第27話 名前を知らないお友達

「ああー最高だったわね!」


「はい、最高でした!」


 あたしたちは二人とも、今日は一日中笑っていた気がします。


 等身大フィギュアとの写真を携帯のカメラにばっちり収め、大量のグッズを袋に詰めて二人で並んで歩きます。


 あたしはもちろんのこと、つむつむも満足げな表情を浮かべていました。


 まだまだその興奮が収まらず、話し足りないあたしたちは、おいしいお菓子が食べられるカフェに入って休憩することにしました。


 和菓子が好きなあたしはわらび餅と抹茶パフェ、洋菓子が好きなつむつむはベリーのタルトとシフォンケーキを注文しました。


 こうやって二人の時間を過ごすのも、イベント後ならではの楽しみです。


 二人でお菓子を交換したりしながら自分の大好きなゲームの話をして、とても充実した時間でした。


 しばらくは今後のアップデートがどうなるかとか、新規キャラの登場とかゲームの話で盛り上がったのですか、そのうち話題も底を尽きはじめ、ふたりともぽつぽつと自分の近況を話し始めるようになりました。


 最近あった楽しかったこととか、そんなことを話すうちに、つむつむがこんなことを言い始めました。


「ちょっと前からね、わたしの家に家庭教師がくるようになったの」


「家庭教師ですか?」


「うん。しかもそいつが最低な男で、お姉ちゃんに手を出そうとしてるのよ」


「ふむふむ?」


「だからわたしはお姉ちゃんに悪い虫がつかないように、そいつを魅了してやろうと思ったの」


「つまり、つむつむはその不思議な力を使って男を追い出したわけですか?」


「それがね、聞いてよみうみう。わたしが今まで一度もやったことないような過激な誘惑だってしたのに、なんでかわかんないけどその男には魅了魔法が効かないの」


「へえ? つむつむの魅了魔法が効かない人がいるなんて驚きですね」


 あたしはつむつむが魅了魔法を使えることと、その力の強さを知っています。


 強靭きょうじんそうに見えた男があっという間につむつむに逆らえなくなって、ほいほいと言うことを聞くようになったのを見たときは信じられない気持ちでした。


 そんなつむつむの強力な魅了魔法が効かない男とは、いったいどんな奴なんでしょうか?


 しばらくはつむつむの話、というかその男の愚痴ぐちのようなものを聞いていたのですが、突然、つむつむが深刻な顔でこんなことを言い出しました。


「ねえ、みうみう。パンツを見せて誘惑したのに魅了に耐えて、いきなり筋トレを始める男ってどう思う?」


 あたしは度肝どぎもを抜かれました。いきなりなにを言い出すんでしょうかこの人は。


「は? なんですか急に。頭がおかしくなったんですか?」


「いや、割と本気で質問してるよ?」


「冗談であって欲しかったんですが……」


 質問の意図は測りかねますが、あたしは気になったことを聞いてみました。


「パンツ見せて誘惑って、本当にそんなことしたんですか?」


「わ、わたしだってやりたくてそんなことやったわけじゃないわよ?」


 どうやら実行犯みたいです、何やっているんですかこの子は?


 でも、本気で質問しているとうのは嘘ではないようで、つむつむはじっとあたしの目を見つめて答えを待っているようでした。


「とにかく、筋トレはいいとしてつむつむのような可愛い女の子がパンツを見せても魅了されないってことですよね? それは可能性が二つあると思います」


 あたしの答えを待ちわびるように、つむつむは机から身を乗り出してきます。


「その男がホモであるか、もしくは不能であるかのどちらかじゃないでしょうか?」


「やっぱりそうよね! あの男はホモじゃないだろうから、きっとインポだったのよ! うん、そうに違いないわ!」


 つむつむの大きな声に、店員が驚いた顔でこちらを見ていました。


「つむつむ。あたしが小声で言った意図を考えてください。何でかい声でインポとか叫んでくれているんですか、ぶっ飛ばしますよ?」


 つむつむは今ごろ店員がこちらを見ていることに気が付いたようで、頬を赤らめて縮こまりました。


 目があった店員は小さく会釈えしゃくして気まずそうに去っていきました。


「……でも、インポであることは間違いないと思うの」


 まだ続くんですかこの話?


「言っておいてなんですが、どうしてそう断言できるのですか?」


「だって、わたしがスク水のメイド服を着て、猫耳まで付けた格好をして身体をくっつけたりしても、そいつはなんともなかったみたいだし……」


「ええええ!? なんのお店ですかそれ!? そんなことしちゃったんですか!?」


「だ、だって間違えて媚薬びやくを飲んじゃったりしてたんだもん! それに、ネットに意見求めたらそんな感じの格好をして男に迫れば魅了できるって返ってきたから……」


 なんですか媚薬を間違えて飲んじゃうって。


 あと、ネットの解答を信じて実行に移すあたり、つむつむはその辺の常識が欠落していると思います。


「というか、どうしてそこまでして魅了したいんですか? もしかしてその男が、お姉さんに実際に手を出すようなことをしたんですか?」


「そういうわけじゃないけど……でも、わたしに勉強をさせてくるし」


 それは家庭教師なのだから普通のことではないでしょうか?


「なにより、負けっぱなしはわたしのプライドが許さないわ」


 つむつむはめらめらと対抗心を燃やしています。


「それに、わたしばっかり恥ずかしい思いをしてるから、ぜったいにそいつを恥ずかしい目にあわせてやりたいの!」


「話を聞く限りではつむつむが自爆しているようにしか聞こえませんでしたが……あと、目的が変わってませんか?」


 お姉さんに近づく悪い虫から、お姉さんを守ることが目的じゃなかったですっけ?


「でも、今までどんな男でもあっという間に魅了してきたつむつむが形無かたなしですね」


 まさかこんな相談をされるとは思いもよりませんでした。


 男が思い通りにならないからどうしたらいいかなんて、つむつむには一番縁遠いものだと思っていました。


「だからわたしも困ってるのよ。みうみうも一緒にどうしたらいいか考えてくれない?」


「あたしに何を求めてるんですか? あたし彼氏とかいたことありませんし、男友達すらいませんから、男の扱い方なんてひとつもわかりませんよ?」


「……それはわたしも似たようなものなんだけどさ」


 お互いに顔を見合わせて固まってしまいます。


 あたしたちは、なんてはながない女子高生なのでしょうか。


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