23' 刻まれているモノ
「私は昔から偏屈者で周囲から疎まれていたんだ」
壁画に目を通しては何かを記す彼女はポツリポツリと語り出した。
「ゲホ、そんな面倒そうな顔をしないでくれないかい?どうせ短い命なんだ。 せめて君は聞いておくれよ」
「......あぁ」
これ以上、背負いたくない。でも、それ以上に聞く耳は閉じない。
「皆が敬う女神とやらもどうにも受け入れ難いものだった」
「祈ったことは?」
「ない。それで彼女は何かをしてくれたかい?」
「そうだな......」
そんなこと、自分が1番わかっているではないか。
「魔法を始めとした摩訶不思議な事象は女神の祝福を持って成り立つと首を揃えて皆宣う。ケホゲホ。一向に姿を見せぬ女神の下に教会と貴族は肥えて、民は貧しくなるばかり。同じく知能を有する魔族や獣人たちと手を取り合う事を拒み、箱の中の偶像に涎を垂らす始末」
抑揚のない声に感情が見え隠れする。鬱屈した怒りと哀しみが壁越しに此方を覗く。
「嘘っぱちの唾を飛ばして、無数の仮面で自身を取り繕うこの世界で正気なのは私だけか、それとも私が狂っているのか。君はどう思う?」
「分からない。ただ言えることはあそこに俺の幸せはない」
「はは、それについては私も同じだね」
よくぞここまで異端審問に掛けられることなく、隠し通せたものだ。それこそ、それまで住人であったからなのだろう。
「その中で科学だけは私に嘘を吐かなかった。正しく導けばそれに応えてくれる。何度試しても、何度繰り返しても、偽りなく正直に答えを示す。どうしてそれに惹かれずにいられようか」
垂れた目尻はさらに柔らかく、慈しみ。いかなる匠を持ってしてもその姿を彫むことなどできぬだろう。
「魔法は女神の独占物ではない。それを科学は証明してくれた。女神などという傲った存在に生物の可能性を示してくれた。私は、私なんだ。決して箱庭の人形なんかじゃない。私にからくり糸は絡まっていない。無論、それはこの世に生きとし生けるもの全てにも言えることだがね」
彼女は何処へ向かうのだろうか
話の内容に目の焦点がブレる
女神の箱庭
からくり人形
全部詰まったオモチャ箱
その中に科学がないとは限らない
「だが、世界はそれを許さなかった。科学を究めようとした私は不治の病に蝕まれた。告げられた余命は1年もない。怒りと絶望に呑まれた私は遂に禁忌に手を出したのさ」
「それがこの遺跡探索か?」
「ここ一帯は禁足地。
「モリ・ゲルマか......」
あの光景が懐かしい。あれからどれほどの月日が巡ったのだろうか。彼女は今もなお、自身の意志を継ぐ者を待ち続けているのだろうか。
「あそこはロレーヌの庭だった。なら、此処は誰の領域なんだろうな」
「なっ!?」
ふと零した言葉に彼女は驚愕する。
「ロレーヌとはあの賢者のことかい!? なぜ君がそれを知っている!? ゲホ、まさか、あの場所へ行ったとでもいうのかい! あの呪霊が蔓延る森に!?」
「彼女も世界を恨んでいた。オルガノが処刑されたから。彼女は彼を好いていたんだ」
「...........続けてくれたまえ」
「彼女は自身らの軌跡を人形劇と称した。全ては彼女の嗜好娯楽のためだと。恨み辛みを本に記し、己の悲願を継ぐものをあの場所で探していた」
「君はその後継者にはならなかったのかい?」
「どうして俺が? 俺に世界を恨む道理などない。眼前に起こりうる全ての現象は己の行いが招いた結果だ。その責を世界に転嫁したところで何一つ変わらない。騒いだところで、俺の手にはもう、何も残っていない」
「──本当に、そう思っているのかい?」
やけにハッキリと聞こえた。脳髄を貫くように。シン が握り締められるがごとく。
「思っているさ」
「いや、向き合っていないと言った方がいいか。深い事情は知らないが、君は自身の人生を他人事のように吐き捨てるのか?責を負うというのはそれほど単純なものではない。形あるものだけを見ようとすれば、本質は見えなくなる。今、君のしようとしていることは責の放棄だ」
「ならどうすればいいと言うんだ!!!」
「私には分からないさ。だからこそ、君自身が理解し、納得しなければならない」
「納得したところで俺の
「あぁ、やはり君は解っていない。ゆるすのはその彼らではない。ましてや、王でも神でもない。君は君自身を───」
指先が冷える。
これ以上聞いてはならない。
警鐘の舌は落ちた。
もう遅い。
「......俺は何処へ往くんだ?」
誰の意思で?俺の意思か?
