第24話 ケーキと純情
「すいません、この季節限定のケーキをひとつ」
「あれっ、あんたもうお腹いっぱいなんじゃないの!?」
ケーキを注文したら、月麦は
そんな顔で俺を見るな、別に嫌がらせをしたい訳じゃないんだから。
注文したケーキはすぐにやってきた。目の前に置かれたそれを、俺はそっと月麦に差し出した。
月麦は俺の顔とケーキを見比べて不思議そうな顔をしている。
「どうした? 早く食わないと冷めるぞ?」
「いや、ケーキだしもう冷めてるわよ……ってそうじゃなくて!」
月麦は差し出されたケーキを俺の方に返してきた。
「なんで? これあんたが頼んだやつじゃないの?」
「お前、これが食べたかったんだろ? いいぞ食べて」
「いやいや、でもそれ結局わたしのお金でしょうが!」
「さっき店員にはこれだけ
「えっ? でも、それは……」
「いいんだよこのくらい。お前まだバイトだってやってないし高校生なんだから。好きなんだろケーキが?」
「……そうだけど」
月麦はためらいがちにこくりと頷いた。
「そんなにお金のことが気になるなら、うまい洋食店を紹介してくれたからそのお礼ってことにしておいてくれ」
「な、なによ。カッコつけちゃってさ」
「お金はためとけって。お前も、来週はあの先生の新作買うって言ってただろ? 実は俺も楽しみなんだ。ちゃんと買って、読み終わったら俺とその話を共有してくれよ」
「……そんなの、言われなくてもするつもりよ。あんたと漫画のこと話すの、楽しいし」
月麦はそういうと、ふいっと顔を俺から
「その……あ、ありがと」
「どういたしまして」
俺がそう言うと、月麦は顔を赤くしながらこちらを向いた。
「でも、わたしがケーキでつられるような安い女だとは思わないことね! 次だってあんたを魅了することを手加減してあげないんだから!」
「はいはい、いいからはやく食えって」
すぐに彼女はいつもの調子に戻ったので、俺は苦笑いで答えた。
月麦は不満そうにしていたが、ケーキの誘惑の前ではその表情も長くは続かなかった。
手元にあったフォークを使ってケーキを切り、勢いよく口の中へ入れた。
「んーっ! おいひい!」
その幸せそうな笑顔で、彼女の周りでかわいらしい小さなお花がぱっと咲いたような感じがした。
あ、
ついその顔をじっと見てしまう。するとそれに気づいた月麦がご機嫌な様子で俺に話しかけてきた。
「せっかくだし、あんたも一緒にこのケーキ食べない?」
思いがけない提案だったが、俺は遠慮した。
「いや、いいよ。俺はあまり甘いものは食べないんだ」
「なに、あんた甘いもの苦手なの?」
「嫌いじゃない。というか、むしろ好きなほうなんだけど控えている」
「なんでよ?」
「俺はすぐ太る体質だし、なにより筋肉を維持したいから食事には気を使ってるんだ」
こいつに魅了されかけたとき、
「筋肉が理由って……」
月麦は俺の身体をまじまじと眺めた。
「……あんまり意識したことなかったけど、あんたいい身体つきしてるわね」
「ふふふ、そうだろ?」
こいつもこの肉体の良さがわかるとは、なかなか見る目があるじゃないか。特別に二の腕くらいなら触らせてやってもいい。
そう思って腕に力を入れてポーズをとったが、月麦はそれを無視して話を続けた。
「でも、ちょっとくらいなら別にいいんじゃない? ケーキ自体は好きなんでしょ?」
「まあ、そうだが」
「本当においしいから、あんたも食べてみなさいって。このケーキ、来週にはもう食べられなくなるわよ」
そういわれると気になるな。実際に見た目も
「じゃあ一口だけ貰うな?」
俺が新しいフォークを貰おうとして呼び鈴に手を伸ばそうとしたときだった。
「はいどうぞ、口開けて?」
月麦はフォークで切り分けたそれを俺の口元へと差し出した。おいおい、これって。
「……食べないの?」
俺が食べるのをためらっていると、月麦は不思議そうに首を
「いいのか?」
「? さっきからそう言っているじゃない」
いや、俺の言っている意味はケーキを食べてもいいのかじゃなくてだな。
「ほら早く」
月麦はそのままケーキを唇に押し付けてきたので、俺はあきらめて口を開けた。
「はむ……」
「ね? これ、すっごくおいしいでしょ?」
彼女の言う通り、果物の甘みを感じられてとてもおいしかった。
「ここの店、ケーキも美味いんだな」
「またここに食べにきちゃう? そんなことしてたらすぐに太っちゃうわよ~」
彼女は
「なに、どうかした?」
「いや、これ間接キス」
「んぐっ……ごほっごほっ!? ごっほごほ!」
あ、むせた。生クリームを噴き出さなかったのはえらいぞ。
しこたませき込んだ後、どうやって付けたのか知らんが鼻の頭にクリームを乗っけたまま、月麦は俺に怒りの表情を見せた。
「そういうことは気づいても黙っておきなさいよ! それが優しさってもんでしょ!?」
「さっきは俺とキスするのを嫌がってたのに、こっちは気にしないんだなって思って」
「それは……別にあんただから嫌だったとかそういうわけじゃなくて、わたしの大事なファーストキスは大好きになった初めての恋人とって決めてるだけだし……ごにょごにょ」
「なんか言ったか?」
「何でもないわよ、ばーか!」
月麦は肩を怒らせた。
「今更かもしれんが、気になるならフォーク変えて貰ったらどうだ?」
「ふんだ、間接キスくらいで恥ずかしがるような乙女じゃないわよ。このくらい、どうってことないんだから」
だったらむせるなよと思ったが、余計なことは言わない方がよさそうだ。
月麦は耳まで赤く染めてケーキを最後まで食べた。
ひとくち、またひとくちと食べるたびに、だんだんと肩を丸めておとなしくなるその姿がいつものうるさい様子と違って新鮮で、俺にはとても可愛く見えたのだった。
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