女神様に、リベンジをオススメされてます。

グランロウ

邂逅

 小さい頃から、僕はいじめられっ子だった。


 それがいつから始まったのか、覚えてない。


 小学校では、宿題を写させろと勝手にノートを持っていかれるなんて序の口。

 新しく買ってもらった筆箱を、何故か「生意気だ!」とか言われて踏んづけられて、初日に傷付けられたこともあった。

 図画の時間で絵の具を使ったとき、「試し描きだ!」とか言って僕の体操着に落書きされたこともあった。

 その他にも色々あるけど、最も多かったのは言葉によるモノだったと思う。

 例えば「くさい」、「キモい」、「近くによるな」、「あっち行け」とかとか。


 一度、同じクラスだった幼馴染が助けてくれようとしたことがあった。

 担任にいじめの事を伝えたんだ。

 でも、強く訴えたわけではない。

 誰が誰をいじめているのかをはっきり伝えたわけじゃない。

 そこは言葉を濁したそうだ。

 担任も、そこを深く追求はしてこなかったらしい。


 翌日、クラスで学級会が開催された。

 題材は「いじめ」だ。

 みんな口々に言う。

 いじめは良くない、と。

 担任も大変満足した顔で頷いて、学級会は無事終了。


 いじめはどうなったか?

 聞くまでもないんじゃないか?

 確かに僕も、少しは期待してたところはあった。

 でも、そんなことで無くなるわけないじゃないか。

 表に出さなくなった分、余計酷くなった。


 担任に進言してくれた幼馴染も、「もう一度先生に言ってみよう」とか「今度はもっとはっきり強く言ってみよう」と言ってくれたけど、僕がそれを止めさせた。


 だって、言えば言うだけ酷くなるんだ。

 それが良く分かった。

 なら、今の状態を我慢したほうが、まだいいじゃないか。


 それでも「でも……」と納得してない幼馴染に向かって、僕は酷いことを言ってしまった。「お前には関係無い」とか「もうほっといてくれ」とか。

 あの時の、アイツの泣きそうな顔、今でも覚えてる。

 でも、どうしようもないじゃんか……。


 中学に上がっても、いじめってのは当然のように付いてきた。

 僕のモノを勝手に持っていかれるとか、パシリにされるとか。

 言葉によるいじめより、そういうのが多くなった気がする。


 ある時、何も説明されず校舎裏に連れて行かれたことがあった。

 タカられるのか、それとも暴行を受けるのかとビクビクしてた僕に、「そんなことしねぇから安心しろよ」と言われても全然安心なんかできっこない。


 ふだん人気ひとけの無い場所に着いて一人放り出されたら、そこには綺麗な女の先輩がいた。

 長い黒髪でスラッとしてて、とにかくすっごい美人で、グラビアアイドルをしてるとかで、当時入学して数ヶ月の僕でも知っているような、学校一美人で有名な先輩だ。


「君が、麻生あそう春人はるとクン?」


 僕に気付いた先輩が、僕の名前を口にした。

 何故僕の名前を? とか、何故先輩がここに? とか、いろいろ疑問が頭を駆け巡ったけど、その答えはすぐに分かった。


「ごめんなさい」


 少し困った顔でそう言って謝る先輩。

 そして返される、書いた覚えも渡した覚えも無いラブレター。

 全てを悟るには、それで十分じゃないか。


 次の日には、僕も有名人になっていた。

 学校一の美少女に告白して、あっさりフラれた新入生として。

 自分で書いた覚えのないラブレターの非常に痛々しい内容と共に。


 ◇


「……で、何故僕はこんな自分の黒歴史を掘り起こされているんでしょう?」


 口調が、思わず丁寧なものになっちゃってる。

 でもそれは仕方のないことだと思う。

 だって相手は「女神様」なんだから。


 中学校の卒業式である今日、ほとんどのクラスメート達は教室で卒業アルバムに寄せ書きを書きあったり、カラオケにくり出したり、後輩に囲まれて花束貰ったり制服のボタンをねだられたりしている中、僕は誰に声掛けられることなくいつも通り一人で家に帰ってきた。


 共働きの両親は留守の家で、いつものようにアニメ見て、ラノベ読んで、夕飯をコンビニで買ってきてチンして食べて、風呂入って、歯磨きして、軽くソシャゲして、そしてベッドで寝たハズだった。


 いつもとの違いなんて、せいぜい脱いだ学生服をゴミ袋にツッコんだくらいだ。

 ちなみに、学生服というのは燃えるゴミなんだろうか?

 それとも燃えないゴミに出すべきなんだろうか?

