第21話 対等な関係
「
「うん。月麦はそれが溶けた水を被ったせいで、あんなふうになってしまったみたい」
まあ、サキュバスがいるくらいだし、いまさら
「まったく、なんてものを俺に飲まそうとしてくれるんだあいつは」
とりあえず、月麦が入れた飲み物とか作った食べ物は、今後不用意に口にしないようにしておこう。
「本当にごめんね。私がちゃんと月麦のことを見ておくべきだったね」
「いやいや、日葵さんは悪くないですって」
悪いのは今、自分の部屋で幸せそうに寝ているあのビッチ。優しい日葵さんが心を痛める必要なんかどこにもないのだ。
「ところで月麦は大丈夫なんですか?」
日葵さんが部屋に駆け付けてくれたあと、月麦は日葵さんの姿を見つけると甘えるように抱き着いて、すぐにこてんと眠り込んでしまったのだ。
大量の媚薬を被ったことで何か体に異変が起きるかもしれないし、あいつが自分で
「あ、うん。体はしっかりと
「まったく呆れますよ。そんなんだから自分で媚薬を被ったあげく、嫌っている俺に水着で抱き着くような羽目になるんですよ」
「ふーん? 大地くん、月麦に抱き着かれちゃったんだ?」
はっ、しまった。日葵さんの前でこんなことを口走るなんて
妹に手を出すような浮ついた奴だと思われてしまったら困る。それでだけは避けなければ。
でも日葵さんは俺のそんな心配をよそに、嬉しそうに笑っているだけだった。
「あのね、大地くん。たとえ媚薬の効果があったとしても、あの子は本気で嫌っている相手に抱き着いたりとかはしないと思うの。だから、安心してもいいんじゃないかな?」
「安心?」
「だって好きなんだよね、月麦のこと?」
「はあああぁ!? 俺があいつを? ないです、それだけは絶対に!」
これはまさか、まだあのときの勘違いが続いているのか?
「そうなの? 月麦だって大地くんのことを悪く思ってないから誘惑を続けているんだと思うし、大地くんならあの子を任せても安心できるからいいなって思ってたんだけど」
日葵さんからそれだけの信頼を得られていることがわかったのは喜ばしいのだが、俺の望む形とはまるで違うので、この勘違いだけは
「あいつが俺を誘惑してくるのは勉強がしたくないのと、俺のことを首にして日葵さんに近づけさせないようにするためだと思います」
「うーん、そうなのかなあ?」
「はい! それに、俺が好きなのは……」
「好きなのは?」
い、言えない! シャイな俺には『俺が好きなのは日葵さんのような清楚な人なんです』なんてセリフ、言えるわけがない!
このときばかりは自分のヘタレさが
「……
ああああ俺のバカ! ここで寂しくなった夜に抱き枕にしているキャラクターの名前を憧れの女の子に告げる奴がどこにいる!
さっき月麦に魅了されかけたときに脳内で会話したせいで、こんなところで出てきちまったじゃねえか!?
「そのアニメって面白いの?」
ああ、日葵さん。あなたはやっぱり俺の天使なんですね。
気持ち悪がったりバカにしたりせずに、俺の話をこうやって聞こうとしてくれるなんて。
「面白いですよ。月麦の部屋にその原作の漫画も置いてありましたので、今度読んでみたらいいと思います」
「そうなんだ、じゃあ月麦に借りて読ませてもらおっと」
ふう、なんとかやり過ごせたな。余計なことは口走るもんじゃない。
「そういえば、日葵さんは月麦に魅了されたりしなかったんですか?」
あのときの俺はとにかく必死に日葵さんに助けを求めたけど、よく考えたら日葵さんが魅了されてしまったら大変なことになっていたかもしれない。
「うん、大丈夫だったよ。それに、あの子の魅了魔法は私には効かないの」
「そうなんですか? 前は女の子にも魅了魔法が効くって言ってませんでしたっけ?」
「うん、効いちゃうよ。でも、私には効果がないみたいなの。なんでだろうね? 私にはサキュバスの血が混じっているからかな?」
なるほど、同じサキュバスの血を受け継ぐ者同士だから魅了が効かないってことなのか。
「だから、月麦が私の言うことを素直に聞いてくれる子だったら、大地くんにも迷惑をかけずに済んだのかもしれないね」
日葵さんは悲しそうに言った。
自分がきちんと妹に言うことを聞かせられて、勉強を教えることができたら、こんなふうにはならなかったと思っているのだろうか。
「そんな、迷惑だなんて思っていませんよ」
むしろ日葵さんと仲良くなる機会を与えてくれてありがたいくらいである。
「大地くんはいつもそう言ってくれるよね。本当にありがとう」
日葵さんは優しい笑顔を浮かべて、月麦の部屋に視線を向けた。
「あのね、さっきの月麦のことが好きかどうか、みたいな話の後でこんなこと言うのは大地くんは嫌がるかもしれないんだけど、月麦のことを嫌いにならないであげてほしいの」
「えっ?」
「大地くんにはわからないかもしれないけどね、あの子、大地くんと話すのがすごく楽しそうなんだ。月麦も数年ぶりじゃないかな? こうやって遠慮なく男の子と話すのは」
日葵さんは俺の
「だってあの子と付き合う子たちは、魅了魔法でいつでも言うことを聞かせられるってことが前提にある関係になっちゃうんだもん」
常に月麦の方が上に立つ。そうなってしまうのは仕方がないのかもしれない。
気に食わないことがあれば魅了で支配してしまえるような力を、彼女は持っているのだから。
「でも、大地くんは違うよね?」
「まあ、そうですけど……」
毎回必死で耐えなければならないという条件がついていますけどね?
「だから、大地くんはこれからも月麦と対等な関係でいてあげてほしいの。もちろん、無理にお願いはできないんだけどね? 大地くんがどうしてもあの子のことを受け入れられないなら、それも仕方ないことだと思うから」
「……別に俺はあいつのことを嫌ったりしていませんよ、俺を何とかして魅了しようとするあの
俺にとって月麦は、不思議と嫌いになれない相手だった。
誇り高き童貞の俺を誘惑してくるどうしようもない奴ではあるのだが、趣味が同じで会話のテンポがはまることとか、一緒にいて全く気を使わなくていいということもあり、意外と俺はあいつとの関係に収まりの良さのようなものを感じている。
「うん、よかった。ありがとう大地くん」
日葵さんは俺のその言葉を聞いて、安心した表情を浮かべたのであった。
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