第23話 ライタスフォートの鼎談 ④

 エイダンは昼食をとっていた。


 早々と自由の身になれた訳ではない。彼は現在、石造りの牢の中にいる。出入り口には頑丈そうな鉄格子がはめられ、魔術避けの加護石も取りつけられている。


 とはいえ、牢には寝心地の良いベッドもあったし、食事も出た。多分兵士用の糧食レーションの残り物か何かなのだろうが、正直、自分で作る食事よりいくらか美味い。

 ここに来るまでの間に、護送馬車の中で、こめかみの怪我の手当ても受けた。


「軍に捕まったら、水責めの挙げ句火炙りとかになるんかと思うとったけど……そんなこたないんじゃね」

「そいつは大衆小説誌ストーリーペーパーの読み過ぎだ」


 苦笑と共にそう声をかけたのは、丁度様子を見に来たらしいオースティンだった。


「今や法治の時代だぞ。秩序と文明を」


 と言って、オースティンは両手を組み、鼻の頭に近づける。ユザ教の祈りの仕草だ。


 近年、ユザ教の指導者らの介入もあり、軍事や治安維持に関する、諸々の法律が整備された。正規軍はかつての時代と比べて、見違える程規律正しい集団になったと言われている。

 尤も、今回エイダンに『同行』を求め、外から鍵のかかる牢内に閉じ込めたのは、その『秩序と文明』の体現者のような男――光の魔術士、サングスターであるのだが。


「ごちそうさんです。……あのう、ここに入れられてから、まだ寝て起きて飯食うくらいしかしとらんのだけど、この後どうなるんでしょうか?」


 空にした食器を鉄格子の差し入れ口から押し出して、エイダンはオースティンに訊ねる。


「すまない、君を放置してしまったな。この砦の結界装置を作動させるのは、久しぶりでね。奴を閉じ込めるのに、すっかり人員と時間を取られてしまった」


 オースティンがエイダンから見て左手、牢の並ぶ廊下の奥へと視線を向ける。

 エイダンは鉄格子の隙間に額を捩じ込むようにして、強引に廊下の奥へと目を凝らした。


 廊下の突き当たりにも、鉄格子がある。かなり広く、しかし厳重な石牢が設けられている様子で、格子と加護石には強力な結界魔術が宿っているのか、青白く発光している。


「フーンだヨ。こんな不粋な結界に入れられるなんて、災難ネ」


 牢の内で、寝台に脚を組んで腰掛け、愚痴を零しているのは、青みがかった長い髪に、絢爛な民族衣装の少女。人の姿に戻ったコチである。


「コチさん! 大丈夫なん?」

「エイダンくん? ワタシは全然元気だヨー?」


 コチがエイダンの牢に向けて、陽気に手を振った。

 サングスターによって、コチが光輝く三角錐の檻に閉じ込められ、しかもその檻が縮小されてしまった時には、何をされたのかと大いに焦ったが、今見た所では、どこにも傷など負ってはいないようだ。狼の姿に変身した名残もなく、衣服も身につけている。


「結界に、粋も不粋もあるか」


 と、オースティンは呆れる。

 するとコチが脚を組み換え、鼻先で彼を笑ってみせた。


「アラ! しっかりあるヨ。この結界装置は、チットモこの土地の精霊や、ここで眠る人達の魂に、敬意を払ってないネ。ほとんど人間の技術と理論だけで、力任せに練り上げた結界ネ」


