第134話 異能の力 8

 クヴァストを自宅に置いて、念の為に短いクヴァストをバッグに忍ばせたまま散歩を続ける。


 少し歩いて港通りに出てから辺りを見回しても、通りの建物には特に変わった様子は無かった。


(やっぱり……爆弾が落ちたのは空港かしら?)


 ひとり、ふたりと、同じように様子を見て歩く住人がいる。まだ身を縮めて不安を押し殺し、空を見上げている老人もいる。それぞれが複雑に感情を発していたが一様に共通しているのは理不尽な恐怖に対する怒りだった。


 基地の側まで来てみると、辺りの有り様と基地からの騒音でここ迄とは様子が違った。滑走路では人と重機とトラックが動き回り、朝に見かけた大きな飛行機は、巨人に踏まれて無造作にかき寄せられたゴミみたいになっている。


 道を挟んで空港の向かいに建っていた建物はパっと見は無事なようでいて、窓の多くはガラスが割れて爆発の衝撃を物語っていた。


 この有り様を見ればさすがのセアラも困って眉間に力が入る。


「ううむ……コレはちょっと笑えません」


「ええ、そうね。それにこの攻撃が街中に広がったら、ホントに笑えないし……」


 無惨に破壊されたブレニムを見つめて黙ったフレヤをセアラは覗きこんだ。


「笑えないし?」


「ん?……笑えないし…気に入っている街を壊されるのは気分も悪いわよね?」


「うん……それに誰かが帰る家を失ったり、誰かが大切な人を失うことは…想像しただけで悲しい…………」


「本当にね……」


 ただの想像では無く、彼女達はそんな経験も先人達の記憶の中で味わっていた。それでも、先祖達が歩んできた記憶は、その全てが彼女達にとって失くしてはいけない大切なものだった。


 2人は見るべきものを見て、向きを変えてメイポールに戻ろうとした。そのタイミングで、


「ミス・メイポールーっ!」


 飛行場の向かいの建物から声を上げる者がいる。見ればガラスの無くなった窓から身を乗りだして手を振っている男がいる。2人はすぐに店に来たパイロットのひとりだと気がついて、周りを見回してから近づいていった。


「あら、無事で何よりね……ところで今の呼び名はナニ?」


「あ、いやー、ミス・フレヤですよね?それからミス・セアラ。なんか、知り合ったばかりみたいなもので名前を呼ぶのも失礼かな、と思って……」


「ふうん……随分と慎しみ深いのね?」


 メイポールの2人にくすりと微笑まれただけで、3人の男は今だに昂っていた闘争心が風に吹かれてチリと消えていくような気持ちになった。


 そう、窓際にいたのは3人の男たち……


「あ、俺はラングショー。コイツがアーキン、それからそっちがアルドリッジ……」


「ええ、ちゃんと顔は覚えているわ。まあ、次からは気を遣わずに名前で呼んでちょうだいね?どうやら私の苗字は人に教えても言いにくいみたいだし……」


 そう言われてアーキンが聞いた。


「へえー、ちなみに、その苗字を聞いてもいいっスか?」


「Norström……!」


「え?ノ……ノー…シ、トロム…?」


「いいわよ、無理しなくても……」


 だろうとは分かっていてもフレヤはフゥと小さく息をはいた。無理矢理にカナで書くならば『ノゥストロゥム』……それに『ス』が促音に近い。どうやら『川』と関係する名前らしい。


「すんませんっ、ミス・フレヤでお願いします!」


「いいわよ……」


 軽く笑顔を作ってそう言いながら、フレヤの目線がチラチラと宿舎の中を覗く。それをアルドリッジがピン!と察した。


「あ、もしかしてアトキンズ少佐ですか?」


「!……ああ、別に皆んなが元気なら良いのだけど……」


 見透かされても驚く様子は見せないがセアラには見える!焦りの小さな花火がフレヤから飛び出していたことを。


(ププ……さすがはパイロット!するどいですねー)


 と、後ろでふくみ笑いをしているとフレヤの首がグルッと回って今度はセアラから花火が散る。


(のっ!!あははー、さすがはフレヤさん……)


