19' 誰も視やしない
「あんた、余所者なのに結構働くねぇ」
三角巾の婆が口を尖らせる。
「食った分だけ動いてるだけだ」
「それなら結構。 ほら、今度はあれを頼むよ。情けないことに男3人でも持ち上げられないみたいだ」
指差す方向には踏ん張る男たちが3人。瓦礫ビクとも動かない。
そこへ赴くと途端に声を掛けられた。
「おい、あんたはそっちを持ってくれ!」
言う通りに角を持ち、力を入れる。
すると、瓦礫は礫を零しながらゆっくりと持ち上がった。
「一気に退かすぞ!」
数m程動いた所で右前が ズズ と沈んだ。同時に重みが増して、持ち上げきれなくなる。
「馬鹿! "いい" って言うまでしっかり持ってろ!」
「仕方ねぇだろ! ギリギリだったんだ!」
「おい! あれ!見ろ!」
2人の男はやいのやいのと言い合い、1人は元あった場所を指差し叫ぶ。
「あー、間違いねぇ。 タクの嫁さんだ。 誰かタクを呼んできてくれ。嫁さんが見つかったって」
数分後、 息を切らせた男がグチャグチャになった腐りかけの亡骸に駆け寄り、縋り泣いた。
その光景に誰も何も言わず、ただ、手を合わせていた。
俺もまた、彼らの、いつかの幸せを願わずにはいられなかった。
その後、作業は一時中断され 、彼女の弔いの準備が始まった。
棺に入れて、花を添え、香草を焚く。
「ほら、あんたも見つけたんだから、これをサニィに添えてあげな」
例の三角巾が赤色の花を俺に手渡す。場違いながらも、俺も彼女に祈りを捧げる。
「どうか安らかに」
どうか、苦しみも枷もない自由で優しい世界へ
各々のゴスペルが村中に響き渡り、彼女は土に埋もれていく。
「あああ! 行くなサニィ! 俺をおいていかないでくれえええ!!」
棺が完全に見えなくなった頃に、男は崩れ落ちて、地を掻き毟る。
「落ち着け、タク! おい、誰か水を!」
静けさから一転、タクという男を囲んで騒がしくなる。
「なに、いつものことだよ。 男にしろ女にしろ、夫にしろ妻にしろ、親にしろ子供にしろ、亡くなった直後はみんな取り乱しちまうものさ。そうやって噛み締めて、1週間も経ちゃ乗り越え立ち直る。今、水を飲ませてやってる男だって、この災害で娘を亡くしてるんだよ」
三角巾は諭すように語りかけてくる。
「支え合って、か」
「そうともさ。大切なモノを失っちまったならその部分はあたしらがつっかえ棒になって生きる支えになればいい。苦しくて、辛いのなら、あたしらがその沼から引っ張り出してやればいい。誰しも持ちつ持たれつで生きてるからね」
「なんとも素晴らしい考えだな。だが、少なくともあの子はそう思っていない」
1人物陰で浅葱色の瞳が揺れる。手向けの花を握りしめて、口を噤む姿は誰の目にも留まらない。
「リーゴのことだね。あの子は本当に気の毒な子だよ。この村で1番多くの者を失った。だから、心の傷も誰よりも深い」
「あの子はこの村の誰も信用していない。見ず知らずの俺に頼るまで追い詰められている」
「子供っていうのは残酷だね。たとえ家族を亡くしてようとお構い無し。気に食わなければ途端に除け者さ」
「大人はどうなんだ?」
「あたしたちもどうにかしたいけどね。でも、あの子ばかりに構ってあげられる余裕はない。せめて、皆が元の通りに生活が送れるまでは厳しいよ」
「そうか」
「あの子があんたに懐いているのなら、構ってあげて欲しい。それがきっと、今のあの子にとって大切なことだよ」
....--.
