第151話 黒い雲

 戦争の様子に店はしばらくあきらめて、夜は郊外で過ごす事を知ったアトキンズとローレルはそれなりに納得して帰って行った。


 それなり…と言うのは、フレヤとしてもしようもなく、やっぱりこの場所には固執していて、許す限りの時間は自宅で過ごすつもりでいるようだからだ。


「でも、必ず、絶対に空襲警報が鳴るとは限らないですよ?」


 心配性からでは無く、可能性の一端からローレルは言った。


「そうだな……ついこの間も、南部でレーダーが破壊されて、その直後の爆撃では警報が遅れて大きな被害が出た」


 更にアトキンズはローレルを支持する言葉を添えた。


 もしも魔女が、予知能力や千里眼を持っていないかぎりは、無防備な隙を無くすことは出来ないはずだ。


 でも、もしかしたら……そんな期待と好奇心を言葉にせず秘めていても、二人はフレヤの反論に期待せずにはいられない。もっとも、魔女を相手に心情を隠す事は厄介な事で、隠すための『覆い』が透明なビニールみたいなものだ。


(あら、面倒くさい……コレはなに?私が同意することへの期待…?ああ、違うわね、その子供っぽい目は…………)


 結局、それ以上はフレヤも二人の期待に応えることもなく、ゆえに二人はそれなりに納得して帰って行った。


(何か変な期待をされていたけど、あの二人の期待には応えられなさそうね。いえ……そもそも私は、人の期待に応えられるような人間じゃ無い、か…………)


 そうして、フレヤはメイポールのドアを閉めて鍵を見つめた。






 ところでそんな頃、郊外とはいえ、隣家も離れ野趣に溢れる中にあるソフィアの実家の庭先には、大きなガーデンテーブルがある。


 そこでは陽を浴びながらお茶をしたり、ちょくちょく家族が集まっては食事を楽しむ場所なのだが、どういうわけか今は、ちょっと縮こまったセアラに向かい合って、真顔でピリッとした様子のエラが座っていた。


「それじゃあ、説明して下さいな、先ほどのお電話でのお話……」


(うぇー……まさかまさか、それに何だって今ごろ〜?)


 さて、エラはつい先ごろ、自宅の離れで仕事をしていた合間での事。ちょっとした息抜きも兼ねて母親と外に出て話をしていた時だった。


 たまたま庭先に顔を出した野良猫が二人を見かけて『にゃあ…』と鳴いた瞬間、その時の話題を忘れるようなメッセージを受け取った。


「何事かとお母さまとふたりで肝を冷やしましたわ。『フレヤが戦場に飛んで行った……何かする……タスケテ……』て、直感的にアナタだとは思ったけれど……」


(えぅ…っ)


 そう、コレはフレヤが昨日、静止も聞かずに飛び出して行った直後、不意に目の合ったカラスに無意識に『乗って』しまったメッセージである。思いがけない事だったせいなのか、強く思っていた事だけが散りぢりに強調されて伝わっていたようだ。


「わたくし達に助けを求めるならば、動物に伝言を任せるよりも電話でも良ろしいし、直に尋ねて来るも良ろしいし、とにかく他の手段を使う方が早くて確実なのに……少し妙に感じて先ずは電話をしてみれば何とも要領を得られませんし……」


 電話でしどろもどろに口籠もるセアラは『大丈夫』を繰り返すばかりで、エラは痺れを切らしてセアラに会いに来た。


「まったくあの人は周りの人の気持ちも考えずに勝手気ままな事ばかり……あなたにメッセージを送るつもりが無かったとしても、あのメッセージにはフレヤさんを想うあなたの気持ちが込められていましたわ」


(あ……だからフレヤさんじゃなくて私のところに……)


 エラの気遣いにセアラはホゥっと温もりを感じた。エラはフレヤに小言を言いにきたのでは無い。無事でいることは分かっていたしそのまま電話で済ませることはせず、セアラ気持ちをあのメッセージで受け取りおもんばかって飛んで来たのだった。


 「それで?野放図なフレヤさんは今度は何をしたのですの?それに『無事な』当のご本人は何処にいらっしゃるの?」


「いや、何ってー。フレヤさんは家に帰っている…はずだけどー……」


「ねえセアラ……フレヤさんを庇いたい気持ちはよく分かっていますわ、それはわたくしも同じなのだから。わたくしもトウに諦めているけれど、お互いに…厄介な『姉』を持ってしまいましたわね?」


「エラ…姉さん……」


 それでも少し嬉しそうに困った顔をするエラにつられて、セアラも苦笑してため息をつき合った。


 そしてようやくセアラが重い口を開こうとした時、辺りに気配も無いのに不意に声を掛けられる。しかも上から……


「セアラちゃーん!」


「は…い?オ…うえ?!」


 高いモノといえば家の周りに生えている木々くらいのものだが、そこはセアラも魔女だった。何も無い空から呼び掛けられても普通の人並には驚かないようだ。


「アリャ?ルカちゃ…ソフィアさん!」


 空からの来訪者は同じ魔女のソフィア・アレンビーだった。


「セアラちゃんっ、セアラちゃん!!」


「は?はい?ハイ、はい…っ!?」


 まだ地に足もついていないのに、ソフィアは血相を変えてセアラを呼んだ。しかも不安やら心配やらの気色がダダ漏れだ。


 そんなソフィアに詰め寄られるセアラを見て、思わずエラは吹き出した。


「ぷふ……っ、どうやらお節介やきの『姉』がもうひとり増えたようですわね、セアラ?」


「い!?コレってやっぱり?……でも何でこんなタイミングーっ?」

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