第150話 南国のバラ 9

「ええと、私ったらそんなにスゴイのかしら?なんか……何でその、スピットがバラバラになるのかは知らないけど…………」


「はい、スゴイですね……もしも、その時に見た時計がどちらも正確なら、ですが……それでも凄いことです」


 ローレルは素直に感嘆を口にする。


「あぁ……そこらへんは私も断言できないわねぇ……」


 そしてお互いに苦笑する。


「ですよね……。ところで話は変わりますが、飛行機は翼の上面を湾曲させて、空気に押し上げてもらって飛んでいるって、知ってますか?」


「え……?ふうん、そうなんだ……」


 フレヤの空返事にローレルは手を軽く膨らませて見せた。


「これが翼の断面です。あ、この下面は平らで少しこう…上げ角になっていると思って下さい。これは単純にぶつかってくる空気を下に押し下げるための形でもあるんですが、こんな風に上面を膨らませると、上面を通る空気は下に比べると長い距離を通り過ぎますよね?」


「ええ……」


「翼は空気を切り裂いて進みますから、そうすると上の空気は下よりも高速になって気圧が下がり、混み合っている翼の下の空気に押し上げられるというわけです。まあ、ホントはもっと…空気の渦とか、ややこしいんですけど……」


「!……」


「どうでしょう……何となくイメージは掴めます?」


「え?ええ……」


 空気の力を利用する……それは魔女である自分達が自然と行ってきた最も馴染みの深い方法なのだからイメージどころか大気の力を実感として思い返す事が出来る。


 と言っても、人々が飛行機を目にするようになってから間もない頃である。ほとんどの人が揚力なんて知らない中で、フレヤは魔女だからこそ、漠然としてはいるが、飛行機は翼のそのカタチとプロペラの前に進む力を使って飛んでいる事を理解できた。


 そして、かなり自分達と似ていたことが意外とも感じていたようだ。


「ふうん……面白いモノね飛行機って。でも、何でそんな講義を急に始めたのかしら?」


「それはですね、あまり興味が無さそうなフレヤさんが、相づち程度とは言え聞いてくれた『バラバラ事件』の謎を解き明かす為です」


「あ、ああ、そうなの……?」


 戸惑うフレヤを置き去りに、ウンウン、と頷いたローレルの講義は始まった。


「飛行機を浮かせる力を『揚力』と言いますが、翼を設計する時には、旋回性能はもちろんですが…揚力と予想される最高速度とのバランスを計算しているんです……」


「なんで?」


「揚力というのは、速度が上がればどんどんと増していくものなんです。それをふまえて……それじゃあフレヤさん、アール少佐の乗るMk5は、どれくらいの重さがあると思います?」


「はぁ?」


 今度はピッと指を立てたローレル先生からの質問だ、けれど、フレヤは少し面倒くさそうに眉を持ち上げた。


「さあ……1000…キロくらい?」


「いえいえ、空を飛ぶから軽そうに見えるかもしれませんが、実は3000キロ近い重量があります」


「ふうん……」


 やはりあまり興味は無さそうだが、講義はまだ終わらない。


「その大部分の重さは胴体にあるんですが、それを持ち上げて支えているのは、あのペランペランな2枚の翼なんですよ?」


「ええと、何かしら……?そりゃあ、飛行機を作る事の苦労はしのばれるけど……私達は昔から鳥が飛んでいる姿を見てきているからかしら?羽ばたきはしないけど、飛行機が飛ぶあの姿を…不思議とは思わなかったわね」


 するとローレルはまた頷いてニコリと笑った。。


「そうですよね……元々飛行機は、鳥を模倣して造られと言えますからね」


 あ、誘導された……と、フレヤは閉口した。だから鳥をイメージするように『翼』と言っていたのか……と。


「…………」


「でも、鳥の翼はとても柔らかくて、その上、たたんだり角度を変えたり、自由に形を変える事まで出来ますが、飛行機の羽根はそうはいきません。それでも、離着陸の時には速度をおとして揚力が足りなくなるので、『フラップ』という呼びの羽根をちょこっと出す程度のことはしています」


 そして再びローレルは飛行機の翼を手で形どった。


「何故、そのままでは離着陸も出来ない翼を設計したのかというと……それだけの揚力を生み出す翼ではスピードが出せないんです。スピードを出せば翼を持ち上げる力も強くなって、形を変えることもできない硬い金属の翼では受け流すことも出来ずに、真っ直ぐに、前に進もうとする胴体に逆らって浮き上がろうとバタバタともがき始めます……。特に降下している時、3トンもの重量が手伝ってスピードがあっという間に限界を超えてしまうと、翼は大きく振動し始めて、操縦桿は固まったように動かなくなり、そして遂には……胴体から引き剥がされる様に翼が根元で折れてしまうんですよ」


 残念そうにローレルの飛行機も墜落した。


「これが、少佐が言っていたバラバラ事件の真相です」


 ローレルが今度は満足そうに話を締めくくって、フレヤはアトキンズにチラリと目配せをした。


「これで、事件の謎は解決したのね?でもローレル先生、とても分かりやすい授業だったけど……それで、この話のオチがちょっと、分からないのだけど?」


「『オチ』ですか?何も無いですよ。でもせっかくの機会だから、飛ぶために人が造った翼と、今の精一杯を教えたかったのかな……。多分、結局……当分の間は、人の造り出すモノは、あの自由な鳥には敵わないと思います。それにもちろん、フレヤさんにも……」


「え…な、なによ、突然……?」


 するとローレルは鼻息を荒くして、胸を張って言った。


「でも、いつか……優雅で、自由で、魔女よりも速い、フレヤさんを負かす飛行機を作ってみせます……。もちろん、武器なんか載せませんよ?」


「えぇ……?」


 ローレルはそんな混じり気の無い決意を二人に宣言した。

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