20' ゆるされない

犯した罪は如何なる贖いを持ってして赦されるか


果たして、その罪は赦されうるべきものであるのか


否、贖罪の意思なくしては論ずるに値しない


お前は赦されない


-.."-"."


「我らを救い給う主はただ1人のみ。巷に蔓延る女神などは欲に溺れた皇が流した作り話に過ぎないのである!」


街宣の邪教徒が街角の隅で喚く。


巡る旅は日に増して徒然。もはや不可避の苦痛に起伏する感情の波は緩やかになって、来たるべき死は何時かと待ち望むだけ。


「貴方も今一度あるべき主について問い直しませんか?」


異教でも聖職者の色は変わらない。まるで宗教に順する女性は全て同じの服装であるべきだという共通認識でもなされているのであろうか。


黙って横に避けたが、袖を掴まれた。思いの外、しつこい。


「真なる幸福は主の救いによって訪れます。たとえ、貴方がいかなる罪を犯していたとしても主は貴方を赦すでしょう」


「離せ。興味無い」


「いいえ、貴方は救いを求めているのでしょう? 目を見れば分かります。きっと多くの苦しみを味わってきたのでしょう。ですが、もう安心です。我らの主さえ、信じ祈りさえすれば忽ち貴方の罪は祓われ、解放されるでしょう」


「主は本当に在るべきモノなのか?」


「な!? 貴方、なんと不敬な!」


「では、主はお前に何を与えた? その見窄らしい姿は何だ? 清貧こそあるべき姿か? 本当にそれは救いか?」


「す、救いはこれから行われるのです! 今この現世の苦しみは偽りの女神の仕業なのです! 主は我らの祈りにより、その邪神の穢れを打ち払い、世界に幸福の虹を架けるでしょう!」


「その通り。 ひとつ付け加えるなら、それは真なる救いとは言わない。お前たちの精神的支配を決して幸福と呼んではいけない」


「何なんですか!? さっきから貴方は!?」


「祈って救われるのならいくらでも祈ろう。だが、現実はどうだ? 啓蒙した結果、ルサンチマンこそ聖なる伝導者であると妄信し、環境を憎み、成長を拒み、努力を羨んだ怠惰な豚を肥やしただけだろう! 私たちは悪くない! 悪いのは私たちを視ない者! 裕福で貧することに無縁な貴族! そしてそれが信ずる女神!そいつらを真なる神が打ち払うだと? 大ホラ吹きもいい加減にしろ! くだらない免罪符で自らが犯した罪、過ちからは決して逃れることは出来ない! シナプスの生んだ偶像を奉り、ありもしない仮想敵を貶してお前たちは悦に浸っているだけだ! 見ろ!俺を! この手に染った色はなんだ! 橙か? いいや、彩やかなる灰色だろう!? いいか、これ以上、俺の神経を撫で回すな!」


「ひぃ!」


救いなどありはしない。信じなければ救わぬ神など大して兎と違いない。


「いいえ、それでも我等が主は千差万別なくか弱き人間たちを導くことでしょう」


後ろから ギラギラ と装飾を凝らしたロザリオの少女。そら見ろ。結局は詐欺師の腹の中だ。


「なら、今すぐそのイカれたロザリオを換金してその女にマシな服を与えろ。その艶やかな髪と肌はお前がペテンであることの証拠に他ならない」


「もし、それが迷える者の救いになるとするならば喜んでこの身を捧げましょう。しかし、現実としてそれは単なる自己満足にしか繋がらないのですよ」


「大義か? 目の前の貧者を救わずして神の戯言を真に受けたと吹聴する魔女をどうして信用するとでも!?」


「深き絶望ゆえに何も信ずることが出来なくなったのですね。......ひとつ、貴方様に助言を送るのならば、とだけ」


たとえ、お前が正しいのだとしても、俺は認めない。認めてはいけない。それを認めてしまえば、本当に救いはない。


「 己のせいで命が零れ落ちていく感触とその絶望感を知っているか?! 何もかも施しようのないあの惨状を!!それを御命だと信じて、祈り感謝しろとでも!? 貴様らはいつもそうだ!死すら定められたモノと宣り、平気で弱者の命を弄ぶ!つまるところ、富める者の享楽だ。聖女ごっこも、金がなければ行脚もできない。貧者から血肉を貪り、何食わぬ顔で今も 神の救い を説く。結構な事だ、神の救いとはそういう事か」




「本当は貴方が誰よりも信じているのではないのですか......?」


震える小声。どうして臆したお前が今更口を挟む。どうして、どうして、お前も



そんな目で俺を見るのだ


「俺が何を? お前たちの神をか? ましてや、女神だと? そんなことあるはずがない! ならば、なぜ俺は死なない! 道を外し、教えを躙り、彼らを殺めてきた俺がどうして─?」


どうして、赦しを求めているんだ?


めまい

はきけ

みみなり

わらうな

だまれ


だまれ

だまれ


来訪の空き時間は早くはやくと規則的な歪を描き出して、不快な蓄音機の調べ。古臭すぎて瞼が痒い。


「bxbxbxbxbx」


「あぁ、貴方様が真に救いを求めるのであれば、即ちそれは為されることでしょう」


杖を構えた聖女に不浄の光が満ちる。


「主の祝福があらんことを」


お前たちは悪だ。いがみ合うことしかできないお前らのような人間が、生者がいるから争いを好まない いきもの が淘汰されてしまうんだ。


あぁ、この身を焦がす聖炎でさえ、塵と成りゆく俺の因果は焼き切れないのか。


そうだ、おれはゆるされない







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