第7話 雨に濡れて
柚人はリビングのテーブルい伏せて寝ていると柚貴が帰宅する。
「ただいま……って寝てる」
柚貴は静かにドアを閉めると、リビングを出る。
柚貴は自室のベッドにバッグを置く。
カーテンの開けられた窓から夜景が見える。机の端に置かれたピアノのオルゴールとその横には柚貴と柚人の小さい頃の写真が飾られている。写真の中の二人は肌も髪も白く、笑顔でピースをしている。
柚貴は椅子に掛けてあるブランケットを持って部屋を出る。
リビングに入ると、寝ている柚人にブランケットをかけると、浴室へと向かう。
シャワーを浴びる柚貴。
バスローブ姿で頭にタオルをかけ、冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出し、食器棚からグラスを取り、炭酸水をグラスに注ぐ柚貴。
リビングの出窓に腰を掛け、炭酸水を飲む。窓に反射した柚貴の後ろに柚人が後ろに立っている。
「なんだ、起きてたの」
柚貴は窓に映る柚人の視線を合わせる。
「何? どうした」
「なんかあった」
柚貴は窓の外を見ている。
「何もないよ」
柚人は柚貴を後ろから抱きしめ、腕を後ろに押さえつけると、グラスが床に落ちて割れ、床に炭酸水が零れる。
右手で柚貴の顎を掴み、俯く柚貴の顔を窓に向けると、柚人は柚貴の耳元で囁く。
「嘘」
柚人はもう片方の手で柚貴のバスローブの合わせから手を入れる。柚人の指が胸元を這うと、柚貴は身をよじる。
「柚貴。今、誰のこと考えてる? 自分の顔を良く見て」
柚貴と柚人の姿が窓に反射する。
「いつも俺に見せる顔と違う」
「そんな……」
柚人は柚貴の背中に顔をあずける。柚人は泣きそうな声が柚貴の背中に響く。
「お願いだから、俺を置いて独りで行かないで……」
柚貴は振り返り、柚人の頬に両手で触れる。
「柚貴?」
柚貴は柚人をじっと見つめ、柚人の頬を引っ張る。
「いててて! 何すんの!」
「もう、零時を回ってる。明日、講義の後、撮影なんだろ。先におやすみ」
「そうやっていつもはぐらかす」
口を尖らせながら呟く柚人。
「何か言った?」
柚人は頭をかきながら、舌打ちをする。
「なんでもない。もう寝る」
柚人はリビングの外側から思い切りドアを閉める。
一人になったリビングで窓を見る柚貴。
静かに降り出した雨はしばらくの間、止みそうにない。
学生たちで学食が賑わっている中、蓮はコンビニの袋を持ち、食堂を見回すと学食から離れ、裏庭に出る。
コンビニの袋を抱え、雨の中裏庭を走り、小さな小屋の前で息を息を切らす。息を整えてドアに手を掛けた瞬間、内側からドアが開くと、サングラスと帽子をかぶった柚貴が顔をのぞかせる。
「こんなところでどうしたの?」
「ゆずを探してた」
「濡れるよ」
蓮は柚貴に促され、小屋の中へと入る。
柚貴はバッグからタオルを出すと部屋の隅に膝を抱えて座っている蓮に差し出す。
「よかったら使って」
「ありがとう」
蓮はタオルを持ったまま動かない。見かねた柚貴は蓮のタオルを取、蓮の髪を拭く。
「簿いうを探してたって、何か用事? もしかして昨日の傷がひどくなってるとか? もちろん治療費がかかるならこっちで出す。傷が残るようならその費用だって!」
「そうじゃないんだ。実は……」
蓮のお腹が鳴ると、柚貴は微笑む。
「お昼まだでしょ。僕もまだなんだ。食べながら聞くよ」
蓮は抱えたコンビニの袋からパンを出し、封を切る。
柚貴はバッグからお弁当を出し、蓮の隣に座ると弁当箱を開けると、彩の綺麗な野菜と蒸し鶏のあんかけと五穀米のふっくらしたお米が敷き詰められている。蓮は柚貴の弁当箱を覗き込む。
「それ、自分で作ってるの?」
「そうだよ。料理は嫌いじゃないから」
蓮は手に持っているパンを見つめる。
「僕なんか毎日コンビニとかテイクアウトだよ」
「料理はいいよ。今度、簡単に作れるレシピをいくつか持ってくるよ」
「ほんと! ありがとう」
蓮は柚貴に笑顔を向ける。
「それで、話って?」
蓮は持っているパンを置き、柚貴の方に体ごと向き直り、真剣な顔をする。
「お願いがあるんだ」
蓮の真剣な眼差しに柚貴の瞳が揺れる。
「僕に出来る事なのかな?」
「君じゃなきゃダメなんだ」
蓮は土下座をする。
「絵のモデルになって欲しい……じゃなくて、絵のモデルになって下さい」
柚貴は目を伏せる。
風が窓を叩き、雨が強まる音が部屋に響く。
音楽練習室で柚人は黒髪のウィッグをかぶり、黒のカラーコンタクトをしてスーツ姿でピアノに手をかけると、シャッターの光が当たる。
沙季がファインダー越しに柚人を見て、シャッターを切り、カメラを下ろす。
