22' 刻むもの

「人間の身体には興味なかったんじゃないのか?」


「君は異質だ。あの状況で斃死せず、この場所まで辿り着くなんて人間ではありえない。君が零したあの言葉を妄言と切り捨てたことは謝罪しよう。たとえ、君が死神だとしても、科学のために、いや、叡智のために死ねるのなら本望なのさ。君が拒んでも、私は君に同行するよ」


 どうして皆、命を軽んじるんだ。どうして、その価値が、悲しみが、尊さが見えないんだ。


「お前にとって、命とは何なんだ?」


「おっと、哲学対話かい?そうだね、答えるならだよ。この世界のね」


 ああ、そうか。お前は贄なんだ。望んで、その身を捧げるんだ。それで彼女が満足なのであれば、俺はもう何も言えない。


「理解しがたいと言いたげだね。例えるなら、愛する家族を養う、そんな感覚だよ」


「いや、解る。受け入れがたいだけだ」


「よく言われる」


 苦笑する彼女の背後は空っぽで、寂しい。


「後ろに歩かれるのが嫌なら、私の後ろで歩いてくれるだけでいい。危なくなれば、見捨ててくれてもいい。だから、一緒に来てくれないか。暇つぶしにはなるだろうから」


 そんな顔で手を差し伸べるな。


「ありがとう」


彼女の手は見かけによらず、固かった。


___...__


「血液は人間と相違ないね」


歩きながら機械の画面を見つめる彼女の眼は険しい。


「傷がすぐに再生するわけでもなければ、苦痛を感じないということもない」


眉間に手を当てながら唸り続ける。


「前を見て歩け、危ないぞ」


「心配無用さ。障害物は自動的に避けるように設定している」


彼女は靴の方を一瞥し、再び画面に目を戻した。


「胃には大量の砂と仙人掌。到底、人間の胃の中とは思えない」


「それはどうも」


「魔力の流動に異常は見られないし、魔跡も変わりない」


彼女は眼鏡をトントンと叩いて考える。


「君は一体何なんだ? ただ死なないだけの人間? なら、それはどういう原理? 解らない。何一つ鍵が見つからない」


「解ったところで意味は無いと思うがな」


「つれないこと言わないでくれよ」


「......」


どうせ彼女も死んでしまう。抗おうにも、死角から寸分の誤りもなく命を刈り取ってくる大鎌はその暇さえ与えない。


「とりあえず、君のことは後回しだ。今はここの調査を優先しよう」


「そうか」


彼女は際に何を思うのだろうか。


もっと研究したかった。


もっと智恵を得たかった。


俺に出会わなければよかった。


もっと生きていたかった。


そのようなことを君たちも思っていたのだろうか。


光球に照らされども、先は闇に呑まれて深し。埃が反射して眼前に躍ると眩暈がしてくる。


「君はどうして死神だなんて自称してるんだい? 君は私を殺すつもりなのか?」


「俺が誰かに情を持てばそいつは死ぬ。死んで欲しくないと思えば思うほど、より早くより残酷に」


「なるほど。だから君は私を遠ざけようと懸命になっていたのか。ということは、のだね」


「やけにすんなり納得したな。お前の好きな科学的根拠はないんだぞ?」


「元より長くない命だ。それくらいで大騒ぎしないさ」


彼女の足が止まる。


「さて、この辺りかな」


奇妙な壁画と無数の石像が並ぶ部屋。気だるげな彼女の眉がほんの少しだけ、上に曲がる。


「ここは?」


綴られぬ歴史ロステルジックを知っているかい?」


彼女は唐突に聞き慣れぬ言葉を投げかける。


「いや。聞いたことも無い」


「ふむ。簡単に言えば神歴以前の歴史が全く解明されていないことをそう呼ぶんだ」


「神歴以前? この世界は神が作ったんだろ?なら、それより前の歴史がないなんて当たり前だろ」


「馬鹿なこと言わないでくれよ。神歴成立以前から生きているという生物がこの世にいるんだよ。それは


背筋に悪寒が走る。言葉を紡ごうにも喉が凍りついて話せない。


「そして、神歴の成立から丁度50年経ったある日、当時の枢機卿はそれらを究めることを学者らに禁じた。曰く、『天啓』だと。それからこの時までロステルジックの研究は凍結されていた」


「お前は......」


掘り返してはいけないものを今まさに、か。


「破れば。さてさて、女神様とやらはどんなやましい事を隠しているのだろうね」


......?」


「言ったろう? 礎となるんだ。



















 







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