第6話 万事休すで急接近
街灯の明かりが頼りない、人気のない路地を柚貴が一人で歩いていると一人の黒服の男が向かいから歩いてくる。柚貴と男がすれ違おうとすると、柚貴の横で立ち止まる。
「ねぇ、お兄さん」
柚貴の腕が男に捕まれ、振り切ろうと後ろを向くと、もう一人の黒服の男が立ちはだかり、柚貴は挟み撃ちにされる。
背後にいる男に羽交い絞めにされ、首を絞められる。
「僕に何の用だ? お前ら、店にいた客だろ」
真向いの男が柚貴のみぞおちを殴ると衝撃でうなだれる。
「おいおい、せっかくの上玉なんだ、傷をつけるなよ」
「わかってるよ。こっちだって手間がかかってんだ少しくらい良いだろ」
男は柚貴の顎を持ち上げると柚貴は伏せていた目を開ける。
「ほう、これはこれは」
男は柚貴にキスを迫ろうとした瞬間、男の背中に何かがぶつかった。
フランス語の参考書を読んでいた蓮がぶつかったのだ。脇に抱えていたスケッチブックが落ちる。
「あっ、すみません……」
黒服の男がスケッチブックを拾い、蓮に差出し、それを受取ろうとすると腕をつかまれる蓮。
「なぁ、お前こいつの知り合いか?」
羽交い絞めにされている柚貴を見て、目を丸くする。蓮の表情を見て男は怒りをあらわにする。
「やっぱりそうか!」
男は懐からナイフを取り出し、蓮に襲いかかる。ぽたぽたと血が道端に落ちる。
蓮は左腕を抑え地面に両ひざから崩れる。
「いっ……」
崩れる蓮の顔にナイフを向ける男。
「悪いがお前にはここで……」
ナイフを振り上げた瞬間、男はナイフを持ったまた地面に顔から転がる。
倒れた男の後ろに柚貴が立っている。柳に駆け寄る柚貴。
「大丈夫?」
蓮は顔を歪めながら肯く。
「それより、もう一人の男は?」
「気絶してるから当分は起きないと思う。それより、止血しないと」
柚貴は自分のシャツを破り蓮の腕に巻き付けと周りを見回す。
「ここを離れよう。歩ける?」
「俺は平気」
柚貴はスケッチブックと参考書を拾い上げると蓮も立ち上がる。
「ありがとう。俺のアパート、ここから近いんだ」
「それが一番安全かも。男たちに気づかれる前に早く行こう」
柚貴と蓮は来た道を走り出した。
部屋の真ん中にはイーゼルが置かれ、机の上には山積みされたデッサンの紙が散らばっている。柚貴は机の上にスケッチブックと参考書を置く。
「救急箱って置いてある?」
蓮はキッチンの流しで腕を洗っている。
「ベッドの下に置いてあったはずだけど」
柚貴はベッドの下をのぞき込み、赤十字マークの入った木箱を引きずり出す。
蓮は傷口を布で押さえながらベッドに座る。柚貴も救急箱をベッドに置き隣に蓮の隣に座る。
蓮の傷口に消毒液をかけ、ガーゼで抑えると大判の絆創膏で止血をし、ガーゼで当たってもいたくないよう厚みを持たせ、包帯を巻き、金具で止める。
「これで出血は止まったけど、あくまでも応急処置だから明日、ちゃんと病院に行くように。僕にも責任があるから、明日一緒に行って……って聞いてる?」
柚貴は蓮の顔を覗き込むと蓮は驚き顔を赤らめ視線を逸らす。蓮は腕をまわして見せる。
「あっ、ごめん。手際がいいなって。これくらいなら平気だよ。君がいたから大事にならなくて済んだんだ。ありがとう」
蓮は笑みを浮かべると柚貴は俯く。
「なんで君はそうやって笑えるんだ。僕のせいで君は……」
蓮は柚貴の頭に触れる。
「君は悪くない。だから、悲嘆することはない。怪我はしたけど、命に別状はないし、逃げることもできた。それでいいんだよ」
「でも……」
柚貴は何かを言いかけて蓮は何かを思い出したようにパチンと手を叩く。
「そう言えば名前!」
「名前?」
柚貴は蓮を見る。
「まだ聞いてない。君の名前」
「舞原柚貴」
柚貴の声はか細く少し震えていた。
蓮は天井を見上げる。
「柚貴か……。じゃあ、ゆずって呼んでも良い?」
蓮は柚貴に嬉しそうな顔を向ける。
蓮の微笑みに柚貴は頬を赤らめる。
「やっぱり馴れ馴れしいか……」
柚貴は首を横に振る。
「そうじゃない、何で僕なんかに……」
蓮のお腹が鳴ると、柚貴がクスリと笑い、蓮も笑う。
柚貴が立ち上がる。
「キッチン、借りていいかな。お礼に何か作らせて」
「じゃあ、オムライスが良いな」
「了解。その前にちょっと家に連絡させて」
「俺、材料を用意しておくよ」
蓮はキッチンに向かい、柚貴はポケットからスマホを取り出す。
柚人はバスローブ姿で頭を拭きながらダイニングテーブルの上で光るスマートフォンを確認する。
『From 柚貴
知り合いの家で夕飯を食べることになったから遅くなる』
柚人は唇を噛みながらすぐに返信をした。
柚貴は柚人のからの返信を確認し、スマホをポケットにしまう。
キッチンに立つ蓮の横に柚貴が並ぶ。
「ほら、怪我人は座って」
柚貴は蓮の背中を押して、座るように促す。
蓮は椅子にしぶしぶ座るとキッチンカウンター越しに柚貴を見る。
柚貴が包丁で玉ねぎをみじん切りするトントンと小気味いい音が響く。
フライパンに玉ねぎ、白米、鶏肉を入れ、ケチャップを混ぜ、フライパンを返す。お皿にチキンライスを乗せ、最後にふわふわの卵を乗せたお皿をカウンターに並べると、蓮がテーブルに置く。
「うまそう!」
柚貴も蓮の向かいに座る。
「頂きます」
「頂きます」
蓮はオムライスを一口食べる。
「うまっ!」
美味しそうに食べる蓮の姿に柚貴の顔もほころぶ。
「それは良かった」
「ゆずは料理男子だね。今度良かったら作り方教えてよ」
意外な問いかけに戸惑い固まる柚貴。
「俺、やっぱり迷惑だったかな?」
「違う。迷惑なんて思ってない。むしろ、君には驚いてばかりで……」
「そっか、迷惑じゃなきゃよかった。俺、昔から人との距離の取り方が良く分からなくていつも失敗するから……冷めないうちに食べよう」
蓮は掻き込む様にオムライスを食べる。
「やっぱり、うまい!」
夢中で食べる蓮はスプーンを置くことを忘れたように食べ続け、咽る。
柚貴はすぐにお茶を注ぐと、蓮にコップを渡す。
「慌てるからだよ」
蓮は一気にコップのお茶を飲み干し、大きく息を吐き出した。
そんな蓮の顔に柚貴は吹き出して笑い、蓮もつられて笑った。
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