第144話 南国のバラ 3

 南東から侵入した爆撃機はメイポールにほど近いイプスウィッチの郊外を通り過ぎる。44中隊が落とした3機目はコントロールを失ってゆっくりときり揉みしながら道路の狭間に墜落して、幾つかの住宅を巻き込み瓦礫を飛ばし、機体を削り四散させてから止まった。


 残った5機は身体を引きずるように飛び、絶え間ない攻撃に晒されながらも爆弾の投下に備える。その中で息も絶えだえな2機はそこが限界と見たのか、腹に抱えていた塊を遂にその場で解き放った。


 ゾワッとする寒気に身体をすくめたパイロット達の中で、特別な目を持つアトキンズは片方の爆撃機から落とされた爆弾に目を凝らした。


(何だアレは?弾形が違う!)


 しかし見慣れない爆弾に気を取られている暇は無い。それでも機体を振り回すチャンスにその行方を目で追っていく。


 そして、少し距離も離れて黒い塊が半分ほど落下したところで異変を目撃する……


「ナニっ?!」


 黒い影は地上からの距離を残して突然炸裂した。その途端、無数の小さな物体を空中に散乱させて『親』は力尽きたという風だ。


「誤爆……いや、ただの時限信管?!いや違う……っ」


 いくら遠目の効くアトキンズでも小さなその物体が何かを確かめる事は出来そうにない……そしてその答えは、すぐに誰の目にも明らかなモノになる。


「あの小さなモノはまさかっ?!」


 広範囲に散った小さな点が地上に不揃いなタッチダウンを決めた瞬間、街が数百メートルの幅に渡って閃光と爆煙に包まれた。


「なんて事をっ!!」


 更にもう一機が落とした通常の400キロ爆弾4発が街を吹き飛ばし衝撃波の波紋が広がった。


「!」


 通常の爆弾の被害にも目を覆いたくなる破壊力はあるが、アトキンズの頭にこびり付いたのは広範囲に小型爆弾を撒き散らした特殊な爆弾の方だ。


(小型爆弾だと?!あの広い攻撃範囲、必要とされる破壊力……アレは対建造物じゃない。明らかに…対人用の兵器だ!)


 アトキンズも初めて目にした戦慄の新兵器。その威力と目的、そして今日、使用されたこの場所を思うと強い憤りに飲まれそうになった。


 この後に親子爆弾と呼ばれ、近代では無差別兵器としてオスロ条約で使用を禁止された非人道兵器、『クラスター爆弾』が初めて使用されたのは実はこのイプスウィッチが世界で初めてとされている。


 ドイツが使用したこの新爆弾の名前は『SD2』小型の爆弾がコンテナに100以上も格納されていて、好きな高度で子爆弾を撒き散らすことが出来た。


 そして、わずか2キログラムの小型爆弾は散弾によって半径100メートル以内の人間を死傷させる威力がある。


「なんてモノを作りやがる……」






 爆発で建物が粉砕されて飛び散り、或いは、無慈悲なクラスター爆弾が街をべろりと舐めて削る度に自分も傷を付けられる。どんなに達観しようとしてもそんな痛みにフレヤは目をしかめた。


「そうよね……」


「え?なに、フレヤさん……?」


「ウチがある郊外なんかには目もくれない。ひとつでも多くの家を壊すため、ひとりでも多くの人を傷付けるために……街の中心部や家が密集している場所を狙うワケね……」


 フレヤがそう呟いている時にも空爆が空気を震わせてセアラがビクッと身を縮める。残った3機の爆弾がばら撒かれて爆発音と同時にその場所は黒煙に包まれた。まるで惨劇の瞬間を覆い隠すように……。


「ひどく悪趣味で…残酷なマジックね……」


「…………」


 無差別で不条理な攻撃に対する非難をふつふつと漏らすフレヤを見て、同じ感情を抱きながらもセアラは何も言うことが出来なかった。






 今、照準器の中には敵機のコックピットがある。投下態勢で機体を水平に維持しているこれがラストチャンス……


「代償は払ってもらう……!」


 フレッドは確実に命中させるために機を逃さずにトリガーを握った。


 パパパッ……という小さな炸裂音と振動がパイロットに届く…がしかし、2、3発を放ったところでブローニング303機銃の撃鉄がガチっと動きを止めた。


「っ!、弾切れかっ!?」


 フレッドのハリケーンMk2の装弾数は12丁で4200発。そして1丁に350発が装填されているこの機関銃は1分で弾を撃ち尽くす。その連射性能は1秒間に80発以上もの弾を撃つことが出来た。


 フレッドも無駄弾を撃たないように常に神経を使っているが、この長丁場で、しかもエースである彼は他のパイロットよりもチャンスが多かった。


「くそ!使い過ぎか?いや…俺にもアール少佐のような集弾力があれば……っ」


 無意味な無いモノねだりにフレッドは自分で舌打ちする。


 本当に無意味だ……そんな嫌な後味を噛みしめながら、ふと彼は思った。類い稀な操縦技術と飛行センス、人間業とは思えない精密な射撃。


 アレほど規格外な力を持ち合わせているのに改めて思えば撃墜数が見合わない……実力に対してむしろその数が少なすぎるのでは、と。


 そんな雑念も虚しく投下された爆弾が吹き飛ばす。しかし何も出来ない……この爆撃で避難はしていたもののイプスウィッチの住人に死傷者が出た。

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