7' 凍えるかぜに

猛る吹雪は、まるで皮膚を削り取るようで、しかし、痛みは感じることなく、足元はギュッと鳴る。


ある程度の積雪を見つければ壁を作り、屋根を作り、かまくらよろしくの風除けを建てる。


「ガチガチガチガチ」


身体は必死に熱を生産しようと痙攣を止めない。今まで凍死しなかった事が不思議で仕方ない。何処を見渡しても1面は白景色。純白の大地はようやく求めていた独を満たしてくれそうだが、逆に生命も尽きそうだ。


いつからこんな真冬の嵐に巻き込まれたのか。洞窟を出て、北へと向かえば突然と緑たちは吹き飛ばされてしまった。


覚束なく、嵐が止むのを待つしかない。意識はまばらと飛びそうになるが腕を抓って覚醒を促す。ここで眠ればおそらく二度とはさめまいだろうから。


「人間の臭い?」


辣とした声。独特の息遣い。姿こそ見えねど獣人だろうと予想ができる。いつからこんなにも近くにいたのだろうか。


「おい」


いつの間にか顔を伏せていたようだ。顔を上げれば視界がぼやける。頬が熱い。


「息はあるな。しっかりしろ、ここで寝たら死ぬぞ」


無理を言わないで欲しい。俺には大層な毛皮も無ければ布2つの軽装だ。よく今まで生きてこれたと褒めて欲しいくらいの─


「おい、おい! ちっ、あまり気は進まないが......」


獣人はため息を漏らし、人間を担ぐ。向かうは灯りが絶えぬほら穴であった。


「どうして人間なんか連れてきたんだ!!」


その怒声は俺の目を覚まさせるのには十分だった。


「イーディス。それでは見殺しにしろとでも言うのか」


「ああ! 人間なんか殺した方がいいだろう!」


面倒だ。これほど修羅場という言葉が似合う状況はないだろう。揉め事になるなら助けなければよかったのに。


獣人は被差別民族だ。魔王がこの世に現れる前から人間の間では忌み嫌われていた。理由? 女神にでも聞いたらどうだ? 聖典に穢れし者と記されているのだから彼女が決めたことだろう?


とにかく、人間社会に属している獣人は主に奴隷か傭兵ぐらいでまともに生活してるやつなんて1人もいない。


「ん? 目覚めたか」


「 とにかく、私は認めないからな!」


肩を揺らしながら1人は奥へと消えていった。


「人間、具合はどうだ? どこか悪い所はないか?」


「おかげさまで」


凛とした耳に高い鼻。狼の獣人であることは一目で分かる。


「俺の名はジャック。見ての通り、人狼だ。さっきのはイーディス。俺の妹だ」


「助けてくれて礼を言うよ。長居するのも悪いし、すぐに出ていく」


俺の言葉にジャックは眉を顰めた。


「この季節に人間が來疼岳ロッケルを下るなんて自殺行為だ。君が何の目的でここへ来たのかは知らないが、おちおち見過ごすわけにはいかない」


お人好し。 最も出会いたくない人種。 俺は独りでいたいのに。その輝きは俺にはとても。


「でも、お前の妹は俺がここに居ることを良しとはしないだろ。はっきり言って争いの種になるのはゴメンだ。気持ちだけでも受け取っておく」


今すぐにでも出ていきたい。だが、凍りついた身体は俺の意思を全く汲み取ろうとしない。どれだけ叩いて鼓舞しても、足は立つことすら拒否する。


「なら、せめて全快して装備を整えてから出発してくれ。そんな死に体で出ていくことは良心が許さん。妹の事は案ずるな。あいつは俺よりも心優しい子だ。きっと、分かってくれるさ」


清貧。この一言に尽きる。この薄暗いほら穴でどうしてこんなに前向きに生きられるのだろうか。


俺は黙って寝転がることしかできなかった。





パチパチ と焚火の弾ける音で自身が寝ていたのだと気づく。身体を起こすと、2人が寝袋に包まりながら眠っていた。外の景色は未だに吹雪、朝か夜かも分からない。


もう少し暖まりたいと思ったので身体を火に近づけると、女の獣人が目を見開いて、その眼光が己を射抜いた。


「なにをするつもりだ、人間」


「ぁ、いや、暖まろうと思って」


その憎悪に恐怖したと断言する。恥という感情はない。俺の口から言葉が出たのは奇跡と言っていい。


「図々しいな。まともな装備も持たずにこの山に来たということは、お前死にに来ただろ?なんで生き永らえようとしてんだ?とっとと死ね」


「ち、違う。俺はまだいきようと思ってて」


「生きようと思ってる?怖くなっただけだろ。死 ぬ の が」


喉につっかえて言葉が出ない。それはぐうの音もでないからではない。俺は確かにいきようと─


「いいかげんにしろ、イーディス」


その怒気は先ほど憎悪よりももっと鋭く、深いものだった。周囲の空気は一気に重みを増して、肩が痛い。


「すまないな、人間。どうか妹を許してくれ。ただの八つ当たりだ。別に君が憎いからあんなこと言っているわけではないんだ」


別に知りたいわけでもないのに、勝手に事情が脳裏に箔付けされる。それは憶測ではあるのだが、決して遠いものでもない。


よくあること。


部外者の俺からしたらその一言で片がついてしまうのだろう。そうだ、彼らが今までどんな仕打ちを受けてきたかなんて俺には本当に関係のない話。薄っぺらい同情も上辺だけの労いも、俺にはそんな気すら掛けようと思わない。


「構わない。慣れてるよ」


それにこんな罵詈雑言は茶飯事だった。今更、深く傷つくわけもない。それに、全て誤りというわけでもないから。



2人が再び寝静まってから、静かに立ち上がる。礼はしたいが、今の俺には何もない。



─そうだ。


いつも腰に忍ばせていたペンダント。


小汚いが少し磨けば見栄えはよくなる。それに1部分ではあるが、高価な彩煌石が使われている。売れば、そこそこに金になるはず。


俺にはもう無用の長物だ。


「ありがとう」


と言ってしまうと耳のいい獣人を起こしてしまうので心の中で頭を下げる。


この兄妹の幸を願い、俺はほら穴を後にした。




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