第2話 水って何?
2匹の魚。
「やぁ、今日はいい天気だね。」
「ほんとに気持ちいいや。今日の水の具合はどうかな?」
「水って何?」
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明日美は電車に揺られていた。明日美の職場はこれといって忙しいわけでもないし、人間関係で困ったことは一度もない。食料品関係の仕事なのだが、実際に自分が会社の何者なのかを未だに把握出来ないでいるし、把握せずとも生きているのでそんな事はどうでもよかった。中高と吹奏楽部で、割と厳しい指導の高校だったために、最近のハラスメントに敏感な社会情勢に対しては少し懐疑的であった。たしかにハラスメント自体は良くないことであるが、何でもハラスメントと付ければいいというような風潮があまり好きではなかった。そういったこともあり、上司が明日美に過度に干渉することもなければ、明日美自身も積極的に他人に話しかけることもない。
明日美は定時で退社する。
会社からの帰路につき、いつもの乗り換えの駅で降りる。喫煙所に向かうと、昨日と同じように名前も知らないあの少女が左のポールに腰をかけている。イヤホンで外界を遮断しつつ、ロータリーの方を眺めていた。
明日美はまた右のポールに腰かける。いつものようにタバコを取り出し、火をつけようとする。
水無子は明日美に気づくや否や、遮断を遮断した。
「お姉さん、また会ったね」
少し乾いた音がする。昨日受けたつんけんとした印象はその渇きに所以するところなのだと気づく。
「は、はあ。そう…ですね」
「はは。なんかお姉さんの方が歳下みたいじゃん!タメ語で話してもらって構いませんよ、先輩」
茶化すように少女は言う
「え、ええ。じゃあそうしようかしら…」
いっときの沈黙の後少女が切り出す。
「お姉さんは、タバコってほんとに体に悪いと思います?」
「え、ええと」
いきなりの質問に戸惑う
「悪いんじゃないのかな。よくテレビでも言ってるし。」
「ふーん。でもさ、科学的には直接的に因果関係があることは証明されていないらしいよ。肺がんになるってよく聞くけどさ、結局統計でしかないらしいし、たまたまタバコを吸ってた人が肺がんになることが多くて、タバコを吸ってなくても肺がんになって死んじゃう人もいるんだ」
「そうなの?でも統計的に証明されているのならそれが正解なんじゃないのかしら」
「統計かぁ。なんか難しいことはよく分からないんだけどさ、結局なる人はなるしならない人はならないんじゃないかな。うちの叔父さんは若い頃からヘビースモーカーで来年60になるけど、一度も入院したことないし、大きな病気にかかったこともないんだよね。」
「そ、そう」
「なんだか、みんなテレビで『タバコは健康に悪い!』って言われてるから嫌ってるだけで、本質的にタバコが嫌いって人は少ない気がするんだ。」
「そうかしら?匂い自体が嫌いって人も多い気がするわ」
「匂いが嫌いなんてのはなんにでも当てはまることじゃないかな?ガソリンスタンドの匂いが強烈に好きな人もいるし、嫌いな人もいる。それと変わらないんだと思うな。」
「そう言われるとそうね…」
「もしさ、『タバコは健康に良いものです!積極的に取り入れましょう!』ってテレビが言ったら、世界はどうなるのかな?タバコ味のラーメン。タバコの香水。タバコ味のタピオカなんてのも流行るんじゃない?」
「考えただけですごく、なんかこう、気持ち悪いわ」
「そうかな?じゃあなんでお姉さんはその気持ち悪い味のタバコを吸ってるの?」
「食べ物や身に付けるものとは別でしょう?」
「ふーん、そうなんだ。」
明日美はなんだかおかしなことを言う子だなぁと思う。
「じゃ、また」
吸い終わればすぐその場を去るその少女の背中を目で追いながら、昨日よりも長く少女の顔を観察出来たことを嬉しく感じた。
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