 ……まあ、そんなことはどうでもいいか。


 確かに寝たハズなのに、気付いたら僕はここにいた。

 この「女神の部屋」ってところに。


 右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても、全て真っ白。

 真っ白で何もない空間。

 足元すら床も何もない。

 自分がどうしてそこに立っていられるのかよく分からない。


 そんな空間にいるのは、僕と、この部屋の主だという、自称女神様だけ。


「自称だなんて失礼ですね。ちゃんと本物ですよ?」


 ……どうやらこちらの思考は筒抜けらしい。

 確かにそういうところは女神様っぽいというかなんというか。


 ちらりと女神様に視線を向けてみる。

 っていうか、その他は全て真っ白な空間なんだ。

 女神様しか視線を向けるモノが何もないしな。


 見た目は同じ歳くらいの女の子。

 黒髪だからか、顔付きは日本人っぽく見える。

 でも、瞳の色は金色だ。


 それに……、なんとなくだけど、知っている人に似ているような気がする。

 それが誰なのか思い出せないのがひどく歯がゆい。


 でも、考えてみれば、こんな美人な知り合いなんて僕にいたか?

 入学早々に、した覚えのない告白で断られた先輩じゃない。

 じゃあ他に誰がいる?

 それとも、テレビとかで見たアイドルとかか……?


「ふふふ。ありがとございます。素敵な殿方に美人だなんて言われると、とても嬉しいですが、照れてしまいます」


 にっこりと微笑む笑顔の中に、照れなんて微塵も感じないんですが?


 きっと、美人だなんて言われ慣れているんだろうなぁ。

 僕を「素敵な殿方」って言うのも、お返しのお世辞のようなモノなんだろう。

 そういうところからも、この手のやり取りに慣れてる様子が伺える。

 

 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 それより他に、聞きたいことがある。


「で、その女神様は突然僕をこんなところに呼び出して、しかもいきなり延々と僕の黒歴史を見せられて、いったい何の御用なんでしょう?」


 そう。

 それが問題。


 正直、寝たハズなのに変な空間にいたなんて、それはもう夢としか思えない。

 実際の僕はちゃんと自分の部屋のベッドに寝ていて、夢を見ているだけ。

 そうに違いない。

 そう思いたい。


 ……でも、うまく言えないけど、夢なんかじゃない気がするんだ、これ。

 妙に生々しいというか、妙にはっきりしているというか……


 もし……もしもだよ?

 もしこれが夢なんかじゃなく、本物の、現実リアルなんだとしたら?

 そんなラノベみたいなこと、ありえないけど、ありえないけどっ!

 でももし、ありえちゃうとしたら……?


 僕はどうしてここにいるんだろう?

 そして、僕はどうなっちゃうんだろう?


 まさか……まさかとは思うんだけど。

 今後はこの女神様にまで僕はいじめられちゃう……とか?


 今日ようやく中学を卒業して、高校はちょっと遠いけど、僕をいじめてたやつが来ないところを選んだというのに。


 もしそんなことになったら、僕の黒歴史は小中時代だけでは済まないってこと?

 それこそ、今後の僕の人生全てが黒歴史に塗りつぶされてしまうってこと?


 さすがにそれは悲惨すぎないか?

 いったい僕が何をしたっていうんだ。

 あ、思わず涙が……


「あのぉ、もしもし……? 私は貴方をいじめたりしませんよ?」

「……ホントに?」


 思わず聞き返していた。


 その言葉、信じていいのだろうか?

 いやちょっと待て。

 簡単に信じちゃダメだ。

 今までだって、そんなこと言って近付いてきて、結局は僕を利用するだけ利用した挙げ句、いじめ側になったヤツはたくさんいたじゃないか!


「むしろ私は、貴方にご褒美として贈り物ギフトを差し上げたいな、と思っているんですよ」

「……ご褒美?」

「はい、ご褒美です」


 話がよく見えない。

 なんのご褒美だ?

