第40話 つむつむの恋愛相談

「で、あたしを呼び出したというわけですか?」 


 次の日の放課後、わたしの目の前にはみうみうがいた。


 こんな相談なんて本人にはもちろん、お姉ちゃんにだってできるわけがないし、わたしがこうやって話をできる友達なんてみうみうくらいしか思いつかなかった。


「びっくりしましたよ、チャットじゃ話しづらいから、実際に会って話を聞いてくれないか、できればすぐになんて言われたときは」


「ご、ごめんなさい。急なお願いだったのはわかってるの」


 とにかくわたしは誰かに話を聞いてほしかった。


 自分の気持ちがどこを向いているのか知りたかったし、誰かに話すことで見えてくるものもあるかもしれないと思ったからだ。


「でも、まじですかつむつむ? 家庭教師の男を好きになってしまったって……」


「ちょ!? そんな大きな声で言わないでよ!」


 わたしは慌てて、みうみうの口をふさいだ。


「わ、わたしも何が何やらわからないのよ! 今まで男の人を好きになったことなんてなかったから、この気持ちがその……こ、恋なのかどうかはまだ確証が持ててないっていうか……」


「でも、その男とお姉さんが会話しているところを見て、つむつむはお姉さんに嫉妬してしまったんですよね?」


「うっ……そうなんだけど」


「そんなの、わざわざあたしを呼び出して相談なんかしなくても、もう答えなんてわかっているんじゃありませんか?」


 でも正直、わたしはまだ認めたくないのだ。


 あいつだけは好きになるなんてありえないと思っていたのに、こんなことになるなんて。


「はあ……それにしても、つむつむの初恋の相手があの男ですか」


「え、あの男?」


「いいえ、なんでもないので忘れてください」


 そんな煮え切らないようなみうみうの態度に、わたしは首を傾げた。


「でも、男が思うようにならないなんてつむつむから一生聞くことのないと思っていた相談を受けたかと思えば、今度は恋愛相談ですか。人ってわからないものですね」


 みうみうは遠い目をしていた。


「つい最近まで男なんか嫌い、みんな信用できないとか言って、会ってきた男を全員魅了魔法で手玉にとってきたのに……それに、その男のことインポだとか、ありえない奴とか言っていませんでしたっけ?」


「うぅ……だってそのときは、あいつのこと何とも思ってなかったんだもん」


「わずか数日の間に男女の仲はこうも進むものなんですね。あたし、初めて知りました」


 みうみうはわたしの方を見ながら、にひひと笑っていた。


 相談する相手を間違えたかもしれない。いや、相談できる相手はほかにいないんだけどさ……。


「ちなみになんですけど、その気持ちに気付いたきっかけはあるんですか?」


「きっかけ……」


 それは間違いなくあのときだとわたしは思った。


「あいつと一緒に遊園地に出かけた帰り道に、頭を撫でられたことかな……」


「どういう流れでそうなったんですか?」


 みうみうは身体を前のめりにして聞いてきた。


 もうわたしは、気持ちをすっきりさせるために全部洗いざらいぶちまけてしまおうと思った。


 だから、あのときに会った出来事を全部、詳細にみうみうに語った。


 遊園地で遊んだ帰り道、よそ見をしていた男に小さな女の子がぶつかってしまい、女の子のお姉さんが恐喝きょうかつされていたこと。


 そこでわたしが声を上げて止めようとしたこと。


 そして、それをあいつに助けられたこと。


「つまり、わたしが怖いのに無理していたことをあいつは見抜いていたの」


「ふむふむ」


「そのときね『……怖かったのによく頑張ったな』っていいながら頭を撫でてくれて」


「おお……やるじゃないですか、あの男」


「でね、そんな優しい言葉をかけられながら頭を撫でられた瞬間、なんか身体がぶわあって熱くなって、電気が流れたみたいに触られてるところがぴりぴりってして」


「そ、そんなふうになったんですか?」


「うん。なんか言葉にしにくい感覚なんだけどね、心臓がどきどきしてすごかった……」


 はえーといいながらみうみうは感心したようにわたしの話を聞いていた。


「でもそこまでドキドキするなんて、恋に落ちる感覚っていうのはすごいんですね?」


「前から予兆みたいなのはあったんだけど……あそこまでドキドキしたのは初めてだった」


「じゃあ恋を自覚する前から、その男のことが気になってはいたんですね?」


「……だってあいつ、なんだかんだ優しいところあるし、趣味もおんなじで話しやすいし、一緒にいると楽しいし、身体つきだって鍛えてるからかっこいいし、笑った顔とか意外とかわいかったりするし、そんなふうに思ってたときに、わたしのことを守ってくれて男らしいところも見せられたりしたらさ……」


「ちょ、ちょっと待ってください、もうノロケ話はいいですから。どこまでそいつにベタ惚れなんですかつむつむは!?」


「だ、だって、わたしこの人のこと好きかもしれないって自覚しちゃったら、もうそんなふうにしか見えなくなってくるんだもん! おかしいのは自分でもわかってるわよぉ!」


 そんなつもりはなかったのに、わたしはあいつの魅力的なところを語ってしまっていた。


「そりゃ、わたしも最初はあいつのこと、めちゃくちゃ失礼で、変態で、ありえない男だって思ってたわよ……顔だって、そこまでわたしの好みじゃなかったし」


 あいつの第一印象は、わたしが少女漫画を読んで夢に見ている白馬の王子様からは程遠いものだった。


 出会いだって、ビッチだの童貞だのとお互いに言い争う口喧嘩くちげんかから始まったようなものだし、正直最悪だったと思う。


「……でも最近、ちょっとしたことであいつのこと考えちゃうの」


 遊園地にデートにいってからは特にひどかった。


 今、あいつはなにしてるんだろうとか、いつも何時に寝てるんだろうとか、このお菓子、あいつが食べたらなんていうかなとか、どんなにくだらないことでもあいつに結びつけてしまう。


 こうやってみうみうに話をしているとわかってくる。


 わたしがもう、引き返せないところまであいつのことが好きになってしまっていることに。


「……あいつともっと手を繋いだり触れ合いたいって思うし、わたしのことかわいいって言ってほしい。それからあのときみたいに、頭とか撫でてほしいし、キ、キスだってあいつとなら……してみたいし」


 最後のほうは恥ずかしくなってだんだん小声になりながらも、わたしは自分の気持ちを吐き出した。


 みうみうはそんなわたしを見てぽかーんと口を開けていた。


「……恋とは恐ろしいですね。つむつむをここまで変えてしまうなんて」


「……わたしも、そう思う」


 自分でも昨日の今日で変わりすぎだと自覚している。


 数週間前の自分に今のわたしを見せたら、驚いて腰を抜かすんじゃなかろうか?


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