第142話 南国のバラ

 目の前を走る車にいきなり銃をぶっ放す……フレヤがした事はそれと同じくらいに凶行じみている。


「なななな…なんてことするのっフレヤさん?!あんな…いいっいきなり『ピフューナー』を放つなんてっっ!!」


 セアラが慌てふためき、顔を赤くしてフレヤをガクガクと揺すっても、フレヤはスンと冷めた目をそらしたままだ。


「ちょっと落ちつきなさいなセアラ……」


「なっ…?それはワタシのセリフだようっ!なんかもう、いっぱいありすぎてまとまらない……けど、何か分かんないけど、こんな事して何かが大変な事になったらどうするのようっ?!」


「ふふ……なんか、全然説得力を感じないわね。とにかく何も大変な事にはならないわよ。さっきも言ったけど、墜とされた本人だって何も分かっていないでしょうし……」


「そんなのじゃなくて……っ」


 フェンリルを抑える為の魔法の紐、グレイプニール。フレヤにとって自分はグレイプニールだと例えたセアラが狼狽している皮肉のせいではないが、フレヤはその『グレイプニール』を見て笑った。


「もしもね……『皆んな』に聞かれたら、あなたは何も隠さずに見たままを言いなさい……」


「そ…それは…………」


「誰にも嘘をつく必要はないわ。あなたが見た…そのままを伝えるのよ……?」


「え……?」


 フレヤの視線の先にはまだ終わらない戦いが続いている。オーウェル川を遡り、イプスウィッチ空港がすぐ目前にまで迫っていた。


 すると、燃料の乏しくなったドイツの護衛機が次々と逃げるように撤退を始めた。ここまで到達した爆撃機は14機、ならば予想される爆弾の数は28発から56発にもなる。けっして楽観できる数ではない。


 分散して敵機の数は減ったが、それはコチラも同じこと。その上、B中隊の2機とA中隊のケインズとラングショーは中破以上で既に戦域から離脱していた。


「ドッグ1から全機へ、諦めるな!端から1機ずつ撃ち落とせ!!」


 隊長であるフレッドの檄が飛ぶ。もちろん彼等の誰ひとりとして敵に噛みつくことを止める者はいない。弾がなくなるまで、自分が飛べなくなるまで止めようとはしない。それはナニかに、もしくは誰かに止められるまで、戦争から離れることはできない。


「おいおいおい…!?ドッグワンっ、敵機が更に分かれて街の方へっ!」


 クリオーネ少尉が慌てた声で叫んでいた。


「見えている!」


 そう言ってフレッドが指示に詰まる。


 彼の中では基地だけを守る選択肢は無い。残るは2択、隊を分けるか、全機で街に向かう8機を追うのか……模範解答が前者だとは解っていてもフレッドは迷っていた。


(クソ……どうする?!)


 そのジレンマの沈黙から彼を救ったのはレイヴンズクロフトの声だった。


「44中隊全機……直ちに市街へ向かう敵機を追撃。諸君は何の為にその操縦桿を握っている……」


 問われるまでもない!爆撃機が街を向いた時から全員がカッと熱く沸く憤りを感じて飛びかかる気持ちを抑え込んでいたのだから。


 だからレイヴンズクロフトの言葉を聞いた途端、即座に、やにわに、すぐさまに彼らは取っ組み合っていた相手を放って8機の爆撃機に襲いかかった。






「フレヤさん!アレって!!」


 思惑の顕著なドイツの動きに気がついたセアラは、想像していた事でもやっぱり驚き、それでもどうしようもない現実に苛立ちが声に出る。


「私達の街が狙われているンだよね?そうだよね?!」


「そのようね。けど、いつかは来ると思っていたことよ」


「そ…そうだけど……」


 これほど具体的な現実の脅威を目の当たりにすれば、どんな心構えも儚いもの……大切なものを奪われるかもしれないと思い知れば、彼女達まじょだからこそ尚更に強い感情が湧いてくる。


 そんなままならない想いに彷徨うセアラの顔をフレヤはじっと見つめていた。






 8機の爆撃機をパイロットに任せたが、残りの6機は基地の目前にまで迫っていた。だが、レイヴンズクロフトはただ黙って好きにやらせるつもりなどない。


「彼等が離れたら各自の判断で全高射砲で攻撃。機関砲も同様だ……集中砲火で先頭から一機ずつ叩き落とせ……」


「イエス、サー」


 ピアース中佐は淡々とレイヴンズクロフトの命令を拝して粛々と砲兵小隊に指示を伝える。


 命令を受けた現場では即座に高射砲の照準器を覗き込み、だいぶ近づいている敵機に軽く見上げる角度で照準を合わせた。そして……


「ファイア!!」


 ドウン……っ!と、にぶい破裂音を響かせて鉄の砲身が叩きつけるようにスライドする。そしてこの一発を皮切りに、持てる武力を全て打つける総攻撃が始まった。


 高射砲4門と増設した対空機関砲8機による集中砲火、地対空兵器の命中率の悪さを弾数で補う。


 機関砲は2種類。タイヤの付いた軽自動車ほどの鉄骨の台車に3メートルの鉄パイプを刺したようなものが40mm機関砲。1人でも扱える20mm機関砲は、骨太な三脚のバケモノに据え付けた長さ2メートルを超える機関銃のバケモノだ。


 遠距離は高射砲と、当たれば一撃必殺の40mm機関砲を撃ちまくり、有効射程は短いものの、弾数の多い20mm機関砲で牽制する。そうは言っても当たればかすり傷では済まないが……。

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