第1話 空白のキャンバス
一年後。残暑の残る風に木の葉が揺れる九月の夕暮れは眩しい。東都大学芸術科の蓮は追い詰められていた。
壁一面のキャンバスを目の前にカーテンの閉め切られた薄暗い部屋に蓮が筆を手に転がり、腕で顔を覆う。
「何やってんだ……。俺」
「ほんとに何やってんだか」
蓮が腕をどけると、
純はコンビニの袋を掲げる。
「差し入れ、持ってきた」
「悪い……」
蓮は上体を起こすと、純と胡坐をかき、おにぎりを食べ始める。
「芸術祭まで近いんだぞ。間に合うのか?」
蓮は視線を床に落とす。
高木は蓮に視線を向けながらペットボトルのお茶を飲む。
おにぎりを持ったまま俯く蓮に純は口を開く。
「蓮の気持ちは分かるよ。高3の学生美術コンクールで最優秀賞をとった、『抱き合う二人』は別格だったからな」
蓮は自分の腕を抑える。
「今でも思う。あの二人はただ、美しかった。もしかしたら、白昼夢だったのかも?」
「ひとつ聞いてもいいか?」
蓮はペットボトルを飲みかけやめる。
「あの絵、何で二人とも髪も肌も真っ白なんだ? 本人たちに許可なく描いたから、想像も入っているのか?」
蓮は手に持ったままのペットボトルのお茶を飲み、微笑む。
「あの作品は見たままだよ」
蓮はペットボトルを置くと、立ち上がり伸びをする。
「少し、外の空気を吸って来る。荷物、見ててくれないか」
「あいよ。俺はここで課題のレポートでもやってるよ」
純は手を振りながら蓮を見送り、蓮は部屋を後にする。
大学の裏庭は森林で覆い尽くされ、蓮はただ歩いていた。木々の隙間から茜色の木漏れ日が差し、蓮は足を止め目を細める。
生温い風が頬をかすめ、蓮は歩みを進める。木造の血さな小屋が建っている。
ピアノの音色が小屋から響いてくる。優しく憂いを帯びた音色は夕暮れの黄昏を助長させる。
蓮は窓辺に手をかけ、カーテンの隙間から覗く。その光景に目を見開く。
天窓から茜色の陽に照らされながら、
蓮は小屋の壁にもたれながらしゃがみこみ、膝を抱える。ピアノの音が止む。
柚人はピアノを弾くのを止めると、窓に歩み寄りカーテンの隙間から外を覗く。
心配しそうな顔をする柚貴。
「どうかした?」
「誰かの視線を感じた気がした。でも気のせいだった」
柚貴はピアノの蓋を閉める。
「もう、帰ろう。後は家で練習をすればいい。明日はバイトもある。買い物もしたいし」
「了解」
柚貴はショパンの楽譜を鞄に入れ、もう一つの鞄を柚人に渡す。
純は頭を掻きながらレポートをノートにまとめている。
勢いよく開かれるドアの音に純はシャーペンを落としてしまう。
「どうした。血相変えて」
蓮は息を切らしながら、純の隣に座る。
純はペットボトルを蓮に渡し、受け取った蓮は一気に喉に流しこむ。
「少し、落ち着いたか」
蓮は軽く合図地を打つ。
「見たんだ……」
「何を?」
「……白昼夢」
純は首を傾げる。
蓮は呆けた顔をで純を見る。純は蓮の顔の前で手を振る。
「おーい。大丈夫か? 目が虚ろだぞ。疲れてるなら帰って休んだ方が良い」
蓮の頬に涙が一筋つたう。
「あの時の……二人は夢じゃなかった……」
純は話そうと口を開くが、言葉を飲み込み唇を噛む。
純は俯く蓮の肩に手を置き、そっと叩く。純は荷物をまとめ、静かに教室を出ていく。
蓮は椅子に力なく座り、天井を見上げていた。
ウォークマンを首からぶら下げている純は校門を出ようとして、立ち止まり、蓮のいる教室に振り返る。
蓮は椅子から力なく立ちあがり、机の上の筆とパレットを持ち、キャンバスの前で深呼吸をし勢いよくキャンバスに向かって筆を走らせた。
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