 身に覚えが全く無い。


「いえいえ。貴方はちゃんと色々頑張っていますよ。私はちゃんとそれを見ています。たとえばですね。この一年間、毎日学校のプランターへの水やりをかかさなかったではないですか」


 本来の園芸委員のヤツに押し付けられたヤツだ。

 だって、逆らうのも怖かったし。

 それに、植物は恫喝どうかつもしてこないし、文句も言わないから、別に水やりは嫌いじゃなかったし。


「その前には、うさぎへの餌やりも、毎朝かかさずしていましたよね」


 それも同じだ。

 本来の飼育委員に押し付けられたからやってたヤツだ。

 うさぎも懐いてくれて結構可愛かったし、別に嫌いじゃなかった。


「それに今日は、学校帰りの公園で、迷子の幼子おさなごを助けてあげたじゃないですか」


 それは、たまたまだ。

 中学を卒業できた嬉しさからか、普段ならしない寄り道をして、たまたま公園のベンチに座っていた僕のところへ、小さな子供がやってきて、僕の制服をつかんで泣き出したんだ。

 迷子だと言うので仕方なく公園入り口の交番までその子を連れて行ったら、そこに母親がいた。

 ただそれだけだ。

 周りには他に人も少なかったし、ホントたまたま僕がそこにいたってだけだ。


「なかなか素直じゃありませんね。……こういうのを、こちらの世界ではツンデレと言うんでしたっけ?」


 ……ずいぶんと俗物な女神様だな、おい。


 コホン、と小さく咳払いする女神様。

 それからおもむろに口を開き――


「ですから、ご褒美です。麻生春人さん、人生のリベンジ、してみませんか?」


 そうのたまった。


「……リベン……ジ?」

「そうです。リベンジです。あ、リベンジというのはですね。仕返しとか雪辱を果たすという意味でして……」

「いや、言葉の意味は知ってますけど」

「ならよかったです」


 にっこり微笑んで女神様は更に言葉を続けてきた。


「そうですね。一口にリベンジと言いましても様々な手段があります。けれど、やはり流行はやりは異世界転移か異世界転生でしょうか。なにしろ完全にまっさらな状態から再スタートできるというのが非常に魅力ですね。さらにレアで強力なスキルを持てるだけ持って、聖剣などの強力な武器もオマケで持ってってもらって、無双しまくって、女性にもモテモテな人生、とかいかがですか?」


 …………………………はい?


 今一瞬、思考がフリーズしてた。

 だって、そりゃあ無理ないよね?

 いきなりなんなのこの展開。

 どこかのB級ラノベですか?

 しかも流行りって何? 今流行ってるのそれ?


 そんな僕の心のツッコミは華麗にスルーされて、女神様の御言葉はまだまだ続く。


「ちょっと想像してみてください。剣と魔法の世界、金髪碧眼でハンサムな貴族長男に転生して、幼馴染の美少女エルフや貴方に忠実な獣耳娘、さらには年上美人の魔法の師匠までもいて、ちょっとしたトラブルが起きようとも、現在の記憶を元にした知識チートやレアスキルの能力、そして何より仲間たちとの深い絆で困難を次々と乗り越えて、のし上がっていく!」


 ……おお。

 まさに王道だな。


「それが、作り話なんかではなく、貴方自身がその中心にいる、紛れもない事実になるんですよ?」


 よくある展開ではあるけれど、でもそれが自分になるというのは……。

 確かにそれはすっごく憧れるかもしれない。

 しかも美少女エルフに獣耳娘とか……ゴクリ。


「あ、あの……。そんな異世界なんて、ホントにあるんですか?」

「ありますよ」


 事も無げに即答される女神様。

 きっぱりはっきり断言されたよ。されましたよ。


 そうなんだ。

 異世界あるんだ。

 すげぇ……。


「ちなみに、人外という選択肢もありますよ。たとえばそうですね。最強種族のエンシェントドラゴンとか? ああ、最近の流行りはスライムとか蜘蛛の魔物でしょうか」


 ……もしもし?

 よくその流行り、ご存知ですね?

 確かに僕もアニメ見てますが。


「あ、あの……」

「はい?」


 なおも女神様は熱く語り続けようとしていたようだが、ちょっと気になることがあったので、申し訳ないと思いつつ口を挟ませてもらった。


「異世界への転移とか転生って、こちらへ戻ってこれるのでしょうか?」


 ラノベの中では、戻ってこれないことが多い。

 転移の場合は「行って帰る」のパターンもあることはあるけど、少なくとも転生の場合にはそれは無い。だって転生って、こちらでは死んで、あちらで生まれ変わるということなんだから。


