第140話 異能の力 14

「みーつーけーたーーっ!!!」


 フレヤが人を儚み、世を憂いて戦場を見つめていると、テンションの高い音声おんじょうがそんな悲哀を吹き飛ばす。


 聞き慣れた声だがさすがに驚いて振り向くと、セアラがもの凄い勢いと気迫で向かって来た!


 しかし、魔女は急には止まれない……


「うわーーー……っと、と…ちょっと……とと…………とっ!」


 久しぶりのスピードに奔放されて、セアラは呆けて見ているフレヤを通り過ぎていく。


「くぬぬぬっ!」


 目一杯に腕を突っ張り、スキーのパラレルターンを思わせるスライディングから前へおしりを放り出し、下を向いてブルームスティックを立てると全身で自重を受け止める。


 そのクヴァスト捌きにフレヤは手を叩いて賞賛を贈った。


「あら、やるじゃない……」


「きっつーいぃ…………!」


 セアラが気張っているのは急停止をしようと空気を固める……というのは言葉のアヤで、彼女達は石鹸の泡よりもっと薄く、真空に近い膜を服や肌に沿わせて造り、気圧に押される事を利用して自由に動きまわっていた。


 例えば靴の裏の面積だけでも空気の圧力は300kg以上、慣れないとその場所と力の加減に体力と集中力が削られていく。


 似て非なるものだが、感覚的には自転車を想像すれば良い。高速になるほどにパワー&テクニック!どちらも重労働かつ繊細になっていくのだ。


 ただ、方々に絶え間なくそんな事を続けていられないので、前進には古木の枝を利用するようになった。


 だから急な動きは力の配分が難しい。全力で止まろうとふらつくセアラを見かねて、フレヤは素早く後ろに回りこむと、お尻に優しく手を添えた。


「そうそう…もう少しお尻の辺りにも集中しなさい!教えたでしょう、身体の芯と勢いの向きを一番に意識しなさいって?」


「フーンだ!そんなこと言ったってしょうがないの。こんなにスピード出したの久しぶりなんだから……!」


 フレヤはちょっと悔しそうにアゴをしゃくるセアラの後髪を撫でて笑った。


「でも、ちょっと驚いた……久しぶりかもしれないけど、身体はちゃんと覚えているようね?それにこんなに早く追いつい…て……?!」


 44中隊を追っている間にも何度か振り返って周りを見ていたが、追って来るセアラの姿を見ていない。それでもすぐに追いつかれた……ということは、自分を目掛けて最短距離を一直線に飛んできたとしか思えない。


「セアラ……あなた、よく私のいる場所が分かったわね?」


「そうっ!そうそうっそれそれ!!」


 大きく振りかぶって指をさされたフレヤは半身になるが、その時に遠ざかりはじめている両軍が目に入った。


「あ、ちょっと待って!後を追わなきゃ……」


「ええーっ、もういいじゃないですかー……?!」


「ほらっ、手を貸してあげるから……」


 そう言って寄り添われたセアラはブルームスティックを掴まれる。


「どきっ!」


「なに?大丈夫よ……」


 でもわざとらしく微笑まれて、セアラは思わずブルームスティックを強く握った。






 高速で移動している戦域は、内包している力と破壊力を思うと、まさしく人が造り出した悪意が渦巻く台風のようだ。ただし、このタイフーンは風の代わりに弾丸を、雨の代わりに爆弾を降らせる。


 そして移動していく速度は300キロ以上、スピードも破壊力も自然の台風の方が随分とマシで可愛く思えるが、そんなスピードでも2人は楽に追いかける。


「それで?どうして私の場所が分かったって?」


 遂に答える時が来た!セアラがにやりと鼻を膨らませたのはモチロンだ。


「ふっふっふーんっ、フレヤさん!もうワタシから逃げることも隠れることも出来ないからね?!私は遂にっ、新たなるスンゴい『力』を手に入れたンだから!!」


「ナニその…まるで私が浮気性の旦那みたいな言い方……それに私は逃げないし、隠れないし……」


「ウンっ、ちょっと言って見たかっただけ!」


 フレヤは冷ややかに目を細める。


「ふうん……まあでも分かったわ、アレでしょ?例のチカラ……」


 慌てたセアラは顔の穴を全部拡げてフレヤの口を塞いだ。


「ああーーっンもうっ!気づいても先に言わないでよう!!満を持しての発表会の為にタメてたのにー……っ!」


「た、タメ…?じゃなくて、十分に驚いているわよ。それじゃあホントに?」


 セアラの鼻の穴は拡がったままに……。


「ふっふーん…ホントにっ!!」


「私のいる方向が分かったのね?」


「え?ええと、分かるというか……頭の中のイメージが目に映る、ような気がするというかぁ………何となくどれくらい離れているのかも分かるし…………」


「ふうん…………よく解らない」


「ええーー……」


 もともと掴みづらい感覚だけに言葉ではもっと頼りなく、共有することはむづかしい。とにかくセアラのがっかり具合は罪悪感が湧くほどだ。


「ま、まあ……初体験を説明するのも一筋縄ではいかないでしょう?私ももっとゆっくり聞きたい気満々だから、後でまたゆっくりと聞かせてちょうだいな、セアラ?」


「ほう?ほうほう……そう?じゃあしょうがないっ、また後でゆっくりと教えてあげまーす!」


「うん、取り敢えずは…今はアッチ……ね」


 サラリとセアラをケアしてから、フレヤはイプスウィッチに向かっている両軍に目を向けた。

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