第139話 異能の力 13

 『ルフトハムバンディーツ』……その二つ名はドイツ空軍にとって上位に連なる犯罪者であり、パイロットにとっては恐怖と羨望、野心と放棄、更に尊敬と憎しみの対象である。


 混戦の中でアトキンズを見つける者は少ないが、能力の高いパイロットほど視野が広く観察眼も優れているものだ。


「アトキンズ…だったよな?フランス以来か……相変わらずの奔放ワイルドっ振りじゃないか、何だか懐かしいぜ……!」


 そして闘争本能を剥き出しにして、落ちて来るMk5にぶつける勢いで加速する。その男はドイツ空軍大尉、ローデルヒ・メッテルニヒ。フランスの攻防戦で何度かアトキンズとぶつかっていたエースパイロットだ。


 メッテルニヒは機体をひるがえすとアトキンズに合わせて鋭く降下する。その動きにすぐに気がついたのはルーカス・ロングフェローだ。


「『バード1』っ、一機張りついたぞ!!」


 メッテルニヒも瞬時に機体を制御する技巧派だ。その無線でアトキンズはチラリと風防の上のバックミラーに目をやった。


(一機…………)


 迷いが無く正確で制御された動き、たった一瞬の鏡の画で相手の力量と圧力を感じる。コイツは難しい状況からでも素早く敵機を照準に捉えることが出来るだろう。これはアトキンズの直感でもある。


(願ったりだ……)


 厄介な相手に背後を取られたにもかかわらず彼は笑う。そう、自分が強敵を惹きつける事が出来れば味方は楽ができる、それが最高の援護にもなるからだ。すぐにまた上昇するつもりでいたが、アトキンズはこのエースパイロットを1秒でも長く引き付けることを考える。


(とは言え、落とされてやる気は無いぜ……)


 そんなイングランドエースの腹積もりは別にして、ドイツのエースはヤル気満々で迫って来る!


(どうしたアトキンズ!前より降下スピードが遅いぜ?!それで良いのか……っ?)


 メッテルニヒは一緒に降下しながらスムースに機銃をMk5に合わせていく。だが……、


「っ!?」


 しかしアトキンズは落ちる最中に機体を左にずらした。更にメッテルニヒがそれを追っていくと今度はダッキングして右へ流れる。


「コイツ……っ」


 それを絶妙なタイミングで、機体を少しも振らずに滑らせるものだからメッテルニヒも予測が出来ない。


(いいだろう、ならば機首を上げた瞬間にぶち込んでやる。このスピードと角度では急な上昇は出来んだろう……?)


 どうしたって、このまま落ちていけば当然海面に刺さる事になる。ならば大まかに、やや上に照準を合わせて背中を見せる瞬間をメッテルニヒは待つ。的が大きくなるその瞬間を……。


「!」


 すると睨んでいた昇降舵がすぐに動く、すかさずメッテルニヒは撃破を想像して、トリガーに触れていた指に力を入れた!


「っ?!」


 メッサーは1秒間に80発の弾丸を降らせるが、アトキンズが上昇に見せたのはフェイクで弾はMk5をかすめて海へ向かって消える。アトキンズは逆に機体を沈めると素早く時計回りにロールして270度回してから機首を上げた。つまりは左に逃げてから上昇に転じた。


 それも限界ギリギリ、機体と自分の身体には7倍もの加重がのし掛かり、機体とアトキンズの顔がゆがむ。重さにして500kg以上、それだけの負荷に耐えながらもアトキンズは繊細に戦闘機を操った。


 いくらエースパイロットが勝負巧者とは言っても、4秒にも満たないやり取りでこれほどのフェイントは捌ききれない。


「ちぃっ!よく踊りやがる……っ」


 ただの悪足掻きでは無い巧妙な『足捌き』にそんな言葉が口をつく。そして『盗賊』はメッテルニヒの手の内からするりと逃げて行った。


(……くそ!また後でな……っ)


 メッテルニヒはここですっぱりと追うことを諦めて戦列へと戻って行く。わざと左に躱して追う余地を残しておいたのに、アトキンズの目論みはこれではずされた。


(ダメか……コードレターも読めなかったな)


 仕方がないとすぐにアトキンズも気持ちを切り替え、戦線を見上げて次の仕事を探した。






 小さな動きは見えなくても、アトキンズの胸のすく動きに少し機嫌を直したのはフレヤだった。


(ふふん……良いリズムだったわね)


 1対1の勝負なら彼が墜とされる筈が無い。彼女は殺し合いの最中にアトキンズを見ても、そんな確信があった。


 でも目の前の戦いを見つめるフレヤのカオは、すぐに憐憫を写してスッと曇る。


(イギリスにとっては降りかかる火の粉を払う戦い……でも、ヒトはいつまで経ってもこんな事を繰り返すのね…………)


 それと同時に『フレイヤ』の忌まわしい記憶を思い出していた。一度や二度ではない、近世から古代に至るあらゆる時代のヒトの争いは、様々な立場で脳裏に記憶されている。


 そして、そんな自分をかえりみてふと思う……


(もしも人の寿命が10倍も有ったなら、たまに訪れる天災の様な戦争を繰り返すまいと努力するのかしら……?)


 でも、その望みに答えを見い出せないことが、フレヤには悲しいことだった。もしかしたら全ての争いは命の儚さゆえに繰り返される悲劇なのかも知れない。


(私達のように実の記憶として感情までも受け継いでいくことが出来たなら……殺し合うことの悲しみを共有出来る術が有ったなら、人はもっと賢く、もっと優しくなれたのかもしれないわね…………)


 答えにならない苦しまぎれな自己完結に彼女は小さく首を振った。

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