「ご想像通りですね。戻ってくるというのは無理だと考えたほうがよろしいですね」


 やっぱり。

 正直、異世界に興味が無いわけじゃない。

 その手の王道パターンに憧れるところは多々ある。……ホントに。


 でも……でも、こっちの世界を捨てる、ということには大きな抵抗がある。

 確かにいじめられていて、イヤになることもたくさんあるけど、まだ自分の人生そこまで捨て切れてないというか……


 だって、こんな僕にも良くしてくれる人だっている。

 両親とか。

 僕が突然いなくなったらきっと悲しむと思う。


 それに、幼馴染のアイツだって。

 小学校のあの件以来、ロクに話もしなくなってるけど、アイツの泣き顔は今でも覚えていて、あの時のこと、後悔してるのも確かだ。


 アイツにとってはもう、僕なんて今更かもしれない。

 でも、あの時、僕のことを心配してくれて、一生懸命に考えてくれたのは事実だ。

 なのに僕はまだ、あの時のことアイツに謝れてもいない。


 そんなアイツを、そんな人たちがいる世界を、そう簡単に切り捨てることは、僕はできないよ……。


「あ、あの……異世界じゃなく、現世というかこっちの世界というか……」


 思わず口にしてたけど、そうだよ!

 いきなり異世界なんて飛躍しなくても、まずは自分の今いるこの世界ではどうなんだろうか?

 なんとかできたりしないんだろうか?


「もちろんこちらの世界でも大丈夫ですよ。例えばそうですね。貴方のパワーとスピードをフル強化して、圧倒的な強さで相手をケンカで負かす、というのはいかがです? 最もシンプルですが、だからこそ最も分かりやすい、いじめに対するリベンジだと想いますよ」

「……そんなこと、できるんですか?」

「もちろんです。おそらく世界一の格闘家にだって圧勝できちゃいますよ」


 事も無げに断言してくれちゃう女神様。

 とっても頼もしいけど、なんか、凄過ぎない?

 いやもちろん、それでも異世界よりはおとなし目なのかもしれないけど。


「ちょっと想像してみてください。貴方をいじめていた人たちの中に、ケンカにめっぽう強い人はいませんか? もしいたら、その人を呼び出してケンカするんです。周りにはその人の仲間や、その人が絶対に勝つと思っている人たち、さらには今まで貴方をバカにしてた人たちもいるんです。そんな人たちの前で、相手を圧倒的な強さでやっつけるんです!」


 目を閉じて、その光景を想像した。

 中学の一つ上の先輩で、いつも僕をパシリにしていたヤツが思い浮かぶ。

 すごく偉そうな態度で、いつも周りにガラの悪い仲間を引き連れていた。


 そんなヤツらが見てる中で、圧倒的なパワーとスピードで相手をやっつける想像をする。


 相手のパンチもキックも全然僕には当たらないんだ。

 僕は圧倒的なスピードで、余裕の紙一重で全て躱しちゃう。


 そして僕からのパンチやキックを相手は一つも躱せない。

 全部モロに喰らって、その一つ一つが痛くて痛くて、相手は大きく顔をしかめる。


 どんどんどんどん傷やあざが増えて、見るからにダメージが溜まっていく相手。

 それに対して僕は全然余裕の表情。

 むしろ相手を可哀想とさえ思っている眼差しだ。

 そうか、これが憐憫れんびんというヤツか。


 肩で息して憔悴しょうすいしきったような顔しながらも、最後の手段とばかりに特攻しかけてくる相手に、僕はあざやかにそれを躱して、とっておきの一発を相手のボディに叩き込む。


 膝から崩れる相手。

 想像してなかった展開に息を呑む観衆たち。


「どうです? スカッとするんじゃないですか?」


 ……否定はできない。


 だってそれは、ある意味ずっと夢見てきたことでもあるんだから。


「では、そうしますか? すぐにでも……」


 笑顔で片手を上げ始めた女神様に、でも僕は首を横に振った。


「いや無理、ですよ」

「……無理? いいえ。全然無理なんかではありませんよ。今すぐに貴方に能力ちからを授けましょう」

「いいえ、そうではなくって!」


 僕の言葉に首を傾げる女神様。

 その目は僕に説明を求めている。


「えっと、それは確かにスカッとするかもしれないですけど、でも実際そんなことしたら、周りの人たちが黙ってないですよね。きっと加勢に入ってきて、僕がどんなに強くなっても多勢に無勢で、そのうち木刀とか鉄パイプとか、もしかしたらそれよりもっと危ない武器とかも使われて結局は……」

「それはまた、ずいぶんと弱気な発想ですねぇ」


 呆れられてしまっただろうか?

 でも、今までの人生、何をしても好転なんてしなかった。

 小学生の頃の学級会なんかがいい例だ。

 何かしたら、状況がよりひどくなってしまうことばかりだったんだ。

 だから、きっと今回だって……


「でしたら、それを更に上回れば良いのです。そうですね……。では、魔法も使えるようにしましょうか」


 ……はい?

 今なんて言った?

 魔法?

 さっき話してた異世界じゃなく、こっちの世界で?


