第8話 依頼された初仕事
勤務する学校とは言え、岡本の依頼として実行に移す日がやって来た。
この案件は、堺もうんざりするほどに後回しにして来た学校に蔓延る最も根深い慣習だった。この学校の四人の教師、穴戸淳、志田庸介、佐田英篤、そして長谷麻美の四人は新規採用になってやって来た教諭を次々といじめの餌食にし、中には自殺に追い込む者までを続出させていた。
井上数馬は教諭いじめのターゲットになってから3年経過していた。しかし最近になって匿名で教諭らによる井上数馬いじめの実態が指摘され、映像がネットに流出したことにより一時的に教諭同士のいじめが治まっていた。その再発のタイミングが依頼の実行日となっていた。
それは井上へのいじめ再会ではなく、新しいターゲットへのいじめ開始となって再会した。ターゲットは井上数馬が心を病んで入院したことにより、その補充として採用された上杉正彦という中途採用の青年である。ネットではまだ炎上中なので自分たちの手は汚せなかった。そこで教諭の穴戸淳は、三人の教諭仲間を連れて堺のもとに現れたのだ。
「堺先生、今夜空いてます?」
「生憎ですが…」
コピーをしていた堺は振り向きもせず答えた。
「堺先生、一度くらいは私たちに付き合って下さいよ」
全く相手にしない境を見て、唯一女教諭である長谷麻代が猫撫声で寄って来た。長谷麻代という女は実質的なグループの糸を引く女である。堺は尚も無言でコピーを続けた。
「無視はやめてくださいよ、先生」
「そうですよ。私たちを嫌がってるみたいじゃないですか」
「嫌がってますよ」
麻代を足蹴にした堺の一言に対して、志田庸介と佐田英篤が異常に激高して詰め寄った。
「堺先生、喧嘩腰ですな」
「私たちに何か不満でもお有りなんですか?」
「今お答えしたとおり、皆さんとお付き合いする時間がないんです」
堺のストレートな言葉に一同は一瞬固まった。長谷が再び猫撫声を発した。
「堺先生ったら…きつい冗談を仰るのはやめてくださいよ」
「私の状況を申し上げているだけです」
一同は堺の敵意が本物であることを察した。穴戸が切れた。
「おい、いい気になるなよ、堺! 今以上に居場所を失くしたろか、てめえ」
「居場所は充分にありますよ。居場所がなくなるのは、寧ろあなたたちではないんですか?」
いきなり堺の顔面に宍戸の鉄拳が飛んで来た…が、一瞬早く堺の鉄拳が宍戸の鼻を捉えた。悲鳴を上げて床をのた打ち回る宍戸を見て、一同は堺に怯んだ。慌てて取り繕った麻美が教師然と堺に抗議した。
「何をなさるんです、先生! 同僚に暴力を振るうなんて気でもおかしくなったんですか!」
「気がおかしくなってるのは、あなたたちです」
突然、四人は職員室の夜の情景に引き込まれた。椅子に縛られて身動きが取れない自分達がいた。目の前には普段いじめ行為を思うままに科していた入院したはずの井上数馬が立っていた。
「退院したのかてめえ。何してんだ、早くこの縄を解けよ!」
怒鳴る宍戸に井上はいきなりポットの熱湯を掛けた。鼻が折れている宍戸は悲鳴を上げた。
「何しやがんだ!」
「こういう感じで、ボクにもやりましたよね。ボクも凄い熱かったなー…」
「やめろ、井上!」
怒鳴る宍戸の頬に、更に熱湯を掛けた。宍戸は更に悲鳴を上げた。
「怒鳴ったらまたやります。そういうシステムになってるんです。ですから、おとなしくしてください」
「井上ーッ!」
叫び終わらないうちに井上はまたポットの熱湯を掛けた。
「ボクの話を聞いていないんですか?」
いつもと違う井上に、宍戸はやっと青褪めた。
「熱いですよね…というか、痛いですよね。知ってました?」
麻代が、井上ではなく宍戸の気を静めようと敢えて穏やかに言葉を挟んだ。
「もう気が済んだでしょ、井上くん。やめましょ」
「教職って、こんな役得があったんですね、井上先生」
