第11話 夜空に咲く花火
大学のコンサートホールのは張り詰めた空気が漂っている。
客席には審査員が並んでいると、舞台袖から出てくる柚人に審査員たちは騒めく。アルビノを隠さず堂々とピアノの前に座ると、軽く息を吐くと鍵盤に手を乗せる。
審査員は柚人の音色に評価シートに記入するのを忘れ息を飲んだ。
演奏が終わり、柚人は演奏を終えて立ち上がり礼をすると、舞台袖にはけていく。
沈黙が流れるのも束の間、柚貴が舞台でに出ていくと、審査員たちは再び声にならないが驚いた顔をしている。
柚貴はピアノの前に座り鍵盤に指を滑らせる。
蓮は大学の展示室の待合室の椅子に座り足を揺らしている。そわそわ落ち着きのない蓮は周りを見回し、絵画部門の審査を待つ学生たちが音楽を聞いたり、本を読んだりと思い思いに過ごしていた。
蓮は落ち着いていられず、後ろの壁際にある自動販売機で飲み物を買おうと財布から小銭を出そうとすると十円玉が手からすり抜け、自動販売機の下にもぐる。
蓮ははいつくばって取ろうとするが、手が届かず、諦めてお札を自動販売機に入れ、缶コーヒーのボタンを押した。
展示室ホールでは審査員たちが絵を見て回りながら、審査票を書いている。審査員たちが蓮の絵の前で固まっている。
蓮は飲み終わった缶コーヒーを両手で握り締めじっと時間が過ぎるのを待っていた。外から複数の足音が聞こえていた。審査の終わった合図だ。
柚貴の演奏が終わると、会場が沈黙した。柚貴は礼をして舞台袖へ。
舞台袖で柚人が柚貴にペットボトルを渡す。
「お疲れさま」
柚貴の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「ありがとう」
参加者の学生たちが柚貴と柚人を奇異の目で見てるが、二人は気にしてはいなかった。
蓮が腕時計を見ると四時を指している。放送のスイッチの入る音がスピーカーから流れる。
「大変お待たせいたしました。芸術祭絵画部門の審査が終了いたしました。結果発表を展示室で行いますので参加者の学生の方のみお越しください」
参加者の学生がぞろぞろと待合室を出るなか、一歩を踏み出せず最後に展示室を後にする蓮。
コンサートホールでは参加者の学生たちがステージに並んでいる。
マイクを持った審査委員が立ち上がる。
「これより、芸術祭コンペティションの結果を発表いたします。なお、優勝者は特待生としヨーロッパ留学の資格を与えられます。芸術祭コンペティションピアノ部門の優勝者は」
蓮は独り、自分の名前が書かれたプレートの絵画の前に立っている。巨大キャンバスに柚貴がピアノのを弾く姿が描かれている。
展示室の扉が開き、柚貴が入って来る。柚貴は蓮に歩み寄り静かに背後から抱きつく。
「茜の音色か……。ありがとう。僕をみつけてくれて」
蓮は頭を振る。
「俺は君を利用したんだ」
「たとえそれが本当だとしても、僕は嬉しい」
「ありがとう」
喫茶店のカウンター席でイヤホンをしながらノートパソコンを開き、キーボードを打っている沙季。ふと、隣に腰掛ける変装した柚人。沙季はイヤホンをはずす。
「コンペお疲れさま」
「もう、疲れたよ。くたくた」
沙季は微笑む。
「優勝おめでとう」
「えっ、なんでもう、知ってんの?」
「これでも広報部部長ですから。何か頼めば?」
「おごってくれるの」
「しょうがないわね。好きなの頼みなさい」
「マジ! やった! すみません!」
無邪気な声で手を上げウェイターを呼ぶとウェイターがやってくる。
「季節のパンケーキとホットコーヒー」
「かしこまりました」
ウェイターがオーダー票に書き込み、カウンターへと入って行く。
沙季はアイスコーヒーのグラスをストローで混ぜる。
「なんか、変わったよね。二人とも」
「いきなりだな」
「実は審査員の先生たちに頼んでビデオ配信をして私のパソコンに流してもらってたんだけど」
「えっ、そうだったの? なんていうかさすが、広報部部長」
「今まで柚人が柚貴の悲しい音色を追いかけてたイメージだったけど、今回はまるで違った。どういう心境の変化よ」
「さぁ」
柚人が肩をすくめるとウェイターが後ろからパンケーキとコーヒーを運んでくる。
「お待たせいたしました。季節のパンケーキとホットコーヒーでございます」
ウェイターはそれらを並べる。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイターは他のテーブルへと向かう。
「おいしそう! 頂きます」
「まったく。それ、食べたらインタビューに付き合いなさいよ。ついでに柚貴君にもね。連絡よろしく」
「えー。面倒臭い」
「大学始まって以来の同一優勝が双子なんだから特集組むに決まってるでしょ」
沙季がスマホを操作し写真を出す。
「結果発表の時の写真。柚人のスマホに送っといたから柚貴にも送っておいて」
沙季はパソコンを閉じるとバッグに入れる。
「これから、大学戻って打ち上げ花火の写真撮らなくちゃ。柚人も時間があるなら打ち上げくらい見ていきなさい。インタビューは後日改めて。じゃあね」
沙季は自分と柚人の伝票を持って足早にさるとその背中を見送った後スマホを操作する柚人。
キャンバスの屋上で蓮と柚貴がフェンスに寄りかかって並んでいる。
夕陽が沈みかけ、少しの風が吹く。
蓮は柚貴の横顔を一瞥する。
「良い景色だね」
「そうでしょ。ここにはたまに来るんだ」
柚貴のスマホが鳴り、スマホを開くと柚貴と柚人が花束を持った写真が添付されていた。客観的に見た自分の姿に驚き、写真を見つめる柚貴。
「メール? もしかして大事な用事とか?」
「いや」
「聞いてもいいかな?」
「僕に答えられることなら」
「柚貴はこれからどうなりたいの?」
「どうって?」
「プロを目指すの?」
柚貴は真剣な眼差しで蓮を見つめる。
「まだ、わからない……けど、可能性があるなら……。僕も切符を手に入れたから」
「切符?」
柚貴は柚人とのツーショットの写真を見せると、目を細めて蓮が覗き込む。
「えっ、嘘! 何も言わないからてっきり……。っていうかおめでとう。お祝いしないと!」
柚貴は蓮に微笑みかける。
「皆でお祝いしないとね」
陽が沈み太陽が完全に隠れた頃、キャンパス裏で純は壁にもたれていた。
花火の音と漏れる明かりが純の視界に入る。
花火が夜空に咲き、蓮は子どもようにはしゃいだ。
「あっ、花火!」
「蓮、この間の返事が聞きたい」
二人を花火の灯りが照らす。
柚貴の真剣な声に蓮は息を飲む。
「俺は……」
柚貴は蓮から視線をそらさない。
蓮は俯いて表情は確認できない。
「好きだよ」
蓮の声が花火の音にかき消される。
花火の音と光が連発する中、純は中空を見つめていた。そこに柚人と沙季がやってくる。
蓮は柚貴に不意打ちのキスをする。
柚貴が驚き、目を見開くがやがて瞼を閉じる。
花火の音が鳴り、光は二人を照らす。
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