「はい。魔法です。貴方の世界は、基本的には魔法の無い世界ですけど、でも持ち込むことは可能ですから」

「……マジ、ですか?」

「はい。マジ、です」


 僕のノリに合わせてくれちゃう女神様に、とっても素敵な笑顔で頷かれてしまった。


 今更かもしれないが、魔法って、あれだよな。

 火の魔法で炎を自在に操ったり、風の魔法で相手を切り裂いたりする……


「はい。その魔法ですね。一般的な系統としては、火、水、風、土、光、闇などの属性がありますけど、どれがいいですか? この際だから、全属性、いっときます?」


 それはまたずいぶん気前、いいですね……


「そうですか? 最初から私は、それくらいの贈り物ギフトを差し上げるつもりなんですけどね」


 異世界とか言ってたんだからな、確かにそうかもしれない。

 っていうか、あまりにも唖然としすぎて、言葉がうまく出せないでいる。

 女神様がこちらの思考を読み取れるからなんとなく会話が成り立っているけど。


「全属性の魔法を最高レベルで使えるようにいっとけば、貴方の世界ではもはや無敵だと思いますよ。なんでしたら大国の軍隊相手でも、一人で圧勝できちゃったりすると想います」


 すげぇけど、すげぇけど!

 でもそれってもはや人間じゃないかも……?


「人間じゃない、ですか? 確かに普通の人間を超越しちゃってるかもですね。でもいいじゃないですか、それでも!」

「……はい?」


 あ、声が出た。

 と、変なことに感心している自分がいる。


「だって、みんなして貴方をいじめてたような世界ですよね? なら今度は、貴方がやり返しちゃえばいいんじゃないですか? ……そう、魔王になって」


 魔、王……


「パワー、スピード、そして魔法。圧倒的な能力ちからで世界を掌握しちゃえば、もう貴方をいじめる人はいなくなります。むしろこれからは、貴方が誰かをいじめちゃっても、誰も逆らえない世の中にできますよ」


 ……ちょっと待て。

 なんだこの話の流れ。

 これじゃまるで、この人、女神というよりむしろ……


「邪神じゃないですよ、私。紛れもない正規の女神ですから」


 思考は読まれて、さらに先読みされたみたいだ。

 でも、邪神じゃないって本当だろうか?

 だってあの発想は絶対に女神のそれじゃないと思う……


「そこは見解の相違、というやつですね。別にそれを強く勧めるつもりはないです。ただ、そういう選択肢もありますよ、というだけです。あとホントに女神ですよ、私。これでもちゃんと第一級女神免許は取得してますし、この世界を管理するために大主神様からの承認も頂いてますから!」


 エヘンっと胸を張る姿はちょっと可愛らしい。

 でも、え? 何?

 ちょっと待って?

 女神って免許制なの?


「ですです。そりゃあ私も遠い昔には、とある世界で『終焉の魔女』なんて呼ばれてブイブイ言わせていたこともあったんですけど、とある事件がきっかけで、当時その世界を担当していた女神様に拾っていただきまして、その縁で女神への推薦を受けまして、いろいろと苦労はしましたけど無事女神試験に合格したんですよ。これでも研修とかは成績も良くてですね、指導教官の受けも良かったこともあってトントン拍子に第一級女神の試験資格も得ることができて、さらにはその試験も一発合格! 女神見習いから第一級女神になるまで最短記録を叩き出したと神界では評判の、紛れもないれっきとした女神なんですよ私は」


 すっごい勢いで得意げに語る女神様。

 ドヤ顔が眩しい。


 でも……でもさ。

 そのセリフの最初のほうに出てきた「終焉の魔女」って単語が、僕的には非常に引っかかったんだけど、それって僕だけなんだろうか……?


「ふふふ。まあ私の話はひとまず置いとくとして。魔王がお嫌でしたら、別に他の手段でもいいんですよ。例えばそうですね、収納魔法なんかいかがですか? 貴方をいじめていた人たちや気に入らない人たちを片っ端から収納しちゃうんです」


 なんかまた怖いこと言い出してないかこの人。


 その笑顔が少し怖いと思うのは気の所為せいだろうか?

