13' ようこそ!

靄が消えると街へ出た。いつしかの人ごみに涎を滴らせ、匂いには慣れていた。吐き気はない。


ここに俺は居ないし、俺しか居ない。


木偶の行進。訳もわからぬことをクチャりと鳴らしている。解らん。判らん。


耳障りなアコースティック。惹かれるように入る店は廃屋。喫茶を嗜む淑女の墓場。手向けの華はアカシア。


「ちょいと兄さん」


ようやく解する言葉が投げかけられた。


「金は無くともこれから始まる催しを一目ご覧」


唐突に現れたサーカステント。ギラギラと辺りを威嚇しては呑み込む。


「いいや、結構」


「よし来た、ほうら開幕だ」


カーテンコールから始まる喜劇。


人ならざるもの達の惨劇。


拷問。強姦。殺戮。


ここは地獄で楽園。


血のプールに浮かぶ目はクラム。


カアイソウに。


「どうです? 最高でしょう?」


「とんだ享楽だ」


「ええ、ええ。かれもこれも、大義名分。私たちは正しい。だからこそ、正義嗜好から得る快楽は最大の娯楽快感といえるでしょう」


「神の御命か」


「もうもう。かの女神と勇者には限りない感謝を。さあ、貴方も1杯」


傾けられたグラスはあおよりあかく、あかよりあおい。


「生憎」


「そうですか。では、私が」


ぐい と飲み込んだ男はいつしか礼服に燕尾。


「この後は市場でもお廻リ下さい」


照明が強い部屋。檻は無数に。屋内は外観よりも広く、また深い。


「獣人は勿論、耳長妖精に竜亜人、果ては魔族。選り取りでございます」


「多いな」


「ええ。本日だけでも100はくだらないでしょうね。それでは私はこれにて。また何かあれば 案 とお呼びください」


気配が消えた。おそらく、彼もまた人ではない。ビジネスに種族など関係ないのだ。異種族であれ、同族であれ。


「出して!誰か!助けて!お願い!」


グアシャン と錠前が揺れ、中にいる売物たちは懇願を撒き散らす。


周りは汚いのに身体だけ不自然に小綺麗で不快だ。


それでも足と眼は留まることを知らない。一刻も早く、この場所から離れたかった。出口を求めて彷徨う姿は宛ら常連の成金。周囲の目は冷たい。


「案」


その一心で彼の名を呼ぶ。


「はい、ここに。どうされましたか?」


「出口は何処だ?気分が悪い」


「それはそれは。では暖かい衣服をどうぞ。ええ、極上の毛皮です。では最後にオーナーから本日のおすすめを1つ」


手は引かれ、足が弾む。さらに奥深くと。


「獣人の中でも一際珍しい種でございます」


ガラス張りに囲まれた部屋。内装もその姿も美しく飾られていた。宝石店のショーケースよりも眩しい。


「〜〜!!!」


違うはずだ。彼女は俺に吠えているわけではない。来た者全てに敵意と憎悪をぶつけているだけで。そう、そうだ。似ている。似ているだけ。空似だ。似たような種族なだけで。


「彼女の種族はローマンティス族。凍獄と呼ばれるロッケルに根城を置く少数の人狼でございます。御覧の通り、美しい毛並みとその凍るような瞳。そして、性においても食においても極上の身体。それが先日、運良く捕える事が出来たのです」


そんな目で俺を見つめるな。俺は、関係ない。俺のせいじゃないだろ。俺たちは偶然、出会っただけだ。


「いやはや、本当に運が良かった。警戒心が高い彼等が偶、魔跡ロジクルなど残していたのですから」


迫り上がる吐き気に耐えられない。胃液が食道をのたうち回り、咥内で破裂する。


「おやおや、本当に体調が優れないようですね。失敬、貴方はオーナーより賓客と賜りましたから丁重に饗さないといけませんのに」


「俺は、何も知らない!!!」


「ええ、もう、貴方が第一人者ですよ。何にせよ、貴方には我等一同感謝感激でございます。おかげでとても良い物が手に入りました」


「ち゛か゛う゛!」


「いいえ、そんなはずはありません。確かに魔跡はこのペンダントから発せられたものですから。ええ、もちろん貴方の。おかげで吹雪く荒山での探索は格段に捗ったと仰せつかっております」


どうしてだ? どうしてそうなる? 俺はただ礼をしたくて。なのに、どうして悪魔がそれを踏み躙る? 外道め!


「どうです? 気分は落ち着きましたか? ほら、ローマンティスの毛皮は肌触りが良いでしょう? 毛並が悪い雄ですらこの感触なのですから、雌ならば如何程なのでしょうね」


肌が剥離片立つ。チクチク という優しい痛みは徐々に肌を食い破り、血管へと至る。


「ジャック..........」

 

「そう! まさにjacketとでもいいましょうか? えぇ、聴こえないでしょう。貴方が解する言葉ではありませんから」


「いい加減にその喧しい口を閉じろ」


その頸は容易に締め上げられ、頚椎は野に咲く花が摘まれるが如く。


「あぁ、なんていい顔。やはり人はこうでなくては。自責を悪に背負わせて怒り、嬲り、殺す。ええ、貴方も立派な楽園ここの住人だ」


カクン と項垂れる 案 は決してもう動くことは無い。だからと言って、彼が戻るわけでもなく、騒ぎが大きくなることも無い。


静寂が耳で軋む折に、箱庭に目をやると彼女は俺を見つめていた。


「...──」


聞こえない


ああ、でも


君もそんな顔をするんだな

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