第11話 戦いの始まり

「こらああぁ! お姉ちゃんから離れなさい!」


 俺が鼻の下を伸ばしていると、月麦が肩を怒らせながら部屋に突撃してきた。


「お姉ちゃんに手を出すなんて信じらんない! それに、黙って聞いていればわたしのいないところで好き勝手に話を進めてくれちゃって、あんた何様のつもりよ!」


 月麦は俺を日葵さんから引きはがしたあと、俺のことを鋭い視線でにらみつけた。


「月麦、今までの話聞いてたの?」


「そりゃ聞くわよ! そこの変なのとお姉ちゃんを二人っきりになんかさせておけるわけないじゃない!」


 月麦は俺に指を突きつけた。


「これ以上、あんたの好きになんて絶対にさせないんだから!」


「ふん、さっきお前の魅了魔法とやらは俺には効かないってことが証明されただろ! 日葵さんとも約束していたんだから、これからはおとなしく勉強することだな!」


「いいえ、まだ終わったわけじゃないわ!」


 月麦は一枚の紙きれを取り出して俺の目の前に突き付けてきた。


「これはお姉ちゃんと交わした契約書よ! ここにはわたしの魅了が一度でも効いたら、この契約は無効と書いてあるわ! だから、絶対にいつかあんたのことを魅了してづらかかせてやるんだから!」


 ええええ!? 日葵さん、なんでそんな契約内容なのにサインしちゃったの!? いくらなんでも妹のこと信じすぎだよ!?


 約束破ったら奴隷にされるし、失敗したら何をさせられるかわからないんだから、もっとよく内容を読んでからサインしようよ!?


「あんたを魅了したあとはいろんな恥ずかしい命令をして、わたしをビッチって言ったことを後悔させてやるんだから! あんたが泣いて許しをうてきたとしても、絶対に辞めてあげないから覚悟しておきなさい!」


 月麦は俺に敵意をき出しにして、うなるように言った。


「でも、月麦だってちゃんと勉強しないといけないから、大地くんを誘惑する時間は決めておかないとね」


 日葵さんはそう提案した。心配するところがずれていると思います。


「それならこうしましょ。わたしは勉強の前に一度だけ、あんたのことを魅了して全力で誘惑するわ。それに耐えられたらあんたの勝ち。その日は真面目に勉強すると約束する」


 でも、と月麦はいやらしい笑みを浮かべた。


「もしあんたが誘惑に負けて魅了されちゃったらわたしの勝ち。その時点で、あんたにはすぐに家庭教師を辞めてもらうからね!」


「いやいや、何勝手なことを言っているんだ!」


「待って、大地くん。これはチャンスじゃないかな?」


「チャンス?」


 日葵さんは反対しようとした俺を止めに入った。


「あの子は約束を絶対に守る子よ、それは私が保証する」


 もうすでに魅了の効かない家庭教師を連れてきたら勉強するって約束を素直に守ろうとしていないが大丈夫なんですかねそれは?


「それに誘惑に耐えれば真面目に勉強するってあの子は言ったの。真面目にってところがかなり大事なポイントよ」


「……日葵さんは妹を甘やかしすぎだと思います」


 俺も妹がいるから気持ちはわかるけどね?


「それに、月麦の魅了魔法にこれからも俺が耐えられるとは限りませんよ?」


「大地くんは魅了に耐えることができた実績があるんだもん。きっと問題ないよ!」


「問題だらけでしたけどね!? 耐えたのも理性の糸が切れるギリギリ限界だったし、自分の顔を全力で殴りつけてようやく正気に戻ったくらいですからね?」


「私、自分の生き方に誇りを持っている大地くんならできるって信じてるよ!」


 目がきらっきらしてるんですけどこの人おぉ!?


「まさか勝負できないっていうの?」


 俺が困り果てていると、月麦がふんと鼻を鳴らして挑発してきた。


「誇り高き童貞が聞いてあきれるわ。結局、あんたもその辺の男と同じで性欲にまみれてるから、可愛い女の子に誘惑されたらサルも同然の理性しか保てないってことでしょ?」


 俺はその言葉に、ついに切れた。


「はあああ!? そこまで言うならやってやるよ! お前みたいなビッチで日葵さんに比べておっぱいも背もちいせえ奴が、俺を誘惑できると思うなよこの勘違い野郎!」


 こいつは一度、見た目がかわいいからって世界が自分を中心に動いているとでも思っていそうな自惚うぬぼれと傲慢ごうまんさを踏み潰して、その腐った性根しょうねを叩きなおしてやらねばならん!


「なんですってええええ! あんた今、わたしのことをチビで貧乳で色気がないブスって言ったわね!」


 いや、そこまではいってねえが?


「もう許さない! 絶対にあんたをわたしに夢中にさせて後悔させてやるんだから! どうせ彼女もできたことのないんでしょ、このヘタレ童貞!」


「誇り高き童貞だって何度言わせるんだよ、記憶力ねえのかばーか!」


 これが家庭教師の俺と、勉強嫌いのサキュバスとの、己のプライドと誇りをかけた戦いの始まりの瞬間だった。

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