとま嬉しくない。
また当たり前のように定時退社し、いつもの乗り換えで喫煙所に向かう。
今日も少女は左のポールに腰掛けている。今日は明日美にすぐ気がついたようだ。
「やぁお姉さん。こんばんは」
「こんばんは」
明日美はタバコに火をつける
二吸い程して少女が口を開く
「お姉さんはたけのこの里派?きのこの山派?」
「え?」
「だから、きのことたけのこどっちなの?」
明日美はちゃんと質問は聞こえてはいたが、唐突過ぎるその問いに少し困惑した。
「んー、どちらもあまり食べないし、正直どちらでも構わないわね」
「どちらか一方を選ばないと、明日地球が滅亡するとしたら?」
「じゃあたけのこかしら?というかなぜ地球の命運が私にかかるのかしら」
「そんなことはどうでもいいじゃん。ふーん、そっか」
沈黙。
「あなたはどうなの?」
「え、あたし?どっちでもいいかな」
「なにそれ。じゃあどちらか選ばないと明日隕石が衝突して地球が滅亡するとしたら?」
「ちょっと脚色するの何?あたしはそうなったとしてもどっちかを選ぶことなんてしないと思うな」
「あなたのせいで地球人類はみな不幸ね」
「そうかな?地球人類ってあたし以外の人だよね?あたし以外の人がどうなろうが正直知ったこっちゃないし、第一あたし以外の人間が全員生きることを幸福だと思ってるわけじゃ無いんじゃない?」
「自分勝手な人ね。」
「そうかも。あたしはあたし以外の感情を持てないし、あたし以外の人が本当にあたしみたいに自我があって生きているなんて分かんないじゃん?ほんとはこの世界はあたしだけがプレイヤーで他の人はみんなNPかも知れないじゃん」
「NP?」
「ノンプレイヤー。ゲームなんかで、街にいるモブのことだよ。ほんとはこの世界はゲームみたいな仮想空間で、私が移動する度にワールドが形成されてるんじゃないかって思うことがあるんだよね」
「それは…すごく…なんというか…」
「お姉さん、引いてない?」
少女は続ける。
「昔すごく頭の良い人が唱えた説でね、『世界5分前仮説』ってのがあるんだけどさ、知ってる?」
首を振る明日美。
「この世界が5分前に作られたってことは絶対誰にも否定出来ないっていう説のこと」
「おかしなことを言うわね。それじゃあ昨日あなたとここで話したってことはどうなるのよ」
「それも5分前に作られたんだよ。昨日ここで話した内容も、あたしたちが知り合った事も、お姉さんが高校時代に処女を捨てたってイベントも」
「そんなイベントは無かったわ。」
「はは、ごめんごめん。今のは例えね。」
「確かにそれは否定は出来ないわね」
「だからあたしがきのこかたけのこを選ばずに隕石が衝突して地球が滅亡したとしてもまた新たな5分がすぐ始まっちゃうんじゃないかなって」
「あなたすごく心配よ?早まっちゃだめ。」
「大丈夫!死にたいとかそーゆー事じゃないから!」
「ならいいのだけど。」
「お姉さん今日もお話ししてくれてありがとう!じゃ、また!」
その日の帰り、明日美は選ばれなかったきのこを買って帰った。
煙談 黒米 @kuro_comme
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