第138話 異能の力 12

 沿岸で最も内陸にあるイプスウィッチの44中隊は当然ながら最後に会敵することになる。その頃には既に大混戦の大盛り上がりになっている。


「見えてきたな!フレッドから44中隊全機、さっきのミーティング通り、交戦中は『小隊名』使用を忘れるな……」


「ドッグ1、こちらドッグ3了解……て?いやいやー、堅苦しいし今さら感がハンパないですねぇ!やっぱり咄嗟には出てこないし、オレらは可愛い動物シリーズだし……?」


 1班のラングショーあらため、ドッグ3は黄色味がかった声で顔を赤らめているに違いないと想像できた。


 他の中隊などと共闘する時は小隊名を使うことで伝達の間違いを防ぐ事が推奨される。大空中戦が無くなった現代では『アルファ』『ブラボー』など、アルファベットを示す『フォネティックコード』が使われることも多い。


 各中隊のそれぞれの班名は、A中隊の1班がドッグ、2班がシープ、アトキンズの3班がバード。そしてロングフェローが率いるB中隊の1班はスネーク、シャムロックのいる2班がラビット、3班はフォックスとなっている。


 しかし、彼等はその時々で、名前やあだ名であったり、呼称であるコールサインなどで適当に呼び合っていた。それを見かねて、せめて共同作戦中は呼び方を改めろ、そうピアース中佐にクギを刺されてしまったというワケだ。


 そしてすぐに無線から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ドッグ3……今日は電波の飛びが良い、お前の愚痴もよく聞こえるな。俺の耳には、今、お前が基地中の便所掃除をしたいと言っているように聞こえたが……?」


「!」


 シートベルトでギチギチに固定されている『ドッグ3』の背筋が伸びる。


「ちゅっ、中佐っ?!いやっまあ…愚痴っちゃグチですけど、文句じゃなくて…ですね……」


「いいから今はその口に栓をしておけ。全員、無駄話はそこまでだ。目の前の敵に集中しろ!以上……」


 これから飛び込む嵐の中では弾丸の雨が降っている。そんな災難の渦中に踏み入ろうとしている彼等が、平静で強がるでも無く愚痴でも口にする余裕を見せれば、それをピアースは頼もしいと機嫌を良くした。






 一方で、機嫌を悪くしたフレヤだって考えも無しに飛び出したワケじゃない。空の事なら誰よりも詳しいと自負している彼女は、当ても無く両軍がドンパチやっている舞台を探すよりも、ご近所付き合いの中隊を見つけて彼等の後を追った方が良いと始めから思っていた。


 案の定、44中隊の編隊を見つけるのに苦労はしなかった。戦闘機の大きな機体は下から見上げるとよく目立ち、それが20機以上の編隊ともなれば、かなり遠くを飛んでいても見落とすはずがなかった。


 そして豆粒に見えるほど距離を十分に取ってしばらく飛んでいると、先ず見えてきたのは所々に流れる黒い煙と曳行弾の無数の閃光だった。


 激しく交差する両軍は飛び交う虫の様で、突然赤く光って黒煙を引いたり、力尽きた蚊のように落ちて行く様子が見て取れた。


 そこへアトキンズを含め、イプスウィッチ中隊が躊躇うことなく突っ込んで行く。フレヤはその場に留まると彼等のしている事をじっと見つめていた。


(広く飛び回っているから数えられないけど、なんて数…………100…以上?)


 この時、イギリス南東部に飛来した敵機は爆撃機と護衛機を合わせて70機以上、対してイギリスの迎撃機は50機余りだった。


(何だか、大きな飛行機をめぐって戦っているみたいね?アッチは守りたい、コッチは落としたい……つまり、アレが爆弾を積んでいるということ?)


 そんな事を観察している間にも敵はドンドンと近づいて来る。何しろ敵は一刻も早く目標に爆弾を落としたい、爆撃機は回避行動を取りながら全速でイギリスに向かっているのだから。フレヤはやり過ごす為に尚も横に動いて遠ざかる。


「!、アレはアールね!?」


 見覚えのある飛行の軌跡とリズム、沢山の飛行機が飛び交う中で、特に目を引く動きをする飛行機がいる。


 他の機体とは明らかに異なる速度。縦横無尽に飛び回って敵が追随することを許さない。それでも敵の戦闘機が何とか追いすがろうと引っ張られると、そこだけ戦闘空域が間延びして徐々に広がっていくようだった。


「なるほど……アレがアールの戦い方なのね……」


 すると爆撃機を狙うハリケーンが動きやすくなる。しかし放っておけば護衛のメッサーに被害が拡がる。この、ままならない状況にドイツ軍は翻弄されていた。


「アレじゃあ……始めからスピードが違うのだもの、飛んでいる鳥を急に追いかけたって捉えられるワケがないわ。もしも捕まえたいのなら彼と同じスピードで飛ぶか、それとも…………」


 この距離ではスピットファイアはハエ程度の大きさにしか見えない。それでも、以前にも言ったように彼女まじょ達の五感の全ては遥かに人並み以上である。視力検査をすれば軽く3.0を超えるだろう。ちなみに彼女達よりも目の良いアトキンズの視力はアフリカの先住民並みである。


「あら?それでもアールに向かっていく飛行機がいるわね……」


 たまたまではない。明らかな意思を持って、降下を始めたアトキンズにタイミングを合わせて一直線に向かって行った。

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