 うん。気の所為ということにしておこう。


 収納魔法ってアレだよな。

 ラノベでよくある定番便利魔法の一つ。

 宝物庫アイテムボックスとか、無限収納インベントリとか呼ばれるチートだ。


「人ではなく、今の私は女神です。立派な神なんですから。そこはお間違え無いようにお願いしますね?」


 にっこり微笑む女神様からの圧がすごい。

 思わず何度も細かく首を縦に振って頷いていた。


「話を元に戻しましょう。そう、その収納魔法です」

「えっと、あれ? でも、収納魔法って生きた物は絶対に中に入らないのがお約束では……?」

「別にそんな制限事項はございませんが?」


 逆に、不思議そうに首を傾けられてしまった。

 そうか、あのお約束はあくまでラノベの中の話か。

 お話ストーリーを面白くするための制限事項エッセンスで、実際には無かったのか……。


「ちなみに、中の時間の流れは自由にできちゃいますよ。時を止めておくこともできますし、十倍くらい速い時間の流れにしちゃうことも可能です」


 もはや何でもアリだわ、コレ。


「気に入らない人を収納しちゃって、百倍の時の流れで一時間くらい閉じ込めてから解放してあげるんです。本人は百時間、およそ四日間閉じ込められてたことになりますね。大抵の人はそれくらいすればおとなしくなるものですよ」


 ちょっと想像してみる。

 収納先がどんな場所なのか分からないが、もし何もないような空間だとしたら、そんなところに四日間も閉じ込められていたら、確かにおとなしくなるくらいしそうだ。


 相手を物理的に傷付けたり、殺したりしない分、僕の心のハードルも低いかも?

 精神的に追い詰める手段になるが、僕だって長い間いじめられて、精神的にも苦しめられていたんだから。

 それを考えれば、それくらいの精神的苦痛なんて可愛いものだろう……たぶん。


「それでもまだナマイキ言うようであれば、もう二、三時間追加で閉じ込めてやればいいんですよ」


 ……え゛っ?


「なんでしたら千倍にして、一年くらい収納しておけば、あとは海にでもポイッてすれば済みますから、超簡単です。とってもお手軽で、周りに気付かれることもなく実現できますので、目立ちたくない、魔王にはなりたくない、というのであればかなりお勧めかもしれないですね。更に言えば収納容量は無制限ですので、いくらでも、好きなだけできますよ」


 とたんに、僕の背筋に冷たい何かが伝い落ちた気がした。

 終焉の魔女の二つ名は、伊達じゃねぇ……。

 もしかしてこの人、やったことがあるんじゃなかろうか……?


「ですから、今の私は人じゃないですって」


 ぷうと膨らませた頬は、ちょっと可愛らしいが、それに騙されてはいけない。


「……ふう」


 片手を頬に当て、一息ついてから女神様は言葉を続けた。


「きっと今の貴方に一番必要で一番足りないのは、気概きがい、だと思うんですね」

「……気概?」

「強い意志と言いますか、気性と言いますか……」

「いや、言葉の意味はさすがに知ってますけど」

「やられたらやり返す。『善意は倍に、悪意は十倍にして返せ』とは、いつの時代でもどの世界でも変わることのない普遍の共通認識でしょう?」

「いや聞いたことないです! 少なくともこっちの世界では!」

「それくらいの気概を持て、ということです。何か理不尽な目にあったら、完全に諦めるのではなく、せめて相手を呪い殺してやる、くらいの気持ちは持っても良いと思いますよ?」

「……それ、ホントに女神様のお言葉ですか?」

「もちろんです。人同士の関わり合いは非常に複雑です。一方がそれを我慢して溜め込んでいるのが正常だなんてありえません。先程も言ったでしょう? 『善意は倍に、悪意は十倍にして返せ』ですよ」


 女神様が一歩、僕の方に近付いてきた。


「そうですね。まずは自分を「僕」ではなく「オレ」と呼んでみてはいかがですか? ささやかな事かもしれませんが、そういう第一歩から、全ては始まるモノですよ」


 女神様が更に一歩近付いてくる。


「今の貴方は、そのような気概は失ってしまったということなのかもしれません。貴方の今までの人生を思えば、それは仕方ないことだったのかもしれません。貴方は今までどんなに気概を持とうと頑張ってたとしても、それを全て挫かれてきてしまったのでしょうから」


 女神様が更にもう一歩近付き、僕を見上げながら「でも」と力強く言葉を続けてくる。


「今、それを取り戻すチャンスだとは思いませんか?」

「……チャンス?」

「そう、チャンスです。私は、貴方に能力ちからを授けることができます。それは貴方が、その気概を取り戻すための能力、持ち続けることを助ける能力になるでしょう。使い方は貴方次第。好きなように使えばいいのです」


 女神様が金色に輝くその綺麗な瞳を柔らかに細め、微笑みながら見上げてくる。


「私が、許します」


 ◇


「……で? 結局、その美人な女神様から、どんなチートな能力ちからをいただいたの?」

「えっと……」


 オレの隣を一緒に歩く幼馴染の声にとげけんと冷気が過分に含まれているような気がするのは気の所為せいだろうか……?