今まで目立たなかった中途採用の上杉が出て来て、異常に燥ぎ出した。
「何言ってんだ、新米が! これは役得なんかじゃねえ! 犯罪だ!」
「そうです、あなたたちが3年間私に科した犯罪行為です。では、これから順番にそれらの再現をします」
井上は自分の机に置かれた菊が飾られている花瓶を取り、麻代の髪を鷲掴みにして口に突っ込んだ。水が気管支に入り麻代は嘔吐しながら咽返った。
「上杉先生、これは長谷先生が私のために毎日飾ってくれてる菊の花です。いつもありがとう」
「井上くん、よしなさい。こんなことして何になるの?」
「ボクにこんなことしてたの、あんただよ。こっちが聞きたかった。何になるの?」
井上は再び麻代の髪を鷲掴みにして花瓶を顔に近付けた。
「や、やめて!」
「ボクもそう言ってお願いしたんだけど、あなたには聞いてもらえなかった。覚えてるよね」
「ごめんなさい! 許して! ふざけてるつもりだったの」
「じゃ、ふざけてみよっか」
井上は強引に麻代の口に花瓶を押し付け、中の水を流した。麻代は溺れたように苦しみながら水を飲むしかなかった。空になった花瓶を口元から離すと、麻代はさらに咳き込みながら嘔吐した。
「折角食ったものを…勿体ないなーとよく言われましたよね」
井上は雑巾で吐瀉物を集めて花瓶に絞り入れ、再び麻代の髪を鷲掴みにして口元に花瓶を寄せた。
「やめて! やめてーッ!」
暴れる麻代の口元に強引に花瓶を傾けたが、固く口を閉じて抵抗した。その麻代の口に井上は花瓶を叩き付けた。椅子に縛られたままの麻代は口元から血を吹き出しながら床に倒れ、そのまま気絶した。井上の復讐の本気度を見せ付けられた宍戸が懇願した。
「井上くん、分かったから…な、もう終わりにしよ」
新任の上杉は尚も大はしゃぎである。
「完璧です!」
「井上くん、俺たちが悪かった。謝るから、もういいじゃないか」
「あれ? おかしいな…宍戸先生は確かボクに言ったよね。“俺が楽しかったらいい、お前の気持ちなんてどうでもいい”って」
「…すまなかった」
「謝らないでくださいよ。ボクも同感なんですから。ボクが楽しかったらいいんだと思います。宍戸さんのお気持ちなんてどうでもいいです」
井上は宍戸の肩を拳で殴り、膝蹴りをし、ジャンプして体当たりし、椅子ごと飛ばして壁に叩き付けた。上杉は井上の徹底ぶりにすっかり魅了されて行った。
「凄い!」
井上は麻代に視線を戻した。だらしなく倒れた椅子ごと起こすと、麻代は気が付いて恐怖で引き攣りながら泣き出した。
「もうやめてください、お願いーッ!」
「その言葉、懐かしいなー、ボクが何度も言った言葉だ」
そう言って麻代の上着を剥いだ。スカートも乱暴に摺り取った。アラフォーの麻代は女としての防御をした。上杉は井上の言葉がウケて大笑いが止まらなくなりながら、中年女の崩れた体系を黴菌でも見るように舐め回した。
「四十ヅラ下げたババアでも、女のふりはするんだな」
「お願い…そんな目で見ないで」
「きったねえな、いじめの司令塔おばさんは…若返りの特効薬があるよね。あんたが結成した“激辛カレーの会”の激辛カレーだよ。あれでお化粧してやるよ」
井上は激辛カレーを麻代に見せると、上杉が興味深げに寄って来た。
「これ、あのユーチューブにアップされてたカレーですよね。やらせじゃないんですか? 本当に激辛ですか?」
「確かめたいか?」
「僕は相当辛党なんですけど、味見してもいいですか?」
「ええ、どうぞ。かなり辛いですよ」
上杉は早速一口入れて動きが止まった。
「どうです、上杉先生?」
「痛い!」
「二晩経ってるから腐ってるかもな」
「ゲッ!」
上杉は堪らず吐き出した。
「では長谷麻代先生のお化粧タイムです!」
「やめて、井上くん。お願い、やめて」
「動くと目に入るよ…とボクにも注意してくれたよね」
