第3話 嫉妬=好き
登校する学生たちの合間を右往左往しながら純は走っていた。
立ち止まり、キャンパスを見渡しA棟に入っていく帽子とサングラスの男を見つけ、後を追う。
A棟の出入り口には生徒の出入りは少なく、帽子とサングラスの男だけだ。
純は後ろから男の肩を掴む。
「ちょっといいか?」
男は純に振り向く。
「誰?」
純は振り向く男の頬を思いっきり殴ると男のサングラスが吹っ飛び、しりもちをつく。男は睨みつけながら純を見る。にらみつける右の赤い瞳に純は一瞬言葉を失う。
「いってぇな!」
口元の血をぬぐう男に純は胸倉をつかみ、立たせる。
「お前のせいで蓮がおかしくなっちまったんだよ!」
男は掴まれている純の手を振り払う。
「いきなり何?」
「何って、さっき蓮にちょっかい出しただろ! お前が実習室から出てきたのを見てるんだよ!」
男はサングラスを拾う。
「はぁ? 蓮って誰?」
「白を切るつもりか?」
男は腕時計を見ると午前9時を指している。
「授業始まるけど、続き今やる?」 講義終わったらいくらでも付き合うけど」
「俺、一限で終わりなんだ。駅前の喫茶店、わかるだろ。そこで待ってる」
純は右へ曲がり、男は左へ曲がる。
アンティークで揃えられた店内はオレンジ色の証明とレコードから流れるジャズで駅前の喧騒から隔離された空間である。
カウンターの棚には絵柄の違うコーヒーカップがぎっしり並べられている。
静けさの漂う店内で窓際の席に純と男が向かい合って座っている。二人の前にそれぞれコーヒーカップが置かれている。それを前にして純はテーブルに手と額をつけている。
「すまん!」
大きな声に店員と周りの客が注目する。男は周りを見回しため息をつく。
「ちょっと、恥ずかしいから頭、上げてくれない」
純はゆっくりと顔を上げる。
「本当にすまない……」
男は呆れ顔をしながら少しそっぽを向くようにコーヒーカップに口をつける。
「理由は分かったけどさ、いきなり殴るのはないよね」
男は窓の外を見る。
「まぁ、分からなくはないけどね」
「えっ?」
男は頬杖をつき、目を細めて純を見る。
「自分が大事に思っている人を傷つけたり、ちょっかい出されて怒ったってことでしょ?」
男はにやりと笑う。
「それってさ、嫉妬イコール好きってことだよね」
純はテーブルに手を付き勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れる。店員と周りの客が二人に注目すると、純は頬を赤くして咳払い一つして椅子を立て直し座る。
純はコーヒーカップを手に取り、中身を見つめる。
「別に好きとかそんなんじゃないけど、あいつは昔から放っておけないんだよ。すぐに人の感情に引っ張られるから……」
純はコーヒーを飲むと俯くと、男は純の胸倉へと手を伸ばし襟を引っ張り自分の方へと引き寄せると、純の唇を自分の唇で塞ぐ。純は目を丸くし、不意打ちで身動きが出来なかった。
純と男の座る席の窓越しに、柚貴が純と男のキスを見ていた。
純は男を突き放す。
「お前、いきなり何すんだ!」
純は袖で口元を拭う。
「俺、お前じゃなくて
「そんなことを言ってるんじゃねぇ!」
「殴られたお返し。どう? 君の大事なお姫様にされたことをされた気分は?」
「どうって……。その前に俺、男だし……それに……さっきからお姫様って……」
純は頭を掻く。
「あーもう。わけわかんねぇよ。お前なんかと関わるんじゃなかった」
「だから、お前じゃなくてゆうと。そう言えば名前聞いてなかった」
「……高木純」
「純っていうのか。じゃあ、じゅじゅんって呼ぼう」
「じゅんじゅんって女じゃないんだから普通に純にしてくれ……っていうかそんなことはどうでもいいんだよ。遊びでもキスはないだろ!」
柚人は純を横目にメニューを開き、手を上げると店員がやってくる。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いします」
「季節のフルーツパフェを一つ」
「かしこまりました」
柚人はメニューを閉じると純を見ると溜息一つ吐く。
「すみません。ホットコーヒー追加で」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
二人は肯くと店員はカウンターへと向かった。
「もちろん、じゅんじゅんの奢りだよね」
「もう、好きにしろよ」
「じゅんじゅんってさ……」
柚人が口を開きかけると店員がトレーに季節のパフェとコーヒーカップを乗せてやってくる。
「お待たせしました。ホットコーヒと季節のフルーツパフェでございます」
店員はパフェを柚人の前に置き、ホットコーヒーを純の前に置くと、明細のバインダーを伏せて置く。
「ごゆっくりどうぞ」
店員は次の客のオーダーを取りに向かう。
柚人は器からはみ出る生クリームをすくい、口に運ぶ。
「なぁ、さっき何言いかけてなかったか?」
純はコーヒーカップに角砂糖を入れスプーンでかき回す。
「じゅんじゅんっておバカさんだなって」
「えっ? はぁ? バカってどういうことだよ」
柚人は笑顔でパフェを食べ続け、純は柚人の態度と言葉に府に落ちない表情を浮かべながら、コーヒーを飲んだ。
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