17' 天魔糾弾
草木も寝静まった頃、四肢を音を立てずに動かす。隣のベッドではエーファが細い寝息を立てていた。起こさぬように這うようにして階を降る。
《さようなら》
近くにあった紙に殴り書き、玄関ではなく窓から家を出た。なんとなく、正面から出ることに抵抗があったから。
歩くと少し腹に響く。だが問題は無い。もう少し過ごしていたいという未練をかき消す様に呆けて空を見る。
「また、逃げるのか」
聞いたことの無い低い声が背後を刺す。
「話せたのか、人の言葉を」
振り返ると言葉の主はあろう事かゴドーだった。高木から見下ろすその姿はやはり神々しい。
「それくらい容易だ。我が
「なら、なぜ今になって俺に?」
「貴様のような愚か者には言の葉にして伝えねば伝わらぬようだからな」
「俺は俺なりに最善の道を選んでいる」
「己のためのか?」
「お前は何も知らないからそう言えるんだ」
「主は手を差し伸べた。だが、貴様は駄々を捏ねてそれを振り払っているだけに過ぎん」
「その慈悲は不幸を齎す。だからこそ、俺は振り払わなければならない。俺だって彼女との生活を夢見ていた。でも、それで死んでしまったら意味ないじゃないか」
「主は覚悟を決めている。貴様がそうさせたのだ。全てを吐露し、曝け出した貴様をそれでも主は受け入れたのだ」
「覚悟? 違う。 それは単なる陶酔感による錯誤だ。たとえ、本心だとしても死ぬる為の覚悟なんてあまりに憐れすぎる。それで主が死ねば本望か? 随分と立派な
「何処までも自分本位なのだな。 主とって貴様がどれほど大きい存在かも考えたことは無いのか?」
「それは他人自体が希少であるからに過ぎなない。時が経ち、いずれ新たな出会いがあれば俺など霞に消える」
「あの卓抜した茶を飲み、大切に保管されていた時計を見てもそう言えるのか!」
「だからこそ、だ。情に訴えたところでこのままでは誰も幸せにならない。一時の幸で覆水の不幸か、一時の不幸で救命の幸か。目の前の感情に囚われすぎだ、ゴドー」
「盲目なのは貴様の方だ! 弁を立てては自己擁護に熱を入れ、結局あの子のことは何一つ考えやしない!100歩譲って去ることは認めよう。だが、紙切れ1つで伝わるとでも? なぜ、面を合わせて別れを告げぬ?主が請えば決心が揺らぐのからか!? 何も背負えぬ覚悟で何処へ往くのだ!?」
「お前が知る必要はない。何にせよ、俺にはどうすることもできない。俺にはもう何もなければ、必要もない」
「ここまでの結として、要するに貴様は主の死に目を見たくないだけだろう。貴様が導かれてここへ来たのであれば、もはや必然だろうに。抗う意思すらもみせずにただ目を背けるだけの愚図。どうして、主は貴様なんかと出会ってしまったのか」
「なら、今ここで喰い殺せ。そうすれば、丸く収まる。お前は雄弁に俺を貶すが一向に羽根を拡げない。答えは既に出ているのに。どうして誰も俺を殺さない?」
「内心どうせ殺されぬと思っているのだろう? 殺せ殺せと喚くわりには舌すら噛みきれぬその貧弱さよ。そうだ、貴様のような者は現世で業を贖うべきだ。貴様はもはや死者よりもきたなく、いやしい存在だ。意志を持たず彷徨う抜け殻にしか見えん」
クラクラする。濡れた毛皮がパチパチと解れて白む。捨てたはずの雪月花。くい込んで、喰って。そうだ、俺はまだ君達に─。
「その屍肉に、また兎が群がる」
グラスを掲げて チン と鳴らした。
「お前は咎人だ! 決して赦されると思うな! 如何なる神もお前を逃がしはしない!」
今まさに神託は降りた。高らかに歌い上げるは歌姫の顔をした真っ青な人形。ニセモノのくせに! カエセッッ!カエセ返セ返せッッッッ!
「このクズめ!! お前はこの世に存在してはならぬのだ! 生まれたことこそ、業であり、その報いを永久の苦しみをもって償え!!」
薬指が軋む。そうだ、お前は殺した。また、殺すぞ。その罪から目を背けるな。私の血を見ろ。凍てついた顔を。逃げたとて、何処までも。
忘 れ な い で
「また一段と刻む針の音が大きい。来たる礼服の貴人、片眼鏡を擦り、剞む剞む剞む」
案内人は振り返らない。何も言わず、ただ落ちていくだけ。
「あは、あはははははひひひひひひひふふへひふほへへへふほろほへへはほほ!!!!」
「グェ?」
穴に落ちて、沸き立つ前頭葉。齧るは紅き ね と み 。くるくるくるくるくる。
もっとならせもっとならせもっとならせ
最高だ。
逃れられやしないよ。
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