井上は構わず、避ける麻代の唇や目の下に塗りたくった。
「これで少し良くなったかも…余ったから…」
井上は麻代の髪を掴み、皿ごと口に傾けた。麻代は顔を逸らして必死に拒んだ。
「食べなかったら下着に零れますよ」
麻代は仕方なく口を開けた。強引に流し込んだ激辛カレーに咳き込んだ麻代はまた勢いよく嘔吐した。麻代の周りは一面彼女の吐瀉物が拡がっていた。
「ボクは頑張って全部食べたよ。だからあなたにも、あとで床に散らばった分を全部食べてもらうね」
井上の視線はゆっくり志田に向けられた。志田は慌てて目を背けた。
「志田先生…ボクね、先生と長谷先生が肉体関係にあったこと知ってるよ」
麻代と志田が狼狽えた。
「でもね、長谷先生はそこにいる佐田先生とも肉体関係にあったんだよ」
「嘘を吐くな!」
壁際に倒れたままの宍戸が怒鳴った。
「宍戸先生は怒鳴りたくもなるよね。だって長谷先生は自分の女だと思っているんだから」
「でたらめだ!」
「でも残念ながら長谷先生と一番深い仲なのは、転勤した前の校長先生だよ。ね、長谷先生」
「麻代、てめえ、やっぱり!」
「長谷先生はみんなと仲良くしてたんだよ、凄いね。そういう類の人は戦後の焼け跡癒えない特殊な地域にしかいないと思っていましたよ。さて、今日は珍しい人を呼んでるよ。入ってください!」
転勤した前校長の柴元吉が現れた。
「宍戸くん、悪く思わないでくれ。井上先生に従わないとネットに我々の全てを晒されるんだ」
「芝先生、言い訳は良いから、約束したことを実行してください」
柴は麻代の縄をほどき、下着を脱がせ裸にした。麻代は思考停止していた。柴に誘導されるがままに尻を突き出した。柴は何度も麻代への挿入を試みたが下半身が機能せず、梃子摺った醜態を晒し続けた。
「芝先生、皆さんが注目しています。期待に応えるべく頑張ってください」
見ると、廊下の窓から、柴の妻が冷たい視線を浴びせていた。柴の妻だけではない。宍戸の妻、麻代の別れた夫、志田の婚約者、佐田の交際相手らの厳しい視線に、宍戸ら四人は激しく動揺した。
「芝先生、元気の出るお注射しましょ!」
「やめてくれ!」
「拒否ると殺しますよ」
芝は黙るしかなかった。井上が芝に静脈注射をして間もなく、宍戸の目はこの世のものではなくなった。次の瞬間、芝は獣の如く麻代に挿入し、憑りつかれたように汗びっしょりで呻く性行為が続いた。芝がこと切れるとぐったりと麻代から離れた。麻代はフリーズしていたがいきなり悲鳴を上げて部屋の隅に張り付いた。
職員室は元の情景に戻り、堺はコピーを続けていた。その周囲には思考停止した宍戸、志田、佐田、そして部屋の角には麻代が震えながら異世界での記憶に縛られたまま、キョロキョロと井上の姿を捜し、居ないことが分かるとコピーする堺を恐怖の目で凝視した。
「皆さん、どうかされましたか?」
誰も無言だった。
もうすぐ冬休みに入ろうという時を待たずに、何故か生徒たちは突然の冬休み前の臨時休校を告げられた。保護者たちには校舎の耐震強化のための緊急改装という説明がなされた。宍戸らは秘密裏に処分された。しかし、堺はその処分に満足していなかった。停職とか減給とか懲戒免職にしたところで、彼らは教育界から葬られたわけではない。何故甘い処分になるのか…市教委が己の過去に手を当てて古傷を舐め合った結果であろうと堺は思った。口裏合わせの緊急職員会議を終えて校舎を出ると、ちらちらと白いものが落ちて来た。初雪だった。待っていたように岡本が現れた。
「堺先生、お見事でした。早速ですが、これが次の依頼です」
無言で受け取る堺を確認し、岡本は去って行った。
〈第9話「幸せな元いじめ加害者」につづく〉
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