第141話 異能の力 15
2人が戦場を前に緊迫感の無い会話をしている間にも互いに命を投げ出した戦いは続いている。
オーウェル川の河口に向かっていたドイツの編隊は、その内の3割ほどがやや南に向きを変えて別れていく。どうやら今回は少し南にあるクラクトン基地も目標に据えているようだ。となれば、残った敵の目標はハリッチとイプスウィッチに違いないと素人目にも予想できる。
目で見てそれが明らかになり、彼等の目指す先と自分の街が重なった時、俗世を観照してきた
フレヤは、そしてセアラも永い記憶を受け継ぐ魔女として、付き合いの長いその感情を良く知っているし、手懐け方も心得ている……まあ、所詮は本人の気分次第、なのだが……。
いつもの深く澄んだ瞳には人の本能でもある反抗と野蛮がわずかに滲んで、しかしそれはすぐに薄くなって消えた。
そしてセアラのいつもの調子は影を潜めて、冷淡に目の据わった『ナンナ』としての一面が表に出る。それもやはり一瞬だけ……まばたき一つで『セアラ』に戻った。
「ふう…………フレヤさんは、こんな争いの何を見たいの……?あ!もしかしてアトキンズさんが心配とか?でも心配している様子もないしなあ……」
「『アレ』はそう簡単にはやられないわよ。まあ、何が見たいわけじゃないけど……この戦いそのものを記憶に残す為かしら?今、感じている、この感情と一緒にね……」
「フレイヤとして……?」
「ええ、そうよ」
「確かにねぇ、イヤな記憶になることは間違いないけど…………」
目をそらして良いモノならば、あえて人が殺し合う光景を記憶に刻みたくはないものだ。それを自分が堪えるのは、後世に続く子供達のためだとフレヤは笑う。
「限度ってものはあるけど、悪い記憶にも、良い記憶と同じだけの価値がある。そうでしょう?」
「そうだけど……」
口を平らにして渋い顔をしながら目の前で繰り広げられている現実を見つめる。
「どっちがどっちかも分からないけど……どうもあの、大きな飛行機をめぐって戦っているような…………?」
「ええ、そう。あの大きいヤツが爆弾を載せているみたいね」
「ふうん……ナルホド…………」
さっきよりは距離が近づいていたが遠くに見える戦いにフレヤは目を細めた。
「大きいのは全部ドイツで、翼が丸くて幅のある小さいのがイギリスね」
「幅……?」
「ええと……翼がトンボみたいにシュッとしているフォルムがドイツで、鳥みたいに膨よかな翼を持つのがイギリス。ちなみに見えづらいけれど、丸いマークがイギリスで、十字のマークがドイツ」
セアラも更に目を凝らす。
「ああ……何となく、分かってきた。なるほどー、お互いにやっている事も分かってきたよ……」
爆撃機を落とそうとするイギリスと、それを追い散らそうとするドイツ。
「あっ、フレヤさん!またふたつに分かれるみたい、離れていくよ?」
だが半々では無く、3割くらいの爆撃機がやや南へと転進する。
「ハリッチね。向こうにも空軍基地があるのよ」
「え、うそ?!ハリッチに飛行場なんて無いよ?」
そう、ハリッチは小さな港町で、その周りには牧歌的な風景が延々と広がっているだけだ。
「あなた、イプスウィッチの外は飛んでいないのね?」
「だって、別に用事も無いし……」
「国が造ったのよ、広い平原に急拵えの基地をね」
「ふうん……でも、それじゃあ残りは私達の街…にぃ?!」
また浮き出したザラつきをぺぺっと叩き出したセアラは肌に感じる空気の感触に異変を感じビクッとフレヤを見た。
「ちょっ、ちょとフレヤさんっ!ナニしてんのっっ?!」」
空気がささくれてチクリと肌を突く。フレヤは1機のメッサーから目をそらさずにペロリと唇を舐めた。
「モノはタメしに……ネッ!!」
「ウソでしょっっっ??!!」
……ッパキーン!と空気を引き裂く金属音が響いた!大気は電気に炙られ分解して塩素に似たオゾンの臭気が鼻をつく!!
夜ならフレヤの遥か頭上から疾る一条の稲妻が見えただろう。しかし陽のある今の時間ではその姿は普通の人間の目には見えない……それはつまり『カミナリ』である。
「ち……ハズした」
眉間にシワをつくるフレヤを見るセアラの顔はびっくり仰天に強張った。
「ちょ……ちょっとナニやってんのフレヤさんっ!?ウソでしょ??ダメでしょ手を出しちゃ……っっ!!」
「やっぱり遠いか?なら、もうイッパツちょっと離れたトコロから……」
「イヤっだからダメだって!!ナニもう一発って……!?」
慌ててフレヤに組みつくセアラだが抱きしめられて返り討ちに合う。そして2発目の雷は何百メートルか先で鳴った!
「ああーーーっ!!」
「…………」
しかし2発目も狙いどおりには当たらず、本人は眉間にシワを作っただけだ。あきらめの悪いフレヤは矢継ぎ早の3発目……
「やっぱり『
フレヤが力を込めた瞬間、音よりも先に雷光が疾る。蛇行する筈の稲妻は明らかな意志を持って真っ直ぐに的を貫いた。
「ヒット!!」
フレヤの声にセアラはビクッと身を縮める。
「やっちゃった…………」
「大丈夫よ。こんな昼間じゃ彼等には稲光りは見えないし、狙ったのはエンジンの辺りだから……」
ましてや爆音の中で雷鳴が耳に届くことも無かった。
しかし、小さな雷を受けたメッサーのボディーには針で刺した様な穴が空き、直撃されたエンジンは動きを止めた。
「あっ、見なさいよ、どうやら効いたみたいね!」
「えぇー……」
突然エンジンが止まりあらゆる計器がダウンして、何が起きたかも分からないパイロットは機を捨てる以外の選択肢は無い。
「Was《なに》?!Oh mann《なんてこった》??」
考えている高度は無く、すぐにコックピットから飛び出すパイロットが見えてセアラはホッと息を吐いた……。
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