「あ、お兄さん」
いつもの屋根下に少年は座っていた。
「その花、添えてきてやろうか?」
リーゴは白い花を未だに握っていた。
「ううん、自分で添えるよ」
彼は横に首を振ってそっと、胸にしまった。
「出られなかったか、あの場に」
「うん」
「そんなに嫌か? この村の人達は」
「お兄さんが話してたあのお婆さん、すっごい意地悪なんだ。僕を見かけると餓鬼、乞食、穀潰しって悪口ばっかり言うんだ」
「どうして?」
「僕が村長の息子と喧嘩して仲が悪くなったからだよ。だって、仕方ないじゃないか。皆が死んだこと、天罰だって、僕何も悪いことしてないのに、僕が悪者だから家族が皆が死んだんだって」
涙で掠れる声はつむじ風に乗って散った。
「まだ早い」
「何が?」
「お前にとってこの場所が辛いということは解った。だが、まだ十分に剣も振るえないくせに外に出るなんて自殺行為だ」
「それでもいい!」
「死んでもいいなんてことを言うな!!」
「でも辛いよ!苦しいよ! いいじゃないか!! 逃げたって!どうしてだめなの!!」
「俺じゃ君を救えない。俺じゃあ弱すぎる。だから、今は待つしかない。君が救える者を」
「それは誰なの!? いつ来るの!? 今ここにはお兄さんがいるじゃないか!?どうして? どうしてみんな僕を見捨てるの?」
「それは、おそらく君自身に他ならない」
「もういいよ。結局、大人はみんな卑怯だね。面倒な事は全部他人任せのタライ回し。誰も僕を視てくれやしない」
「この剣をやる。時が来るまでは木刀を振って鍛えろ。1日も欠かさずに振り続けろ」
「今更、物でご機嫌取り? 馬鹿にしないでよ」
「この剣の鍔、よく見てみろ」
腰の剣を取り出して、陽にかざす。すると、刀身に紋章が浮かび始めた。
「え、これって、女神の紋章!?」
「それなら俺の言っている事が解るな?」
「お兄さんって勇者の仲間なの!?」
「もう引退したけどな。秘密だぞ?」
「すごい......本当にすごいよ!」
「だから、これをお前に託す」
「いいの!? こんなに貴重な物!」
「俺はもう無用の長物だ」
剣を鞘に納めてリーゴに手渡す。
「わぁ!ありがとう!!」
受け取った彼は嬉しそうに抱き抱えた。
「いいか、まずは村の中で3年は鍛えろ。それで、せめて俺くらいの背丈と筋肉になったら村から出てもなんとかなるはずだ」
「3年......」
「今のままじゃ絶対に魔物に勝てない。だから、強くなるまで成長するんだ」
「本当に、本当に僕は強くなれる?」
「 もちろんだ」
「そっか」
その夜はリーゴと隣り合わせで眠った。少年には土の床は慣れないようで何度も不快そうに寝言を挙げていた。
..._...
「そろそろ起きな」
嗄れた声が耳元でさざめく。
目を開けると陽は頂点に差し掛かっていた。
「リーゴは?」
隣で寝ていた少年はいない。
「さぁね、今日は見ていないよ」
三角巾に促されて外に出ると、作業は既に始まっていた。
「ほら、あそこ見てみな」
そこにはタクと呼ばれていた男が懸命に作業をしていた。
「1晩色々吐き出してみんなが受け止めとりゃ、ああやって人は頑張れるのさ」
「......」
「あんたも寝ぼけてないで、早く手伝いな」
「その前に用を足してくるよ」
「そうかい。とっとと済ませな」
共同トイレのすぐそこは村の門であそこからは死角。柵を乗越えて、《剣の魔跡》を辿る。
幸い、そこまで強い気配も無ければ瘴気も 濃くはない。それに、場所もそこまで離れていない。
ここは森にも入っていなければ、視界の悪い場所でも──
「また」
ないから、すぐに見つかった。
「殺した」
血みどろの少年。剣握る腕は千切れ、顔半分と下半身は何処かに消えて、浅葱色の瞳は鳥の玩具。
分かりきっていたことにどうして今更後悔しようか
「バカだなぁ」
キリキリ と痛む心臓、亡骸の胸に人差し指が止まる。
剣の血糊は取れそうにない
虚ろな身体を燃やして砕いて
彼の胸元にあった赤い花を添えた
ごめんよ
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