第4話 不安定な心

 高層タワーマンションの窓から夕陽が差し込んでいる。グランドピアノがリビングの中心に置かれている。

 柚貴は顔に本を乗せソファーで寝ている。扉の開く音がし、柚人が入って来る。

柚人はバッグを床に投げ置き、柚貴の上に覆いかぶさると、柚貴は顔の本を除ける。

「なんだ、起きてたの?」

「起きちゃいけなかった?」

「別に。起きててもこうしてた」

 柚人は柚貴に顔を寄せ、キスをする。柚貴が甘い吐息を漏らす。

「んっ……」

 柚貴は強引にキスを迫る柚人を押し離そうと胸を押す。

「柚貴? どうしたの? 今日何かあった?」

 柚貴は細く白い指で柚人の唇をなぞる。

「ゆうこそ、何かあったんじゃない? この傷」

 柚人は柚貴を抱きしめ、右の耳たぶを甘噛みする。

「ちょ……っ……まっ……」

 柚人は柚貴の耳元に囁く。

「柚貴、俺に隠し事してるでしょ……」

 柚人は柚貴の耳元から首筋にその唇を這わせ甘噛みをする。

「正直に話せば止めてあげてもいいけど」

 柚貴のシャツの下から手を入れる柚人。

「それとも止めて欲しくないから話さない?」

 柚貴は柚人を引き離そうとすると柚人が柚貴の両腕を頭の上で押さえつける。

「ねぇ、俺以外の誰にキス、したの?」

 柚人は空いている右手でシャツの下から胸元を指でなでる。

「アッ……。ゆう……。そこ…は……。なん……で……」

「なんで知ってるかって? 大事なお姫様にちょっかいを出されたナイト様が怒り狂っちゃったんだよね」

 柚貴のシャツのボタンが柚人によって外されていく。柚貴の陶器のような真っ白な肌。柚人の指が柚貴のわき腹をなぞると柚貴は、のけぞり悶え、息が混じる声で懇願する。

「わかっ……た……から、もう、ゆる……し……アッ……」

 柚人は柚貴の胸元にキスを何度も重ねる。

「殴られたのは痛かったけど、俺が痛んだのはここ」

 柚人は柚貴の左胸に手を当て顔を近づける。

 柚貴の赤い瞳が潤んでいる。

「ごめん」

 柚人は額を柚貴の額に合わせる。

「俺以外にされるのもするのもしないって約束? ん?」

 柚人がキスをしようとすると、柚貴は人差し指で柚人の唇を抑える。

 止められることに驚いた柚人は目を丸くする。柚人の顔を見て微笑む柚貴。

「ゆうばっかりずるいよ。僕だって喫茶店の言い訳を聞いていない」

「なっ……」

 柚人は柚貴から離れると柚貴も起き上がり二人が向かい合わせになる。

 柚人は顔を背ける。

「何で知ってんだよ」

「見たから」

 柚貴は柚人の胸倉を掴み、顔を近づけキスをしようとして寸止めする。

「僕はしないよ。僕はお兄ちゃんだから柚人が傷つくことはしない。だけど、もし……」

 柚貴の真剣な瞳に柚人は息を飲む。

「もし?」

 テーブルに置かれているスマホのアラームが鳴り響き、柚貴はアラームを消す。

 ソファーから立ち上がりシャツのボタンをしめる。

「えっ、何? 出かけるの?」

「今日、バイトなんだ」

「話の続きは?」

 柚貴はスマホをズボンのポケットに入れ、部屋を出ようとする。

 柚人は立ち上がり、柚貴の背中を抱きしめる。

「ゆう、何がそんなに不安なんだ?」

「俺には柚貴しかいないからだから……」

 柚人の手に手を重ね、振り向くと、柚人の頭をぐしゃぐしゃになでる。

「ゆうはひとりじゃないよ。ばいとに遅れるから、もう行くよ。おかずは冷蔵庫に入っているから適当に食べて」

 柚貴は帽子とサングラスを身に着けるとドアを開ける。

「気を付けて」

「行ってくるよ」

 柚貴の背中を見送り、玄関のドアが閉まる音を確認すると、ピアノの前に座る。

 柚人は憂鬱と不安と寂しさと哀しさが入り混じった音色でピアノを奏で続けた。

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