2:00

桃色の花は掌に降りることなく、地に枯れ、やがて風は熱を帯びていく。


茂る新緑はやがて陽炎を纏いて


空は蒼く


地は黒く


乾いていく


渇いて


僕は求めていた


眠りを知らない夜に眠る事を


この不快な暑さから逃れる術を



e


誰の為の祈りだったのか


他人を想う優しさか?


己を可愛がる傲りか?


見えない


もう何も


空っぽだから



「『死神』が近くに出た?」


死神と呼ばれる其れは単なる殺人者に過ぎなかった。しかし、いくら捕らえようとも、そこにを残して去っていく。いつの間にか其れはこの国に恐怖と希望を与えていった。


「はい。それにも一緒に居るようです」


「ちっ、厄介だな」


ここ最近一気に勢力を伸ばしてきた『成人教』。我らの女神を仇なし、真の主による救済を宣うカルト教団。


「暴動は起きているのか?」


「いえ、まだです。しかし、時間の問題かと」


「今すぐ付近に在駐している兵を集めて警戒に当たれ。少しでも怪しい動きがあれば即刻対応しろ。奴らの生死は問わん。何れにしろ死罪だ」


「はっ!」


駆ける部下を尻目に温くなった茶を啜る。


「全く、どうして我らがこんなことを......」


『死神』騒動を発端に民兵たちは一斉に武具を放棄し、各々の家へと戻った。もちろん、それに王は激怒し、徴兵に従わない者を死罪とする勅令を発した。それでも、臣民たちはそれに従うことはなく、多くの命が失われた。結果、貴族の領地に在駐していた憲兵たちが城下に解き放たれることとなった。


「早く帰ってきてくれ、勇者殿」



:


無知は罪である。なれば裁きが下されよう。


この世にあるのは女神という虚飾とそれに群がる醜い豚。


その偽りの虚光に私は気づいている。


そして既に始まりの刻は刻み始めた。


「救済は進みつつあります。我等の主は分け隔てなく、清廉なる世界へと導くでしょう」


無駄ではなかった。


数え切れぬ罵詈雑言と嘲笑。異教徒と後ろ指を指されながらも、街宣をし続けた毎日。


私は間違っていなかったんだ。


私は、正しい。


「聖女様、主は何時、あたしを救済してくださるのでしょうか?」


先日、この列に加わった新しい信者。この間まで他の者と同じように私達のことを馬鹿にしていたのに、今では極上の餌を待つヨダレまみれの犬だ。


「真の救済とは求めるものではなく、享受するものなのです。その時は必ず我等の前に訪れます。決して主を疑うことなく、待つのです」


それでも、彼女は救われる。真の救済に貴賎もなければ、差別もない。平等に行われる其れは、恐怖と絶望を越え、私達に希望と勇気を与えてくれる。


「あぁ、主よ。どうか、どうか───」


私の罪を背負って救済を


垢抜けぬ少女の願いと腐敗した婦女の祈り。


境界線は爛れて白く、指先で融ける。


ままごと遊びに油を敷いて


マッチを擦れば


ほうら


明るくなったろう?



/


人間の世界は既に疲弊しきっている。


人々は他力本願に溺れ、救済を待つ雛鳥と化した。


検討と批判は視界から外れ、肯定のみが脳内を支配する。


「終わりだ」


王も勇者も女神も魔王も何もかも。


彼等にとってはどうでもよいのだ。


彼等に未来は見えていない。現在を生きることすら罰としている。知りえぬ原罪を無自覚で認識し、赦しを乞うている。


それは、この世界システムの終焉を意味する。もはや、既存の秩序の回復は不可能に近い。


決して暗示などではない。どこか扇動的な思想が通念として浸透し、思考を持たない彼らは疑うことを知らない。そして、出会う度に頭を垂れて死を乞う。


彼等は本当の意味で罪深い生物だ。


「バカバカしい」


私はどこで間違ったのだ。


愛さえあれば全て乗り越えられるという若さゆえの酔狂のせいか?


たったそれだけで


それすらも赦さぬというのか?


人間の世に台頭するは聖女気取りの親殺し。神様気取りの殺人狂。


それを素知らぬ勇者たちは今のこの無意味な旅行を続けている。


「もはや、我が滅ぼすまでもない」


存在自体が間違っていたのだ。

我らの祖先は知っていた。陽と陰は交わらず。ひとたび重なれば混沌へ、世界はそれに耐えきれず新たな秩序を生み出そうと働く。


「だが、その先も我の知る由はない」


ただ、気がかりなのは奥地に残した忘れ形見。繰り返された過ちの結晶。


イヴァール


もうすぐ我も其方の処へゆくぞ




━━━━━━━━━━━━━━━


そう


なんてことはなかったんだ


この戦いの意味は


愚かな二人の過ちと


その後始末


唆した獣は既に消えているというのに


再び彼らは罪を犯した


己らの悦楽のためだけに!


その垢まみれの掌で!


僕らのときもそうだった


子を成して


それに怯え


開き直り


隠滅しようとする


そしてまた


同じことの繰り返し


それを恥じず


大義を偽り


駒を動かす


それを知ったとき


どれほど憤怒に溺れただろうか


それでも君はそのに殉じた


それが僕は悔しくて堪らない


だから、誓った


消してやる と


お前らが造った世界を!!


お前らの存在全てを!!!!!


─────────


その光景に懐かしさは感じなかった


どこかで見たことあるような、みどりの檻


外界を拒むのは己らの罪から目を背けるためか


それとも、それを罪とも思わず、外をと思っているのか


今さら問い質す気はない


だが、洗わなければならない


もう二度と同じ罪を犯さぬように


我々がその責任を背負わぬように


真なるヒトとなるために



「ッ! 貴様、どうやってここへ来た!!」


どうしてコイツらは皆似たような容姿をしているのだろうか。それ故に、このような罪を重ねるのか。そうして、我関せずとこんな森の中に引き篭っているとは笑えぬ冗談だ。


「罪と称しながらも贖う姿勢も見せず、同じようなことを何度繰り返すつもりだ? どうしてそれに正統性を付加させる? 一丁前に御伽噺でも作り上げたいのか?」


なるほど、貴女の怒りが少しだけ理解できた。己の正義と愛が無惨にもこの世界に食い荒らされた。尊き精神が汚い手で捏ね回されて、単なる愉しみの為だけに消費された。



「何ぉ」


その頸は容易く堕ちた。なんだ、手が届く位置にいたのか。どうしようもないと諦めていた己が馬鹿馬鹿しい。


「ひっ!!!」


もう片方の長耳は間抜けな声を上げて集落のなかへ逃げていく。


「簡単なことだったんだ。。運命とは定められるものでなく、己の手で動かすものだ」


『そうだ。君はようやく僕と同じ領域に達した。君の祈りは僕の願いと相違ない。力はで継承済。後は君の意志だけだった。そして全て繋がった今、それらは君の望む結果へと必ず導く』


終わらせよう


この狂った世界を───





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