第5話 素顔と偽りの心

 薄暗い照明のバー・ルゼの席は満席で仕事帰りの客たちで賑わっている。カウンター席に座る泉沙季はオレンジ色のカクテルを持ちながらフロアの中心にあるグランドピアノを見つめていた。

 客たちの賑わいがざわめきに変わる。カウンター横のスタッフの出入り口から、ボルドーのスーツを着こなし、フロアのピアノまで堂々と歩く柚貴。その姿に女性客たちが頬を赤らめる。

 柚貴はピアノの前に座るとざわめきが止む中、奥の席でヒソヒソと話す二人組の男がいる。柚貴は一呼吸置き、ピアノの鍵盤に触れる。

 柚貴はその容姿とピアノの音色に客たちは息を飲んだ。優雅なひと時に酔ったサラリーマンもうっとり聴きほれている。

 指をゆったりと鍵盤から離すと柚貴は立ち上がりピアノに手を添え一礼をすると店内は拍手が鳴り響き、柚貴は歩きながら客たちへ礼をしながら、スッタフルームへとはけていった。

 

 スッタフルームの鏡の前で柚貴は鳴りやまない店内の拍手を聞きながらネクタイをほどきジャケットを脱いでいるとドアがノックされる。

「どうぞ」

 白いシャツに黒い蝶ネクタイをした店長がにこにこしながら入って来る。

 柚貴は着替えを止め、店長に向き直る。

「いいよ。着替えてて」

 店長はソファーに座る。

「いやー、柚貴君の演奏はいつ聴いても人の心を動かすね。専属で働いてもらいたいくらいだよ」

「誉めて頂けるのは嬉しいですが、まだ学生の見ですし、僕の腕ではまだまだかと」

 店長は胸ポケットから煙草を出すと口にくわえる。

「そう? 謙遜しすぎなんじゃない?」

「僕の演奏は偽物の感情ですから。誉められたものじゃありません」

「でも、聴いている側は完全に夢の中だよ」

 店長はくわえていた煙草を離す。

「それで素の自分で演奏して何か変わった? あんなにアルビノだってこと隠してたのにどういう心境なのか興味あるんだよね」

 柚貴は鏡を見る。

「どうでしょう。わかりません」

 店長は柚貴の背後に立つと、柚貴の首の痣を指差す。

「でも、そんな劣等感を抱く君にこんなことが出来る人間がいるなんて、世界は思ったより閉塞してないと思うけどね」

 慌てて首の痣を隠そうとする柚貴を見て店長は笑う。

「君でもそんなに慌てることがあるんだ」

「これは……その……ただの悪戯で」

 店長柚貴の方に手を乗せる

「ごめんごめん。冗談だよ。まぁ、前向きな気持ちは大事だけど背伸びし過ぎて自分を苦しめることだけはしちゃだめだよ」

 店長はスッタフルーム出ようとドアノブに手をかけ、柚貴に振り向く。

「じゃあ、お疲れさま。道中暗いから気をつけて」

 店長がスッタフルームから出るのを確認して柚貴は再び鏡を見つめ、鏡に映る自分の頬をなぞった。

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