 気の所為だよな。

 そんなモノが含まれる理由なんか無いし。


 今日は高校の入学式だ。

 オレと、今オレの隣にいる幼馴染の藤崎ふじさき弥生やよいはこれから三年間同じ高校に通う。

 まさかコイツも同じ高校を受験していて受かっていたとは知らなかった。

 一応県内でトップクラスの進学校なんだけどな。


 オレは運良く勉強はそれなりにできる方だったし、オレをいじめるヤツらから逃れるには都合がよかったから必死に勉強したんだが、コイツもオレと同じくらい成績良かったらしい。


 小学校でのあの出来事以来ずっとお互い距離を取っていて、家は隣同士だというのにオレたちはロクに会話なんかしてなかった。

 中学三年間は、一度も口を聞いた記憶がない。

 というか、ほとんど顔を合わせたことがなかった気がする。

 お互い、無意識に色々とタイミングをずらしていたのかもしれない。

 だから、コイツの成績なんて知らなかった。

 でも、あの高校に受かったんだから、そういうことなんだろう。


 これでコイツとは、小中高と一緒の学校になるわけだ。


「女神様には『善意は倍に、悪意は十倍にして返せ』って言われてさ」

「なにそれ、すごい格言ね」

「弥生はどう思う?」

「ちょっと乱暴、かな。気持ちは分からなくもないけど」

「だよな。オレもそう思う。だからさ、『善意は倍に、悪意は水に流せ』くらいがオレには丁度良いんじゃないかな、と思って」

「それはそれで……。んー、まあ、春人らしいかもだけど」

「言いたいことは分かるよ。でも今までのオレは水に流すこともできなくって、ずっと心のどこかに溜め込んでしまっていて、ふさぎこんで、うつむいてしまっていた。けどさ、今回の女神様との邂逅でなんとなく分かった気がするんだ」

「何が分かったの?」

「水に流す方法ってのがさ」


 弥生が「ぷっ」と少し吹き出した。


「なにそれ」

「女神様にいろいろなリベンジの手段聞かされてさ、それらを想像してみて、そしたらなんか胸がスッとしたんだよ。もしホントに能力ちからを貰って、それを使ってやり返してたら、相手を傷付けたりしてたら、その場ではスッキリするかもだけど、後になってきっとオレは後悔しちゃうと思うんだ」

「あー、確かに春人はそんなところあるよねぇ」

「こればっかは自分の性分だからな。どうしようもないだろう。でも……でもさ、嫌なことがあっても、その事を誰かと話すことができて、その人がオレの気持ちを理解してくれて、その上で嫌な相手をギャフンと言わせるようなことが想像できたらさ、それを笑い飛ばせればさ、それできっと水に流せるんだって、分かったんだよ」

「……ふーん」


 ん? あれ?

 なんか反応が薄い?

 っていうか、なんかちょっと不機嫌っぽくなってない?

 なんで?


