1:00

囀る鳥が明を教えてくれた


僕はそれを朝だと信じた


でも、陽は昇っていなかった


夜明けはまだかと待ち続けるうちに


冬が来た


風は身を削り


雪は精神を摩耗させた


寒さに身を寄せても独り


肩を抱いて


泣いていると


いつしか



春が来ていた


光に目が眩み


未だ眠る蕾を潰した


僕は独りだった



|/


欠けた月が鈍く笑う


闇夜に目が慣れてくると


一筋の光が見えた


其処は紛れもなく王の住まう都


輝かしき黄金郷


屍を根にして


罪の因果は絶やすという行為により、ゼロへと到る。それは、有から無へと転ずる事。無常なき世なれば罪もまたいつか洗われるだろう。


それはである


真に独立した精神を持ったヒトとなる為に


救いを救いとして


己が自の救いとなりうるために





そうして と成る



「止まれ!!」


いつの間にか門前まで来ていた。


「おい、まずはあそこで検問を受けてからここへ来てくれ」


傷痕だらけの顔


皺くちゃの制服


錆ついた帷子、帽子


申し訳程度に鉄が含まれている銅剣


窶れた頬


窪んだ下眼瞼


「民兵か?」


そう問いかけると、兵士は溜息を吐いて下を向いた。


「そうだ。お堅い騎士様たちは城を出ることなく、今や農民だろうが商人だろうがお構い無しさ。腕の立つ奴は前線へ、俺達みたいな出来損ないは見張り番だ。皆、家業は幼い子と女房に任せきりで、子どもも10を超えれば戦場行き。何が聖戦だ。俺たちは得るどころか失ってばかりだというのに」


────


15の人間を葬った。


彼等は抵抗という抵抗をすることなく、此方に身を委ねた。


この時を持ってして彼等はようやく休息というものに就いたのだろう。赤を流して、また子安らかなれ。揺籃は編んでおくから。一糸まとわぬ純真な姿で生まれておいで。


門を抜けると、閑静な城下町。


笑い声など一切聞こえない。


ああ、崩れていっている。


いくら彼等が延命を重ねても、摂理に反した人間という存在は社会的な機能を有しない。


「施しを......」


路上に跪く物乞いの目は屍人よりも濁っていた。


「金か? 食料か? 住居か? お前は何を求める?」


「全てです。それらがなければ私は生きていけません。もう私には何もないのです。妻子を売り、屍肉を食み、今もなおこうして貴方に頭を垂れている私を憐れに思うのであれば、どうか、どうか救い───」


物乞いの首が落ちたとて、直ぐに騒ぐ者はもはやこの街には1人としていない。他人に目を向ける余裕はないのだ。そうだ、己が生きることすら瀬戸際だというに。


「たとえ、お前が自身の行いに何の罪悪も感じていなかったとしても、俺はお前の罪も背負おう」


天秤には細工がされている。だから、均等に、ゼロになるように。多くの罪を犯した者も、清く正しく生きたつもりの者も、今度は正しく生きられるように。


「どうして殺したの?」


眼前に佇む少年。


朧気な輪郭は常に揺れて、焦点が合わない。


「なら、彼はこのまま生き続けるべきだったとでも? 深い絶望に苦しみ、涙を流し、救いを乞う姿を見て尚、『生きろ』と、軽薄な言葉を使えばよかったのか?」


「『生きている』ということは何物にも代えがたい。1番分かってるはずなのに。それすらも分からなくなるほど鈍ってしまったんだね」


「まだお前には分からないさ。陽の光を浴び、花に舞うことしか知らない幼いお前には『生きている』とはどういうことなのか。それは単なる生命維持活動ではない」


ひときわ大きく揺れた後、彼は空に溶けた。





幻覚との会話に時間を置きすぎたのか、いつしか人溜まりが出来ていた。誰かが憲兵に通報したのだろうか。少々の野次馬と武器を携えた兵士たちが己を見つめていた。


「これが罪だと思うのなら、俺を捕らえるといい」


暴力を行使してはいけない。


それは自身の行いが正しくないと証明することに他ならないからだ。


「捕らえろ」


瞬く間に身柄は拘束され、俺は街の外れにある小汚い牢舎に送られた。


「もはや論ずる必要もないと思うが、形式上行わないといけないのでな。そこで審判の刻を待つがいい」


看守と思わしき男がそう吐き捨てると、乱暴に扉が閉められた。


少なくとも、彼はそう思ったに違いない。


「ただでさえ、神の真似事だというにそれを ことにお前は何も思わないのか?それをユルせるほどの貴い存在なのか?」


「あ......あぁ」


この男は鎖を千切り、あろうことか閉じられる鉄扉に首を捩じ込んできた。その首が捻られようとも、それに介することなく、己に向かって問いかけてくる。


気味が悪い。



強引に閉めようとすれば、さすがに奴も痛みで許しを乞うに違いない。立場を弁えない馬鹿は痛い目を見ないと分からないからな。


そう思いながら、手に精一杯、力を込める。


「お前のそれは裁きと言えるか?いや、決して行為そのものを否定しているわけでない。お前のその精神に疑念を抱いているんだ。他人の罪を侮蔑し、嘲り、怠惰的に行うが『裁き』? 違う。定められていた『正義』の意志すら失ったはもはや道楽的に行われる虐待に相違ない」


「ひ......ひっ!ひぃ!ひぃぃ!」


確かに、徐々に、閉まってきてはいるんだ。


でも、でも、


奴は微動だにしない!


手に伝わってくる、この骨の軋む感触で脳内が生温くなる。


瞳孔が開ききった目に吸い込まれそうになる!


俺は遂に耐えきれなくなり、背を向け、全体重をかけて扉を閉めようと試みた。


「いいか? 典に則るべきものは行いではない。精神だ。罰にしろ、贖いにしろ、精神に基づいて為されなければ意味を成さない。形だけを真似ても遂には変わらないからだ。そして罪人は再び同じ罪を犯し、お前はまた同じこと言うのだろう?それにお前は正統性を見出しているのか?」


ボキボキ と骨の砕ける感触が全身に伝わる。それでも、未だに其れは言葉を紡ぐことを止めない。


あぁ、触れてはいけなかったんだ。


解った時には遅すぎた────





翌日、いつまでも宿舎に来ない彼を不審に思った同僚がひとつの牢に入った。


其処は先日、浮浪者を殺した浪人が収容された部屋。


「な、な、なにがぁ」


彼は自身の頭部を抱いて眠っていた


その顔は母の腹に眠る胎児のように


何の憂いもなく


安らかで


彫刻を思わせるほどに


荘厳に


そして壁にはただ一言


"私は救われた"

























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