 そんなやり取りをすればアルドリッジに核心を与えるだけなのだが……。


「ありがとうございます、俺らは絶好調です。それと…アトキンズ少佐なら今はガッチリと寝てますよ」


「!?、寝てる?」


「はい。俺達パイロットは用のない時はなるべく身体を休めるように言われているんですよ。何しろ24時間操業なもんで。あ、でも……」


 アルドリッジがブラックな労働環境に苦笑いするとラングショーが言う。


「でも…そうは言われてもねえ……」


 男3人は揃って肩を持ち上げた。


「少佐はスゴイなあ、と思うトコロのひとつですけどね……普通は、戦いの直後に休めと言われても、そう簡単には気も鎮まらないし、またいつ出撃の指令が出るかも分からないから、昼間は大体、ボーと時間を過ごしたりするヤツが殆どなんですよ」


「ふうん……だから、眠れる彼は特別だというの?」


「まあ、疲れていれば寝落ちすることはあるけど……アトキンズ少佐はどんな時でも気負いがないというか、やたらにハラが据わっているというか……やはりトップエースは格が違うなって思うワケですよ。しかも、目を覚ました瞬間に全力疾走するんですよ、あのヒトはっ!それが特別なのかと聞かれたら、どちらかといえば異常……」


 アルドリッジは勝手に盛り上がっているラングショーの口を塞いだ。


「五月蝿いな、お前は!そんなワケでミス・フレヤ、俺が言いたかったのはそんな少佐だから寝ていてもすぐに呼ぶことが出来ますよ、ということです。呼びます?」


「いいえ、いいのよ。気にしないで」


「そうですか?だって、今は中々基地から出られないし……お店はまだアレですか?まだ開けているんですか?」


「まあね。でも閉めたり開けたり、また閉めたり……ほとんど休業状態だけどね……」


 そんなご時世に少しの弱音も吐かず、こんな惨状に弱気な顔も見せない女性達。そんなふたりにアルドリッジは実は驚き、それに感心していた。しかし同時に彼女達住民に対して負い目も湧いてきた……


「メイポールと、この基地の間には幾つもの建物があるし、この道の建物は高くて城壁みたいなものですが、警報が聞こえたらすぐに避難してくださいね?正直に言って、俺たちが頑張っても空爆を防ぎきることは出来ないんです。勝手にココに基地を造られて迷惑な話だと思われるだろうけど……」


 それをフレヤは鼻で笑い飛ばす。


「ふふん。まあ、確かにねえ……私は戦争も、戦争をする軍隊も嫌いよ。でもね、抗うことは大切なことだし、その自由は誰もが持っている権利だと思う。あなた達が自分の意思で戦うことを選んだのなら、私にはそれを否定したり、愚かだと蔑んだりする権利は無いわ。だからどうしたって兵士を嫌いにはなれないわよね……。私が迷惑だと文句を言う時はあなた達じゃなくて、首相か女王陛下、もしくは神様に文句を言いに行くから!」


 天を指差してその女性ひとは胸を張った。


「だからあなた達は謝ってなんかいないで自分がやりたい事をやれば良いんじゃない?私達も私達の信念に従うから」


「あ…はい…………」


 そう言って微笑まれると、彼女達からの確かで温かい熱に照らされて、彼等は軽くのぼせて言葉が出せずにいた。


「それでも忘れないでね?……誰かのために生きることは、人にとってとても幸福な事なのだと。その存在がどれほど貴重で幸福なことかを……だから、その大切な誰かの顔を、片時も忘れてはダメよ?」


「!、は、はい…………」


「うん。それじゃね……行こう、セアラ」


「はーい!」


 結局、その人は言いたい事を言って、彼等に何かを置いていく。言われた方はほっこりと温もって、のぼせ気味のアタマでそのまま2人を見送りそうになった。


「あっ、ミス・フレヤ!ミス・セアラ!気をつけて……っ!!」


「また店に行きますから!」


 窓から乗り出す彼等に、2人は振り返って手を振った。そして彼等には不思議な名残惜しさが残る……。


「バーテン…て、皆んなあんなだったっけ……?」


「んなワケあるか!ていうか、あんなヒト……滅多にいないだろ?!」

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