第143話 南国のバラ 2
取り敢えず、イプスウィッチの砲兵隊は出会い頭の1機目を撃墜して見せるが、やはりその後は簡単ではない。軽い回避行動をされるだけでもとにかく当たらない。
しかしここが正念場である。どれだけ当たらなかろうが無駄な浪費にはならない。そして、こちらに狙いを定める為に動きが直線的になる僅かな隙を突いて、ここぞとタイミング良く集中砲火を浴びせるしかない。もっともその頃には距離が近すぎて高射砲の出番はなくなってしまう。
突然に空から悪意の塊が降ってくる。住んでいた街は瓦礫が散乱して景色も変わり、もしかしたらあなたも住む家を失って、あまつさえ、知り合いや大切な人を失うかもしれない。
そんな理不尽がフレヤとセアラの前で起ころうとしていた。
それを食い止めようとスピットとハリケーンが食らいつくが、1機でも多く撃ち落としたい彼等の無茶な攻撃が悲劇を招き寄せてしまう。
B中隊2班の1機が、ハインケルHe111の機銃の餌食となる。
「オールストンっっ!ラ…ラビット3がコックピットに被弾っ、墜落する!」
「クソったれが!オレが仇を取ってやるっ」
そうやってカッと熱くなる誰かにフレッドが釘を刺そうと叫ぶ。
「ムリに突っ込むな!二の舞になるぞ!!」
それでも彼等は手を緩めようとはしない。目の前に居るのは仲間の仇で見境の無い破壊と無差別な殺人を命じられたインヴェーダー、彼等にはそうとしか見えていないのだから。
ドイツ兵が持ち得ない怒りと憎しみがイギリス兵を凶戦士へと変える。それは恐怖を麻痺させるが、危険を見極める目も曇らせて生死のボーダーラインをも見誤ませる。いや、たとえ分かっていても蛮勇に走らせてしまう。
「こちらラスキンっ、エンジン停止!脱出しますっ!」
これで6機目……、しかし無茶と引き換えに2機のドイツ機は撃破した。今、一番欲しいものは撃墜するための時間だが、たった今、街の南端に達して全員の焦りもピークに達する。
もはや撃墜機が街に落ちてもやむを得ない状況だ、それでも爆弾を落とされるよりはいくらかマシだろう。
(とにかく墜とす……)
そう決めたアトキンズは敵の動きからその思惑にも気付いていた。
(高度を維持したまま街の中心部に向かっている、ということは……目的は無差別爆撃だな)
彼は歯を強く噛み締めて操縦桿を煽った。
目の前で起ころうとしていることに傍観者となったフレヤとセアラは、何も言葉に出来ずに押し黙ったまま成り行きを見守るしかなかった。
必死で街を守ろうとするパイロット達の気持ちは距離を隔てていても痛いほどに胸を刺す。店で無邪気な顔を見せていた彼等が命を削って戦わなければならない現実にセアラは途方に暮れる……。
「こんなの、痛々しすぎる……」
彼女達にとっては住む家よりも目の前の人の命、国の存亡よりも血脈の存続が何よりも尊く守るべきモノで、そしてそれが限界、他人を救おうとすれば自分の大切な人の手を離さなければならない事を知っていて、それが何より怖い事だと思っていた。
どうしたって人は、自分の手と力の内にいる者しか守る事が出来ないと、血で受け継がれてきた記憶から現実と見紛う経験をしているから……。
「相手の足を踏み合いスネを削り合う、サイテーなダンスね……」
フレヤが見下ろして蔑みと哀れみを呟くとセアラは首をかしげた。
「え?ダンス……?」
「ううん、ダンスじゃなかった。これは殺し合い。相手を翻弄して互いの命を踏み潰す…武踏という暴力だったわね…………」
セアラは命を賭している彼等にそんなセリフを吐き捨てるフレヤにカチンと少し腹が立った。
「でもっ……話し合いが通じない相手なんて獣と一緒だよ!襲われたら戦う事でしか大切なモノを守れないと思っても……仕方がないじゃない!?」
かと思うと、思わず飛び出したセアラのセリフにクールなしたり顔でフレヤは応えた。
「ええ、そうね……何を一番大切に思うのかは人それぞれだし、守る為に戦っている彼等を非難することなんて誰にも出来ないわね……」
「え……あ!フレヤさんっ、私にそう言わせようとしたでしょう?!だからワザとあんな事言って……」
「ええ?何のために?」
「な…何のため、て……ナンのため?」
よく分からない何かの企てに乗せられたようで、セアラの釈然としない顔をフレヤは笑う。
「あなたが抱いたそれは自然な感情じゃない?でも私が思って言ったことも自然な本心よ。ただ私は、彼等に言ったのではなくて、戦争そのもの…それと、私が言えた義理でもないけれど、こうなることを防げなかった未熟な全てのモノに対する愚痴よね」
「そ、それは………」
俗世にも戦争に対しても傍観者を決め込んでいる彼女達は、その責任放棄ともいえる負い目から全てを他人のせいにすることを良しとはしない。
口ごもるセアラと冷めた顔を取り繕うフレヤは、これから苦笑いも出来ない光景を目にすることになる。
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