21' 砂漠に潜む

砂漠の土は未だに水を求めて喘ぐ


キリキリと


乾いた唇は皮を剥いで膨れる


わかった事は干死ぬことすらもはや─


それでも飢え渇き、砂を食む。余計に乾くし満たされない。それでも、胃に何かを詰め込めんでいないと気が狂う。


三角形の建築物は点々として、ただのオヴジェ。入口はない。街はただの砂塵の影。


「コヒュー、コヒュー」


息をすれば喉はやけて、思考を巡らせば脳がやける。


三度の砂嵐。明ければ夜となり、極寒の地へと転する。だが、あの凍獄に比べれば─


ただ、砂は氷のようでベッドには到底なり得ない。仕方が無いので歩くしかない。意識が途切れる時がくるまで。


あぁ、このまま風の塵と消えようか


---


「ゴホン、やぁ、起きたかね」


浅黒い肌に丸眼鏡。そして小さな身体。項垂れた目尻と鈍い口角は彼女の人柄をよく表していた。


「こんな遺物しかない僻地に来るのは私のような数奇者しかいないと思ったが、ケホ、君はどうやら違うようだ」


「ぁ.........」


「おお、渇き切って話すこともままならないか。 仕方ない、貴重な水をあげよう。私にとってはそうでもないがね、ゴホン」


差し出された水筒にみっともなく縋り付き、貪る。身体に水分というものが染み渡る感覚は何時ぶりか。生命がみるみるうちに息を吹き返す。


「魔法と科学は今でこそ水と油のような関係性だが私は魔法×科学こそ、最高峰の学術に至ると確信している。この水だってその努力の賜物なのだよ」


聞いてもいないことを早口で捲し立てたと思えば、今度は奇妙な機械を袖から取り出した。


「見たまえ。これは砂漠の地下から水源を特定し、それを汲み取るものだ。ゴホ、こんな小さな機械に両手では数え切れぬ程の式が詰め込まれている。それ故に、たとえ使用者が魔力を持っていなかったとしてもボタンひとつ押すだけで、式は展開され、探索、掘削、採取の工程が自動的に行われる。元来、魔法の同時展開は多重詠唱を要さなければならないが1級の魔道師でも2重が限界だ。ンン゛、むしろ、1つしかない口で2つの言葉を発すること自体、人体の構造上おかしいと言わざるを得ないが、どうにも事実として確認されているから私が疑問を呈したところで、と話が逸れたね。つまり、魔法と科学の調和は不可能を可能するだけではなく、さらなる可能性を齎す素晴らしきものだということなんだよ」


彼女が生粋の科学者であることはこの短時間で嫌になるほど沁みた。


「ところで、水の礼をしろとは言わないが私の調査に付き合ってくれないか? 如何せん、私だけでね。ケホケホ、この途方もない遺跡巡りの道連れになっておくれよ」


「水の事は感謝する。だが、俺は君に着いていくつもりはない。君が死神を連れ歩く趣味を持っているというなら話は変わるが」


「へぇ、君が死神。今にも砂漠で野垂れ死にそうになっていた君が死神だというなら貧民街の爺でさえ、その鎌を振るえるだろうね。そうだな、言い方を変えよう。乾涸びて死にたくなければ、私に着いてくるのが懸命だ」


「1ヶ月。俺がこの砂漠に放浪していた期間だ。その間、砂しか口にしていない。食料はもちろん、水なんて代物は目にしたことはない」


ここに来て、ようやく俺はもう人ではないナニカになってしまったことに気づいた。与えられる苦しみに死という救済さえも失って、どうしようもなく、砂に埋もれるしかなかった。


「なるほど。それが事実であるなら世界中の学者たちは手放さないよ。だが、生憎私は解剖学には疎くてね。特に人体にも興味がない。それに何より、実証のないものは信じないタチでね。ゴホ、君の馬鹿げた話に付き合うより、早く遺跡探索に赴きたいんだ」


「行くなら勝手に行け」


「全く、薄情というか、愛想がないというか。現状に至るまでの人生が容易にうかがえるね」


呆れて溜息を吐いた彼女は背を向けて歩き出す。


「まあ、君はそこで乾涸びてしまえばいい。もし、心変わりしたならば着いてきたまえ。足跡が消えないうちにね」


照りつける陽射しに水分を奪われて、急速に襲う眩暈に酔っていたうちに彼女が視界から消える。


俺はとにかくこの灼熱地獄から一刻も早く抜け出したかった。その一心で再び歩みを進め始めた。


-..--


あれから1週間。未だに出口は見えそうにない。


砂塵は硝子と肌を細く切り刻み、心做しか全身がザラザラとする。


相変わらず襲い来る飢餓感と渇きに慣れることはない。砂と棘の花を身体を痛めつけながら胃に入れる。


とにかく、まずは身体を休めさせる場所が欲しかった。廃墟でも何でもいいから。


そんな折に、遂に古めかしい遺跡に辿り着いた。


何の思慮も働かせることもできず、その中へ招かれる。


訳もわからぬ像や壁画、惹かれることなく奥へと進む。


階段を見つける度に、降り、降り、降る。


いつしか気温は冷ややかに、心地よい。


ようやく、と石枕に寝そべり目を瞑る。


「おや、先客が居るかと思えばいつかの死神クンじゃないか」


気だるげな声色。どことなく、無関心に見え隠れする歓喜。"旅は道連れ"は寂しさへの欺瞞。孤独は常だというのに。


「ゴホゴホ。さて、ついでに君のことも調べさせてもらおうか」





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