「ありがとう。良い写真が撮れたわ。これで音楽科の特集は舞原君で決まりね」
柚人はピアノから手を離し、椅子に腰かける。
「止めてよ。舞原君なんてさ。他人じゃないんだから」
「ごめんごめん。就活してるとついね。お茶飲む?」
「あぁ、うん」
沙季は柚人にペットボトルを投げる。
「サンキュ!」
柚人はお茶を飲む。
沙季は机の上でカメラを片づけ始める。
「高校からの付き合いだから言うんだけど、気を悪くしないでね」
柚人はペットボトルのキャップを閉め、沙季を見る。
「この間、私の先輩が経営してるバーに行ったんだけど、そこで柚貴君を見たの」
「あそこでバイトしてるって言ってなかったけ?」
「知ってたよ。でも私は柚貴君とはあまり関わりないから分からないけど……。ありのままの柚貴君がそこにいてピアノを弾いていた……でね、その音色がね……」
俯きながら話す沙季の両肩を柚人は強く掴み、目を見開く。
「それってどういう意味?」
沙季は柚人をまっすぐ見つめる。
「変装をしてなかったてこと。何回か見に行ったことはあるんだけど、初めてだった。何か心境の変化でもあったのかなって」
「教えてくれてありがとう」
柚人は慌てて練習室を出ると沙季は肩をすくめ、溜息を吐く。
「変わらないわね。柚人のブラコンは」
練習室の窓から雷の光が走った。
柚貴は自室で西洋音楽史の教科書を広げ、レポートを書いている。走らせていたシャーペンの芯が折れ、動きが止まり、ドアの方を向く。
外からパタパタと荒々しい足音がし、ドアが勢いよく開き、柚人が全身びしょ濡れで入って来ると、声を荒げる。
「どういうことだよ!」
「ゆう。そんなに慌ててどうしたの。傘、持って行かなかったの? 今、タオル出すから」
柚貴は、椅子から立ち上がろうとすると柚人は泣きそうな声を出す。
「なんで……。どうして、いつも何も話してくれないんだよ。いつもそうだ。大事なことは何も言わない。俺にだって本心を隠す」
柚人は柚貴に歩み寄る。
「そうやってはぐらかして、俺ってそんなに信用ならない? 柚貴は俺を必要としてないんだって思いながら毎日毎日、ただ怖かった」
柚人は柚貴の前で崩れ落ちる。柚貴は椅子から立ち上がり、クローゼットからタオルを取り出すと、柚人の頭にかぶせる。
「沙季さんから聞いたんだね」
「知ってたの?」
「話は後、まずはお風呂に入って体をあっためてから、ほら、立って」
柚貴は柚人に手を貸し引っ張り、柚貴に背中を押される柚人。二人は一緒に部屋を出る。
湯上りの柚人がリビングに入ると、テーブルには紅茶の入ったティーポットとティーカップ、マフィンが二人分並べられていた。
「少しは落ち着いた? お茶にでもしよう」
柚人と柚貴はソファーに座ると柚人はティーカップに注がれた紅茶を一口飲む。
カップの中身を見つめる柚人。
「さっきは取り乱してごめん」
「うん」
「……なんで……隠さなかった」
柚貴も紅茶を飲む。
「いつか、柚人は僕を置いていくんじゃないかって不安だった」
「それは俺だって!」
「そうじゃないよ。柚人は気づいていないだろうけど、今の僕は空っぽだ。ピアノに気持ちがついていけない。だから……」
柚貴は唇を噛み締める。
「変わりたかったのかもしれない。あの絵を見てから僕はずっと考えていた」
柚貴はカップを強く握りしめる。
「ピアノを逃げ道にしていたんじゃないかって。自分の容姿に対する罪悪感にさいなまれるのも、本心を隠すのにも多分、疲れたんだ」
「だからって、俺たちが受けた傷は治らない」
柚貴は悲しそうに笑う。
「僕も最初はそう思ってたよ。だけど、出会ってしまったから。僕という人間を真っすぐ見てくれる人に」
「それってまさか……」
柚貴はゆっくりと肯く。
「何となく気づいてはいた」
独り言を呟く柚人。
柚人は勢いよく立ち上がる。
「でも、やっぱりだめだ。頭で分かってても柚貴が誰かのものになるなんて俺……耐えられない」
「柚人にもいるはずだよ。柚人のことをまっすぐに見てくれてる人。その人たちから目を逸らしちゃいけないんだよ」
柚人がリビングを出ようとすると柚貴は柚人の腕を掴み引き留める。
「絵のモデルになって欲しいと頼まれた」
「……返事は?」
柚人の絞り出すような声。
「待って欲しいって伝えたけど、僕は引き受けようと思う」
「そうかよ」
柚人は柚貴の手を振り解き、リビングを出る。
柚人は自室のベッドにうつぶせで倒れ込む。激しい雨と風が窓を叩き、柚人の鳴き声をかき消す。
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