16' 語らえばこそ

朝食の片付けを終えるとエーファは俺の前に椅子を引いて座った。


「毎日音楽ばかりではつまらないでしょうから。何かお話でも語らいたいと思います」


「そうか。それは是非とも」


「本当は私が話したい、吐き出したいだけなんですけどね」


悪戯げに舌を出す彼女は本当に正直者だ。どうして、どうしてこんなにも健気に......。


「つまらなければ適当に聞き流して貰えればと思います。ただ、本当にこうして会話をすることが出来るのが嬉しくて」


いいんだよ。卑下しなくても。君は君で。何者の意思も阻みやしない。


「前にも話したように私は魔族の王である魔王の娘です。今はこんな僻地に居るけれど、当時はそれはそれは大きなお城に住んでいました」


語る彼女の目には憂いも悲しみもない。童に読み聞かせるかのように優しく慈しい。


「産まれた私は三女で末っ子でした。ですから姉が2人と、さらに兄が3人いました。皆、私を除いて父の血を強く継いでいました。腹違いという訳でもありませんし、単に私だけが親の血を受け継げなかっただけだと思います。だから、彼らは私を蔑み、嗤い、弄んだのでしょう。ゴドーがいなければ、私は今頃」


「君とゴドーが出会った時の話を聞いてみたい」


不意に言葉が漏れた。それは避けたかったからなのかもしれない。これ以上は互いに再び。


「─あぁ、そうですね。私たち魔王の子は生まれた時にその御守りとして幻魔獣の卵を授かります。そこから産まれたのがゴドー。私のかけがえのない家族。彼はいつも私に寄り添い、護ってくれました」


胸に手を重ね、謝辞に尽くすその姿はまるで─。


「だから、私はあの子に何かしてあげたい。彼はいつも傍に居てくれるだけいいと言ってくれるのですがそれだけでは私の気が落ち着かないのです」


「君はもう充分にしてあげられてるんじゃないか?」


「何をですか? 彼は全部自身で済ませています。食事も自身の手入れも。私ができないから。私はただ、あの子に話しかけて頭を撫でてあげることしかできないのです」


「それでいいんだ。それさえあれば、何もいらない。失えば二度と手に入らない。なのに俺は失わなければ気づけなかった」


「フリエラ......」


「その想いはゴドーに届いてる。だからこそ、君に傷ついて欲しくない。昨日の俺に対する行動だってそうだろう? 君こそがゴドーにとっての望みだ」


「それでも、私のエゴは顔を出しては囁いてくるのです。 お前は─「君は俺の救いでもある」


「え?」


「君がいなければ俺は死んでいた。それに君は何の利己心を持たずに俺と関わろうとしてくれている。それだけで、君は尊く、清い。とても、とても俺なんかが触れてもいい者なんかではないのに。それでも穢れてしまった俺を見捨てずに世話をしてくれている。そう、だから、これ以上自分を卑下するな。君は立派だ。それだけは誰にも否定させはしない」


彼女は言葉を発さない。ただ、目を潤ませて見つめてくる。


「今度は俺の話をしようか。きっと、耳をつぐみたくなる。その時はバラバラにしてゴミ袋に包んでもらえればいい」


彼女は黙って頷いた。俺は大きく息を吸って


「俺は道化だ」


俺はいつからこんなことになってしまったのだろうか。幸せの思い出は一向に顔を見せず、後悔と慙愧だけが脳裏に描き出される。


父と母は同じ片田舎に生まれ、そのまま結婚した。父は大工を生業として村の建築に携わった。母は抜けた性格で慣れた家事でも時折、大きな失敗をしてしまうような人だった。そんな母だからこそ、傍に居てやらなければならないと父は豪快に笑っていた。


俺はそんな2人から生まれてきた。小さい頃は、近くの雑木林で幼なじみと遊んでいた。無邪気に枝を振るい、歩くだけで冒険だった。


ある日、近くの森へ探検しようと幼児2人で赴いた。それが間違いだった。結果、俺は狼に襲われて大怪我を負った。幼なじみは泣きながら俺を村へと引きずり駆け込んだ。


その時、親は決して俺に暴力を振るわなかった。怒りと不安と安堵をごちゃ混ぜにしながら強く抱きしめてきただけだった。その時の俺は何にも気づかずに、ただ、幼なじみを泣かせてしまったことだけに気を取られて、不相応な誓いを打ち立ててしまったんだ。


それから、村1番の手練である傭兵上がりの大男に弟子入りして、鍛えていった。


その時が1番幸せな時期だったと思う。


それから、ある男が村によるまでは俺の日々は平穏に包まれていた。


2年前、村の祭りの前日にゴブリンたちが村を襲ってきた。数10匹は俺と師匠と幼なじみで仕留められたが、それでも数が多くかなり戦いは長引いた。


その時に、その男はやって来た。彼は一晩で群れを屠った。村は大喜びで、彼を賓客としてもてなした。翌日、彼女は彼と旅に出るから着いてこいと俺の腕を引っ張った。


支度をするからと自宅へ戻ると父はもの凄い剣幕で俺を問い詰めた。


「旅に出るのか!?」「止めろ!お前らじゃ死ぬだけだ!」「お前はここで俺の後を継げばいい!!」


父は必死だった。母も俺の腕に縋り着いた。当時の俺はそれが非常に腹立たしく、煩わしくて─。それでも、死んでしまうとは思わなんだ。


現実を目の当たりにするのにそう時間はかからなかった。知ってからも、その温情に惨めにも縋り付いていた。それも、ついには振り落とされてしまった。


そうして、俺は逃げた。逃げて逃げて。関わることが怖かった。また、失うかもしれないから。また、無常に頭を掻き毟ってしまうから。だから、あの時も君から逃げたんだ。


それを、兎は許してくれなかった。だから、彼女たちは死んだ。俺に報いを与えるために。俺のせいで、死ぬんだ。


それでも、俺は何もしなかった。それに報いることも、向き合うことも。分かっているのに。


そこに兎の足跡があるだろ。それは、俺の罪の軌跡だ。だから、君にそれが降りかかる前に、俺は去らなければならない。


「分かったろ? 俺がどんなに醜くて愚かなのか」


「ええ。だから、なんだっていうんですか? 貴方は私にあれだけ甘言を吐いておいて、自分のことについては自嘲して、馬鹿みたいです。さっきのやつ説得力ないですよ、本当に」


「俺は─「私、ゴドー以外から初めてお礼を言ってもらったんです、ありがとうって。お茶を振舞ったのも初めてだった。演奏だって、あんなに楽しく奏でたことはありませんでした。それに、贈り物だって初めて貰ったんです」


エーファは胸元から円い何かを取り出した。


「この家には時を示す物なんてなかったので、何だか新鮮な気持ちになりました。それにこの刻む音が何だか心地よくて落ち着きます。今は4を指しているので4時ということでしょうか? あ、ええっと、つまりこれは私の宝物なんです」


中には、あの懐中時計が入っていた。少しだけ褪せているがその輝きは未だ健在。


「失ったものばかり数えたら、いつかの幸せも見えなくなってしまいます。だから、もし、貴方がその沼に沈んでしまっているのなら、私が引き揚げますから」


そっと重ねられたその手の温もりは


生涯、忘れることは無い。


だから


さよならだ。


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