18' 夢に願いを
廃れた村に人影が燻る。
何度も繰り返される頭痛と嘔吐に苛まれて混濁する意識は何の酩酊感なのだろうか。
わからない。
知ろうとすれば 変わるのだろうか。
もう遅いだろうけれど。
「こんにちは」
傾く屋根の下に蹲っていると浅葱色の瞳が覗き込んできた。
「何してるの?」
「........」
「はい!これ、今日の配給!お兄さんの分!」
「...俺はここの住人じゃない」
「知ってるよ! でも、これは皆に配ってるから!」
「俺は要らない。腹は空いてない」
「じゃあ、ここに置いとくからお腹が空いたら食べてね」
子供の瞳は輝いている。何も知らぬ故に。何も解らぬ故に。
大の大人はみんな死んだ顔で墓場を掘って、瓦礫を漁る。この村はもうすぐ死んでしまうだろう。
あの少年も傷だらけで笑っていた。無邪気に。それにしても両親は無事なのだろうか。
「今度は僕が勇者ねー!」
更地で騒ぐ子供たちを周囲は咎めない。ただ、彼等にはいつもと変わらぬように無垢なままで過ごさせたいという親心だろうか。
なんとなく置いてあるパンに手を伸ばす。
齧るとほのかに甘く、麦臭い。そしてなにより、硬すぎる。それでも、唾液でほんの少しずつ解して喉に通す。
「おい」
掠れた声が横から劈く。
「食ったんならその分働きな」
口にしなければよかった。
身体は未だに重い。腹の傷もまだ完全に癒えていない。されど、ゆっくりと立ち上がり、人の多い場所へ向かう。背中からの視線はやはり不快だ。
そこに異物がいるのに彼等は一向に口を開かない。黙って、瓦礫を退かしては運んで を繰り返す。己もまた、その歯車の1つとなって動き続ける。
陽が傾きかけてようやく彼等は簡素で大きな建物に入っていった。
─天に御座します我等が神よ
次々に唱される題目。姿形も知らぬ何かに祈りを捧げ、救いを請い願う。蹂躙された彼等にはただそれだけが唯一の希望。そして、護身。
到底、子守歌にはならない。 が、視界が暗ければ幾分か眠気も早い。目を閉じれば即ちだった。
--.-...
「おはよう!」
どうしてかこの少年は俺に話しかけてくる。
「はい、これ!今日の分!」
手渡してくるのは硬いパンと干した肉。
「お兄さんは旅人?」
「......」
「何でここに来たの?」
「.........」
「この前ね、すごい地震が起こったんだ。それでね、村がすごく揺れて、家とか、色んなものが壊れちゃって、今すごく大変なんだ」
黙っていれば興味を失くすかと思ったがとんだ見当違いだったようだ。
「食べ物とかも無くなっちゃったから、今は近くの領主さんたちから分けて貰ってるんだって」
食事からしておそらく備蓄している非常食。それでも、わけ与えているだけで誉められたものだ。ケチな領主であれば見殺しにしているだろうに。
「僕もいっぱい無くなっちゃった。家に、畑に、友達。 それと、お母さんとお父さん、お兄ちゃん、妹のリーリ、犬のポロン。みんな、居なくなっちゃった」
「もう喋るな。俺に構うな」
なぜ、俺にそれを言う? 俺に頼るな。頼るべくは同じ村に住む大人たちだろ? ほら、とっとと早くあそこの子供たちと遊びにいけ。
「ねぇ、寂しいよ。 お兄ちゃん」
決して眼を合わせるな。合わせば一度に吸い込まれるぞ。孤独と孤独は惹かれ合うが故にその深度は闇だ。今までもそうだったろう?
「悪いが、俺がお前にしてやれることはひとつも無い」
「............」
俺に家族を重ねるな。俺はお前を背負えるほどの義理も覚悟もない。
「お兄さんも、結局あの人たちと同じなんだね」
その声は凍獄の風よりも冷たく、鈍い。反射的に映された像は、力なく笑う顔。その瞳は右手の指輪。あ
「う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
君も死ぬ。俺が殺す。なら、いっそこの手で?
「ど、どうしたの?」
「また殺す。俺が、死なす。 死んで欲しくないから、死ぬ」
「何言ってるの?」
「いや、まだ間に合う。ここに居なければいい。ここから去って、消えてしまえば、この子はまだ助かるはずだ」
「お兄さん!!」
「あ」
身体を大きく揺さぶられる。混沌とした思考は一気に少年へと統一された。
「大丈夫?」
「すまない」
取り乱してしまったと自覚したのは爪に詰まったモノを感じてからだった。
「あそこで戯れている奴らは友達じゃないのか?」
生温い風が カサカサ と地を跳ねる。
「うん。 仲良くなれなかった」
「そうか」
射す陽が強い。こちらの影がまた濃くなって、目に悪くなる。
「ここから離れたいと思ったことは?」
「今もそう思ってるよ」
「外に出たら衣食住の権利なんてないぞ」
「お兄さんの言ってること、難しいや」
「今着てる服も、配られている食べ物も、
住んでいる場所も、全て自分で手に入れないといけないってことだ」
「それくらい平気さ」
「女神の祈りも無いから、弱ければ怪物たちにすぐ喰われるだろうな」
「女神さまなんてあてにならないよ。 毎日お祈りしてたのに、僕の大切なモノ全部無くなっちゃった。救いなんて嘘っぱちだ」
「あぁ、そうだな。その通りだ」
遠くでまた抜け殻の住人たちが作業を始めだした。
「どっちが楽なんだろうな」
「何が?」
「ずっとここにいるか、外に出るか」
「外の方がずっとマシじゃない?」
「でも、ここでずっと暮らせばそれなりに生きられるかもしれない」
「なんていうか、夢が無いね」
「そんなもんさ、現実なんて」
「それよりさ。お兄さん、旅人でしょ? 一緒に旅に連れてってよ」
食い入るように腰元の剣を見つめる少年。その瞳は希望に輝いている。
「どうだかな。 もしかしたら、ここに定住するかもしれん」
干し肉を1口齧り、立ち上がる。
「冗談でしょ?」
「いいや、存外本気さ」
俺は少年の方を振り返らずに、砂埃の酷い解体場にフラフラと向かっていった。
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