俺は今まで何を思って
「いきなり呆けてどうしたんだい?それに随分と顔色が悪いようだが」
「兎」
「ん? 兎? あぁ、確かにここに描かれているのは兎だね。これは一体何を示唆しているのか。豊楽、欲望、純粋、狂気、或いは先導者」
「そうか。お前が『案』なのか」
解る訳が無い。これは見たものにしかわからない。踊る白紳士、髭を撫でて此方を招く。
「『案』? 聞いたことの無い名前だ。誰の名だい?」
「この世界はシーシャの煙。悦と楽を混ぜて呑んで吐き出した跡。俺たちはただそれを辿っているだけ。俺は、それをゆるせな────」
「いきなり蹲ってどうした? 気分が悪いのか? それとも何処か痛いのか? 鎮痛剤ならいくらでもある。いるかい?」
「お前は誰だ。どうして俺をここまで連れてきたんだ。あ? 違う、俺は? あぇ? 何が? 来たのは俺?何のために? 誰の意思で? 俺は、俺は──── 」
そうか。俺はまだ心の何処かで信じていたかったのか。とてつもなく大きな影に委ねる心地良さに溺れて、自身の全てを肯定したかったんだ。でも、それももう───
「おい、しっかりしろ! 私の声が聞こえるか? ほら、私の指が何本立っているかわかるか?」
壁画に描かれるのはわらう兎。ただ、それだけ。
しかし
それは
今に至るこの世界の全てを
端的に表している。
「生まれたことすら罪だと云うのなら、それを祓いてもう一度。因果を断ち切り、再び生まれん。人間から純粋なヒトに─」
劈くな
猛る繊毛がクラクラと 託 を告げる
気持ちが良い
てのひらを
タイヨウに
「異常な眼球運動と弛緩した唇、不可解な言動。それにせん妄と思わしき精神障害。重症だな。生憎、鎮静剤は持ち合わせていない。とりあえず拘束し、自力での回復を待つか?」
「だから、螺子をナクシテハいけない。君と僕がいきるために。そうやって、成って、漸く、弌」
「こちらの問いかけには反応無し。悪いが、拘束させてもらうよ!」
懐から縄を取り出し、投げる。縄は自らの意思を持つがごとく、死神の体に巻き付き、四肢を締め上げる。
「理。真理なくして審理なし。理なき者には戒めを。悛なき者には誅罰を。正しき円環が巡るように瀆をハラえ 贖ィ乎」
死神は抵抗することなく、ブツブツと言葉を続けるだけであった。
「ふむ、戒めに罰か。君はよっぽど敬虔な信者だったようだね。あぁ、もちろんかの女神の事では断じてない。善の円環あるいは無徳の罪。そして、中立なる裁定者。何も信じられなくて、誰よりもそれを信じたかった。それは如何なる神の信仰よりも清く純粋な祈りに他ならない」
「─────時は満ちた」
「あぁ、君が救われることはないのだろうね」
「ひるふぇん」
考える間もなく、彼は自身の舌を噛み切った。私は急いで応急処置をしようと彼の体に触れると彼の首が不自然な方向へと曲がった。人形のように。ポキリ と。一気に。
「なっ!」
驚愕の声をあげる間に彼は絶命した。そして瞬きすれば、最初からそこに何も無かったかのように砂塵が床を泳いでいた。
「ケホ......『
《無象の砂塵にこの手記を残す》⚫部分は血に汚れて読めない
《私はフェルナンディア・エクスナレッジ。ご存知の通り、王国の第三女に間違いない。父よ、妹たちよ、余命幾ばくもない私の我儘をどうか許して欲しい。私は⚫⚫⚫⚫の墓と言われたこのテハイネムにて骨を埋めるつもりできた。終末旅行にと思ったこの旅だが思わぬお供ができた。死神と称する不思議な男。彼はこの砂漠の中で1週間、飲み食いせずに生き延びた。非常に興味深い彼と共に、この遺跡を回ることにした。─《中略》─壁画に記されている文字は過去に1度も目にしたことも無い不可解な言語だった。また、絵画も動物たちが無造作に描かれているだけであった。そんな中、彼は●●●を指し、狂い始めたのだ》
以下、砂塵に消ゆ
《ああ、君はまさしく人間だ。人間そのものだ。そして、ツミだ。灰皿だ。君は、酸いも甘いも味わった後の吸殻を受け止める為だけの器だ。真実を知った君は 針 となり、この世界を●●●だろう。それが君の⚫ら⚫した⚫⚫だから。やがて、それは⚫⚫の⚫⚫に●●を齎す。全てが終わり、⚫⚫したら、もう一度出会おう。その時は埃臭い書庫で珈琲でも嗜み、語らおうじゃないか。まずはお互いの名前を知るところからね 》
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