第135話 異能の力 9

 ビール?……まだ来ない。というか当分来ない。

 コーヒー?……まだ有る。豆のストックが8キロほど。

 紅茶?……もう無い。頼めば手に入るけど、いつものお気に入りじゃない。

 パウンドケーキ?……頼んでいた店が疎開でどっかに行っちゃった!


 ハウスワインは赤が11本、白が8本。貴腐ワインはたったの3本……デザートワインは人気がある。あと、他のお酒は棚に有るだけ……。まあ、メイポールのオリジナル、アトキンズがお気に入りのアイラウィスキーは樽にまだ40リットルは残っているはずだが……。


 メイポールのオーナーが言う……


「羽を少しずつむしられている気分だわ……まあ、飛べても羽はないけど…………」


「プ…っあはははは……何それフレヤさん!ウケ《amusing》るーーっ」


 『魔女あるある』とヤケにダルそうで不満気なカオがセアラの笑いの琴線を弾いた。それをフレヤは鼻でぞんざいに笑った。


「フフ、そお…?面白かったかー……それならいいわ。ちょっと救われたかも……?」


「もー……、じゃあなんで毎日お店を開けようとするの?そんなにかたくなに……」


「………………はぁ」


 無表情にセアラの言葉を噛みしめて、ゆっくりと息を吐く……。


「別にいいんだけどね。そうねえ………皆んなと同じで意地とか、他にもまあ…いろいろかな」


「うわ、月並みー……。他…てナニ、ほかって?」


 珍しく問いつめてくるセアラに白々しくクビを傾ける。すると指を差してセアラが言った。


「『I Doubt it!』」


「あら!久しぶりね?たまにはヤル?」


 それは彼女達のちょっとしたゲーム……いわゆる『ダウト』である。


 でも、カードは使わない。使うものは『単語』だけ。しかもこの場合はセアラが言った言葉にフレヤがどんな気色を発するのか、それを見て解き真実を暴くという悪趣味な遊びである。実際にはカードゲームのダウトとは違い、『尋問』と言った方が正しい。


 しかし、こんな危ういゲームも彼女達にとっては訓練として子供の頃から親しんでいたもので、お互いの確かな信頼と愛情があってこそ笑って楽しめるゲームである。


「フレヤさんは何故、営業にこだわるのか?!じゃあ……叔母さま!」


 フレヤは澄まして小さく頷いた。そしてチラチラっと愛情を漂わせる。しかしこのゲームでは聞かれる方も違う事を考えたりと、あれこれ小細工しながら本心を隠すのがルールである。感情を何も発しないことは不可能なので自分で自分をはぐらかしている。


 フレヤはこのゲームを昔から得意としていて、身構えて防御を固めた彼女を相手にすれば、ストレスが溜まるのはセアラの方だ。


「て、違ーう!叔母さまへの感情じゃなくてっ……じゃあ、アトキンズさん!」


 それでもスンとしている。でも何となく『不安』が見える。


(ふふん…想定済みよ……)


「ええー??うむむ、それじゃあ……ワタシ!?」


 フレヤは頬に手を当てて首を傾げた。


「ねえ、セアラ……これは質問が悪くない?答えも漠然としているし、正直なところ私もどう反応して良いのか分からないのだけど……?」


「あぅ……」


「イエス、ノーがハッキリしている質問もつまらないけれど、これはボンヤリとしすぎ。どうとでも回避できるし……」


 おっしゃる通り!セアラはがくりと肩を落とした。


「き、企画倒れ!……だよねえー、ワタシってばセンスなーい……」


「ふふ……私がこの店を閉めたくないのはね、これが私の営みだからよ。父さんや母さん、私とあなたと、夜会の皆んなや沢山のお客と一緒に集まれる場所。私には大切な場所でこれでも商売だし、それを戦争ごときに邪魔されているのも癪に触るし。そんな色々なことで意地を張っているのよ。だからといって固執しているつもりもないけどね、お金に困っているワケでもないし……」


 それはそうである。魔女は何世代も一子相伝のように全てを受け継いでいく。数十世代と蓄えて受け渡されてきた財産は長い長い歴史と沢山の記憶、それに少しずつ積んでは増えていた多くの財貨である。彼女達の財力を侮ってはいけない。


「ふうむぅ……フツーに良い話なのに普通すぎて期待していた答えと違う。もっとトリッキーで面白くないとフレヤさんぽく無い…………」


「なんなの、その期待……?!勝手なイメージで私を破戒者にしないでちょうだい」


「ウフフー、知ってまーす。お澄ましなお手盛りやさんは仮の姿!本当は人が大好きで情熱もたっぷりだもんねー!?あ、そうだ!これからはフレヤさんのコトをスンデレと言おうっ!ね?」


 また立ちあがったあらぬ企画に、それこそフレヤはスンと冷たくあしらう。


「却下……!『ね?』てナニよ?私のイメージを勝手に操作しないでちょーだい!」


「ええー?カワイイじゃないですかー、もー…このスンデレ!」


 無関心な顔に少し紅みが差す。割と満更でもなさそうだった。


「はあー、なんかもう、今日はヤル気が無くなってきたわ…………」


「出た、お手盛りさん復活!さっきまでの意地はいったい何だったのか?でもフレヤさんっぽくてオッケー!」


 ツッコみ返す気配も無くされるがままに澄まし顔……。


「2時過ぎ、か……上でのんびりしよっか?」


「お?はいっします!」


 これは見過ごせないとフレヤの目がキラリと光る。


「あら、たしか……あなたは店に立ちたいって豪語していなかった?」


「いっ!?まーたそんな上げ足取ってー……お店がお休みならしょうがない、全力でのんびりするだけです!!」


 コブシを握って息巻くセアラが微笑ましくて、フレヤは目を細める。


「そう……そうね。サボる時も精一杯、ね……?」


 そのまま店の鍵はかけられた。タンタンと階段を踏み、扉を開けたら取り敢えず、2人でソファーに身体を放った。


「ふう……ウチ用の紅茶ならあるけど飲む?」


「もちろんっ」


 さて、美味しいお茶でのどを潤そうとフレヤが立ち上がったその時だった。


 またしても、ヒトを追いたてる耳障りな空襲警報のサイレンがイプスウィッチに反響した!

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