「春人の言う、その誰かっていうのが、今回は女神様だったというわけだ」

「え? ああ、まあ、そうだな……」

「別にいいけどねぇ。で? 今後も春人はその女神様に頼るわけ?」


 ……ああ、そういうことか。

 なんとなく弥生の不機嫌の原因が分かった気がする。


「いや、女神様がそう何度もオレなんかの相手してくれるわけないだろう? だから……」

「だから?」

「その、えっと、……次からは、弥生に頼めれば、とか……」

「ふーん。私は女神様の代わりってことかぁ。仕方なく幼馴染の私に頼むってことなんだ」

「バッ!? 違っ!? そうじゃねぇよ。そんなんじゃなくって、……やっぱ、オレのこと、分かってくれそうなの、お前じゃないか、とか、思って……その……」

「え? 何? よく聞こえなーい。もっとはっきり言ってよ。周りにも聞こえるくらい大きな声で! ほらほら!」

「――っ! 言えるかっ!」


 ◇


 結局オレは、女神様から何も貰わなかった。


 女神様も「ホントにそれでいいのですか?」と一度だけ確認してきた。

 けど、オレが頷くのを見て「分かりました」と笑って言ってくれた。


 ◇


 女神様との邂逅から目を覚ました時、時計の針は夜中の二時を回っていた。

 なんとなく喉が渇いて、台所で水を一杯飲み、自分の部屋に戻ってきたが、なんとも目が冴えてしまってすぐには眠れる気がしない。


 ふと窓を見れば、カーテンの隙間から月が見えた。

 丸い月だ。

 今日は満月だったのかもしれない。


 なんとはなしにカーテンを開け、窓を開けてみた。


「あっ」


 聞こえてきた小さな声に振り向くと、そこには弥生がいた。


 オレたちの家は隣同士で、オレも弥生も二階に自分の部屋を持っている。

 お互いの部屋の窓は、さすがに相手側を覗けてしまうほど真正面に位置してないが、多少ずれているだけだ。

 だから、お互いが窓から顔を出せば、当然会話くらいはできる距離になる。

 ……お互いに手を伸ばせば、届くくらいの距離になる。


「……ひさしぶり」

「ああ。ひさしぶり、だな」


 小さくつぶやくような弥生の声。

 オレも、そんな返答をひねり出すのがやっとだった。


 だって、久しぶりで、ホントに超久しぶりで。

 それに、今ここで会うなんて、全く想像もしてなかったから。


 言いたいことは色々あったはずなのに、全然言葉が出てこない。


 沈黙の時間だけが、二人の間を流れる。


 情けないことに、先に言葉を発したのは弥生のほうだった。


「ゴメンね。春人も顔出すと思ってなかったから、ちょっと油断しちゃった。ゴメン、すぐ引っ込むから……」


 その言葉で、やはり弥生もオレと顔を会わせないよう、今まで気を使ってくれていたんだと察した。

 そしてそれが分かった時、オレも口から言葉が飛び出ていた。


「ちょっと待ってくれ、弥生!」


 ちょっと大きすぎる声だったと後から思った。

 弥生も目を丸くして、その後「しぃー」と言いながら指を口元に当てた。

 その顔は、少し微笑んでいた。


 オレは、謝った。

 もちろん小学校でのあの件だ。

 これだけは、どうしても謝りたかったんだ。

 そして謝るのが遅すぎて、今までずっと謝れずにいたことも謝った。


 弥生の方もオレに謝ってきた。

 弥生も弥生で、いろいろと思うところがあったようだ。

 結局お互い謝り合って、最後はそれがなんとなくおかしくなって、笑い合った。


「私に提案があります!」


 一頻ひとしきり笑い合った後、弥生がそんなことを言い出した。

 何かと思ったら、「春人イノベーションプロジェクト」の発足だとかなんとか。

 そして翌日から春休みの間中、オレは弥生に引っ張り回された。


 美容院で髪をカットし、メガネも新調し、服や靴もいろいろと回って買い揃えた。

 メンズネイルとやらは、さすがにカンベンしてもらったが。


 今人気のスポットにも連れて行かれた。

 ファッションを揃えたら次はそれをお披露目する機会が必要なんだよとか、場馴れも必要なんだよとか、色々と力説されたっけ。

 いくつかのアミューズメントパークに、オシャレなカフェ、押さえておきたい話題の映画などなど。

 というか、それらは弥生も行きたかったところでもあったらしい。


 その中で見つけた綺麗な白いヘアピンを弥生にプレゼントした。

 三月三日が弥生の誕生日だったから。

 もうとっくに過ぎていたんだが、いろいろな礼もこめて、ね。

 すごく喜んでくれて、こっちも嬉しかった。


 ……ちなみに、イノベーションの言葉の使い方、ちょっと違うような気もするんだけど、それは口にはしなかった。


 ◇


 オレの足が止まり、それに気付いた弥生の足も止まる。

 もう目の前は、これからオレたちが通う高校の校門だ。


 校門前には「入学式」と達筆な字で書かれた看板が立てかけられ、その横では新入生らしき人たちが家族と記念撮影をしている。さらにはその順番を待っている人たちで周囲はひどく混み合っている。


 オレたちの両親は後から来ることになっている。

 校門で記念撮影するつもりはない。

 だから、順番待ちのために立ち止まったわけじゃない。


 たんなるオレの感傷のようなモノだ。

 あの女神様の言葉を借りるなら、これからオレは、人生へのリベンジを始める。

 この学校で、それをするんだ。


 ――パシン!


 背中を叩かれた。

 いい音はしたが、実際はそれほど痛いということは無い。


「頑張れ、春人はると!」


 叩いた本人がにっこり笑ってくる。

 コイツなりに気合を入れてくれたってことだろう。



 そう言えば、一つ解せないことがある。

 あの夢の中の女神様の顔と声。

 弥生にそっくり――違うのは瞳の色くらい――なのは、なんでだろう?



 ……ま、いいか。


 そしてオレは、人生へのリベンジに向けた一歩を踏み出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女神様に、リベンジをオススメされてます。 グランロウ @granrow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