第25話 ライタスフォートの鼎談 ⑥
話は、少し前にさかのぼる。
アンバーセットを発ち、馬を急がせたシェーナ達は、かつての軍の拠点、ライタスフォートへと到着していた。
古びた物々しい石造りの砦の前には、数台、鉄製の護送馬車が並んでいる。厩舎には馬もいて、その世話人が働いていた。見張りと思われる軍人の姿も、ちらほら見える。
どう見ても、放棄された無人の砦ではない。
「結界が作動してるみたいね……それも、いくつか重ねて張られてる」
少し離れた地点に一旦馬を繋ぎ、砦に向けて歩みを進めながら、シェーナは呟いた。
張られた結界は、水属性と地属性のものだろうか。加護石は、メンテナンスをしなければ、通常数年で魔力を失ってしまうものだから、諸々の設備を修復した上で、砦を再稼働させたのだろう。
「お前達! そこで止まれ! 何者だ!?」
砦の前に立つ兵士が、シェーナ達に気づき、呼び止めた。
先頭に立っていたマディが、皆を振り向き、一つ頷いてから兵士へと向き直る。
「私はエアランド州の冒険者、マデリーン・ベックフォード。元正規軍第四連隊中尉だ。……そこの砦に、ジョッシュ・ホワイトリーという男はいるか? 現在は少佐のはずだが」
剣の柄に手をかけていた兵士は、上官の名を出され、軽い動揺を見せた。
「元中尉の冒険者……? ホワイトリー少佐に、一体何の用が?」
「やはり、彼がいるのか。この砦に連行されたと思われる者について、少々話し合いたい事がある」
「し、しかし、今部外者を結界内に通す訳には――」
押し問答になる兵士とマディの後ろで、シェーナ達はじりじりしながら待機していたが、ふと、ハオマが何かに気づいた様子で耳を傾けた。
「ハオマ? どうしたの?」
シェーナが問う。
「奇妙な音が……。高空より、何かが近づいてくるような……」
「空?」
フェリックスが、片手で庇を作り、空を見上げる。晩秋のシルヴァミストらしい薄曇りだ。
その雲間に、なるほど、小さく黒い影が見える。鳥だろうか。
「鳥にしては……」
鳥にしては大きいし、速い。とてつもない速さで飛翔してくる。
――何あれ?
シェーナが声に出して、誰にともなくそう問いかけようとした瞬間、黒い影が、砦の屋根に降り立った。
いや、降り立ったというより、突き刺さったとか、着弾したと表現する方が正しい。
何重か張り巡らされた、砦を守る結界が、魔力の断片をガラスのように散らしながら、実に呆気なく崩壊した。
「なっ――!?」
兵士が、砦の異変に気づいて振り仰ぐ。
結界を割り砕いた黒い影の暴挙は、それだけでは済まなかった。
長い、鎌状の杖を携えているらしいその人影が、杖の先で、砦の屋根を軽く突く。途端、屋根の一部が内側から破裂し、瓦礫を噴き上げた。シェーナ達のいる場からも、砦の内部で悲鳴と怒号の沸き上がったのが分かる。
人影は、開いた穴から砦の中へ、悠々と侵入し、一行の前から姿を消した。
「何なの、今の!?」
数秒ばかり固まっていたシェーナは、ようやく問いかけを発したが、それに答えられる者はいない。
「少なくとも、異常事態だ! 行こう!」
マディが駆け出した。兵士も最早引き止めず、全員で砦の中へと向かう。
砦の内部は、悲惨な有り様となっていた。壁も天井も崩壊し、軍服の人間が数名、床の上で倒れている。少数精鋭部隊での任務中なのか、砦内にひしめき合う程の人数がいなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。
「酷いな、これは」
フェリックスが顔をしかめて、入り口付近に倒れた棚を動かしにかかる。脚を下敷きにされ、動けないでいた兵士が、呻きながらも這い出してきた。
「『
シェーナが、兵士に治癒術をかける。
「立てそう?」
「ああ、すまない……」
腕を取ると、何とか兵士は身を起こした。
遅れて砦に入ってきたハオマが、杖先で器用に床の具合を探りつつ、建物の奥へと耳を澄ます。
「一体、何が起きているのです? 襲撃を受けたように思われますが」
そこに突然、砦全体を地響きが襲った。シェーナは肩を貸していた兵士と一緒に転びかけ、慌てて錫杖で上体を支える。
「……階下か?」
油断なく長弓を構え、マディが囁いた。
「ご注意を。こちらに、向かって来るものがあります」
ハオマが広間の奥、両開きの扉を指し示す。全員がそちらに向けて身構えた。
直後、既に外れかけていた扉の蝶番を軽々と弾き飛ばし、広間に巨大な獣が躍り込んだ。群青色の毛皮に、金色の瞳の狼である。
「魔物!?」
盾の呪文の詠唱態勢に入り、皆に集合を呼びかけようとしたシェーナだったが、当の狼は、動きを止め、きょとんとした様子で彼女らを見回した。
「アレッ。フェリックス、みんな?」
その声色は、コチのものである。
フェリックスが、「……先生?」と一言呟いた。
「そっか、来てくれたのネ。……フェリックス、ゴメンネ?」
仔犬が申し訳なさそうな表情をするとすれば、こういった具合になるだろうか。狼は尖った両耳を伏せ、僅かに目尻を下げて、フェリックスに向けて
そしてすぐさま、思いを振り切るように、後ろ足で床を蹴る。壁に
「いっ……一体……?」
狼の去った方角を、フェリックスはただ見つめる他ない。
地下からは、今もなお断続的な破壊音が聞こえてくる。
「フェリックス!」
シェーナは先へ急ごうとして、フェリックスを振り返る。
「分かってる……行こう、シェーナ」
一先ず気を取り直した表情で、フェリックスは頷いた。
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