 そんな魔術はいきではない、とコチは主張するのである。


「ちゃんと土地の精霊に合わせて、歌って踊って、称えてあげなきゃネ。特に風の精霊は、こういうの嫌いヨ? この結界装置、ベースは水属性みたいだけどネ」


 スミスベルスでも、彼女は似たような事を言っていた、とエイダンは思い出す。


「レイディロウ城にも、浄化の結界装置があったんよな。壊れてたけど」

「あの、巨大な加護石が設置されていたという古城か?」

「お父様の造った浄化装置! 芸術的よネ」


 エイダンの発言に、オースティンとコチがそれぞれ反応を見せた。


「オースティン大尉も、レイディロウの事知っとるんです?」


 そのエイダンの質問に答えたのは、オースティンとは異なる声だった。


「君達が提出した、レイディロウの調査報告書と、巨大な加護石。あれがそもそも、今回の作戦の切っ掛けになったのだからな」


 廊下の逆方向へ顔を向けると、石の階段を、サングスターが静かな足取りで降りてくる。

 その後ろに付き従う形で現れた、ホワイトリー少佐の小脇に、苔の塊のような小動物が抱えられているのを見て、エイダンは驚きに目を瞬かせた。


「あ、あれ? ……モヌポルさん!?」

「エイダン・フォーリー、君の知り合いか? ノームのようだが」


 ホワイトリーが、じろりとエイダンを睨んだ。


「厨房で、野菜を大量に盗み食いしている所を、今し方捕まえた」

「ええ……何をやっとるんですか、奥さんと娘さんもいる人が」

「単に、空腹だったのだろう。自分の棲まう森から遠く離れると、ノームは極端に弱って飢餓状態になる」


 呆れ返るエイダンの前で、しょんぼりと髭を垂らしていたモヌポルが顔を上げる。


「お? オメー、風呂の治癒術士の小僧じゃねーか……! 何やらかして捕まってんだ?」

「俺は何もしとらんし! 盗み食いで捕まった人に言われとうないし!」


 言い合うモヌポルとエイダンを、何事か悩むような表情で見つめていたコチが、「あ!」と、突如叫んだ。


「アナタ、レイディロウへの道を教えてくれた親切なノームさんネ? その節はお世話になったヨ!」

「あん? ――てっ、テメーッ、あの時の魔術士! レイジングゴーレムの卵をくれた……!」


 じたばたと、モヌポルは短い手足を動かす。


「あのレイジングゴーレム、テメーは玩具だとか言ってたが、とんでもなかったぞ! まあ大部分、オレのせいでとんでもない事になったんだがな! ごめんな小僧!」

「いや……大方は、密猟者が悪いと思うけん……」


 急にストレートな謝罪を寄越されたので、エイダンはとりあえず首を振った。


「やはり。このノームがレイジングゴーレムを受け取った者か」


 ホワイトリーが納得顔で頷く。


「規定により、妖精相手では聴取すらままならないからな。そちらから侵入してくれて、確認の手間が省けた。……今後、法規の緩和を検討する必要があるかもしれません。閣下」

「それはおいおいと考えよう。どうあれ、我々は魔杖将の娘……コヨイ・サビナンドを、問題なく確保した。今はそれが重要だ」


 レイディロウ城の調査に、ノムズルーツのゴーレム騒動。エイダン達の立ち会った事件は、かなり詳細に、正規軍に把握されていたようだ。

 エイダンやシェーナが、いちいち面倒な報告書を書いて、ギルドと役場に提出していたのだから、当然と言えば当然と言える。


 恐らく一連の報告から、正規軍はコチの動きを察知し、こうして彼女を捕らえにかかったのだ。


「報告書とかって、無駄なものかと思うとったけど、ちゃんと読まれとるんじゃね」


 ついしみじみと、エイダンは呟く。しかしそのせいでコチも自分も、今捕まっている訳で、もっと不真面目に書いておくべきだったかもしれない。


「君の報告書は、なかなか興味深かったぞ」


 サングスターがそう言って、ホワイトリーから数枚の書類を受け取る。


「最初に、レイジングゴーレムの使用した魔術が、ヴァンス・ダラのみ扱えるはずの『闇属性』ではないかと発言したのは、君だそうだな、エイダン・フォーリー。……アンバーセット冒険者ギルド所属の治癒術士、イニシュカ村出身。なんと、我がサングスター魔術学校を中途退学しているとか」

「はっ……はい、そうです学長……閣下」


 シルヴァミスト唯一の、光の魔術士に言葉をかけられ、エイダンは思わず、ピンと背筋を伸ばした。緊張して妙な呼び方をしてしまったな、と胸中で反省する。『学長閣下』はないだろう。


「俺、そんな調べ上げられとったん……?」


 こそりと零すと、オースティンが小声で応じてくれた。


「レイディロウ城で、魔杖将が製造に関わったと見られる加護石が発見された時、その発見者として君の名前が、報告書に記載されていた。レイジングゴーレムについての報告書にもな。更には、スミスベルスにコヨイ・サビナンドが現れた時も、同じ場所に。それで、魔杖将との関与を疑われていたんだよ。結果は全くのシロだったが」


「魔杖将との、関与?」


 とんでもない疑いもあったものだと、エイダンは口をあんぐり開けた。


「んーな、しゃきらもなぁ」


「ああ、君はただの初級冒険者、兼風呂屋だ。そう結論は出ている。この件に連続して関わってしまったのは、不幸な偶然ということで、じきに故郷に戻れる」

「そう、君にとっては、不幸な偶然が重なったな」


 サングスターが一歩、牢の前に進み出た。


「とはいえ、フォーリー。君に対してコヨイ・サビナンドは興味を示している。友情も成立しているらしい……。私としては是非、君に協力して貰いたい」

「協力?」


 とエイダンは、その単語を問い返す。

 現在こちらが監禁されている以上、協力と呼ぶにはもう少し、力関係に差のある状態にしかならないのではないか。


「不毛な戦争を終わらせるために。魔杖将ヴァンス・ダラとの交渉に、コヨイ・サビナンドを使うのだ。……その、仲介役を担ってはみないか?」

「何を勝手な話、進めてるのヨッ」


 コチが尖った声を上げた。


「友達を利用するなんて、許さないからネ! ワタシ、勘弁出来ないくらい怒ったヨ!」

「コヨイ・サビナンド。君個人の感情など、この大いなる事態に関係してはいない。我々はこれより、北方戦線のどこかに潜むヴァンス・ダラへの、打診を試み――」


 サングスターの口上は、突如として途切れた。

 彼らの立っている床が、否、石造りの堅牢な建物全体が、不気味な音を立てて揺れたのだ。

 天井からぱらぱらと、土埃と石材の破片が落ちてくる。


「何事だ?」


 サングスターが鋭くホワイトリーに問う。

 ホワイトリーは眼鏡の位置を直し、「確認致します」と、階段を上りかけた。


 そこに、慌ただしい足音が近づいてきて、煤にまみれた一人の兵士が現れた。


「も、申し上げます! 敵の襲撃です!」

「敵? 魔物か? しかし、結界は三重に張ったはず。軍勢はどの程度だ」


 勢い込んで、ホワイトリーが兵士を糺す。兵士はしかし、怯えたようにかぶりを振った。


「一人ですッ! 襲撃者は、黒衣の男、ただ一人……!」


 その場の全員が、彼の言葉の意味を理解するより早く、次の衝撃が建物を襲った。

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